004:罠を彷彿とさせる魔王城、魔王がもてなす究極の担々麺とは

 翌日――約束通り魔王城にやってきた勇者ユークリフォンス。

 担々麺を作ると決めた日から、毎日欠かさず訪れている魔王城だ。

 しかし今日の魔王城は少しだけ様子がおかしかった。


「氷属性魔法か? 少しだけ冷気が効いているな。それといつも以上に濃厚こってりスープの芳醇な香りが漂っている気がする。けれど違和感の原因は他にあるな。歓迎されているかのような変な感じ。それが違和感の原因だ。別の言い方だと彿、だな。一体どういうことなんだ? 魔王マカロンは何を企んでいるんだ」


 勇者ユークリフォンスの脳裏には、昨日可愛らしい八重歯を輝かせながら、自信満々の表情を浮かべていた魔王マカロンの顔が浮かんでいる。

 その笑顔が何かを企んでいる顔に思えてしまって仕方がないのである。


 勇者ユークリフォンスは警戒しつつも、その足取りを止めることなく、魔王城最奥部さいおうぶへ――魔王マカロンが待つ部屋へと向かった。


「よく来たな、勇者ユークリフォンスよ。ささっ、そこに座りたまえ――」


 自然と設置されている椅子。

 その自然さがどうも不自然に、罠に思えてしまっている勇者。


「……わ、わかった」


 勇者ユークリフォンスは罠である可能性を十分に考慮していたのだが、魔王マカロンの言葉に従い用意された椅子へと腰を下ろした。

 頭の片隅では、今更罠なんて仕掛けるはずがない、と思考している勇者ユークリフォンスもいる。

 この一年間で魔王マカロンとの信頼度は、勇者パーティーの面々以上に向上している証拠だ。


「この椅子ももう何回座ったことか……」


 毎日座ってきた椅子だ。

 体はもうこの椅子に座り慣れてしまっている。

 居心地の良いお気に入りの椅子だと思ってしまうほど、気に入っているのもまた事実だ。


「それで魔王マカロン、キミは何を企んでいるんだ?」


 ストレートにいて見る。それが信頼しているものに対しての行動そのものだから。


「何を企んでるって……昨日言った通りじゃ。おぬしに〝本物の究極の担々麺〟を食べさせてやろう――! おぬしの腹の具合はどうじゃ? お腹は空いておるか?」


 勇者ユークリフォンスの空腹度を気にする魔王マカロン。

 その眼差しはまるで子供を心配する母親のよう。もしくは恋人だ。


「腹は減っている。魔王城に漂う濃厚こってりスープの芳醇な香りのせいで余計にな」

「おお、それはよかった。よかった。なら、ちょっと待っていろ。すぐに作ってくるからのぉ――」


 魔王マカロンは、せっせと部屋を飛び出した。

 向かった先はこの部屋の隣にある部屋――厨房だ。

 いつも勇者ユークリフォンスと共に担々麺作りに励んでいる厨房である。


 それなのに今回は勇者ユークリフォンスを部屋に待たせて、一人で厨房に向かったのである。

 勇者ユークリフォンスは何かある、と疑惑を持ちながらも、それを確かめに行こうとはしなかった。

 待っていろ、と言われたから待っている。ただそれだけ。魔王マカロンを信用しているからこその待機なのだ。


 魔王マカロンが部屋を飛び出しておよそ十分が経過した。

 真っ白な湯気が立ちのぼる黒色の丼鉢を持ちながら、魔王マカロンが戻ってきたのだ。

 彼女は鼻歌を奏でながらニヤニヤと笑っている。可愛らしい八重歯も姿を現していた。

 その上機嫌な態度に魔王マカロンが言っていた〝本物の究極の担々麺〟とやらが完成したのが見て取れる。


「待たせたのぉ――!!」


 元気いっぱいの魔王マカロンの声。見た目相応に可愛らしい少女のような声だ。


「お、おう」


 魔王マカロンが近付くに連れて勇者ユークリフォンスの鼓動が早くなる。

 彼女に対して緊張や恐怖を感じているわけではない。前述にもあるが二人はもうそんな間柄ではない。

 勇者ユークリフォンスは魔王マカロンが持つ丼鉢の中――〝本物の究極の担々麺〟に緊張し期待を膨らませているのだ。


(あの中に……本物の究極の担々麺が……)


 〝本物の究極の担々麺〟を想像してしまい、唾液がドバドバと口内を埋め尽くしていく。

 それを反射的に飲む。飲まなければ口から溢れ出てしまう。あるいは呼吸困難に陥ってしまうだろう。


 丼鉢の中を一刻も早く確認したくなる衝動に駆られ、その場から立ち上がりそうにもなる。

 それを必死にこらえるが、尻はもう数ミリ浮いてしまっている。

 だが、手遅れではない。浮いてしまった尻を再び椅子に付け、冷静さを装う。


 一歩、また一歩と鼻腔をくすぐる濃厚こってりスープの芳醇な香りが近付く。

 その誘惑に抗えるわけもなく、勇者ユークリフォンスは勢いよく立ち上がってしまった――


「――本物の究極の担々麺!!!」

「ぬお!? 吃驚びっくりしたではないか! 担々麺を溢したらどうするんじゃ!?」

「ご、ごめん……悪かった……」


 勇者ユークリフォンスは落ち込みながら、また椅子に腰を下ろした。


 怒られたから落ち込んだのではない。

 見えてしまったのだ。丼鉢の中が――昨日作った担々麺とは何ら変わりない見た目の担々麺が見えてしまったのだ。


 その瞬間、勇者ユークリフォンスは思ってしまった。〝本物の究極の担々麺〟など虚言、もしくは過信なのだと。

 そして〝究極の担々麺〟作りに行き詰まってしまった自分を励ますために、魔王マカロンが作ってくれただけなのだと。

 勇者ユークリフォンスはこの一瞬で思ってしまったのだ。


(そうだよな。ここまでくるのに一年以上かかったんだ。たった一日で〝本物の究極の担々麺〟ができるはずがない。香りだっていつも嗅いでる濃厚こってりスープの芳醇な香りと一緒じゃないか。俺は何を浮かれているんだ……)


「これから〝本物の究極の担々麺〟が食べれるというのに、何をそんなに暗い顔をしておるんじゃ? おぬしらしくもないのじゃよ」


 魔王マカロンは落ち込む勇者ユークリフォンスの前に〝本物の究極の担々麺〟を置いた。


(やはり見間違えではなかったか……)


 昨日作った担々麺とは何ら変わりない見た目の担々麺――〝本物の究極の担々麺〟が勇者ユークリフォンスの瞳に映る。


 胡麻味噌と赤唐辛子の粉末が混ざり合ったスープ――夕陽に染まった茜色と黄金色の幻想的な色をした空のようなスープ。

 そこに背脂と胡麻が雲の如くぷかぷかと浮いている。


 ラー油の光沢は宝石のルビーのような輝きを放ち、脂の光沢は同じく宝石のダイヤモンドを彷彿とさせている。二つの宝石がスープの輝きを増しているのだ。


 中央には担々麺のシンボルでもある辛旨の豚挽肉が山のように載っている――

 その横には濃い緑色が特徴的な一枚の大きな青梗菜チンゲンサイ――

 青梗菜の対になるように飾られているのはシャッキシャキに尖った新鮮な白髪ネギ――

 豚挽肉、青梗菜、白髪ネギ。これらの具材は担々麺を支える具材三銃士とも呼べるだろう。

 実際に魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは、そう呼んでいる。


 スープの中には金糸雀かなりあ色の縮れ麺がチラチラと顔を見せる。


「見た目は昨日のままだな」

「うぬ。これ以上の見た目は無理じゃ。これが完璧なのでな。おぬしも知っておるじゃろ」

「具材に変化なし、となるとスープに何かしたということか? もしくは麺? 他に考えられるのは……」

「そういうのはいいから早く食べるのじゃ。スープが冷めて麺が伸びてしまえば、〝本物の究極の担々麺〟ではなくなってしまうからのぉ。ささ、何も考えずに早く食べるのじゃ!」

「わ、わかった……」


 勇者ユークリフォンスは催促さいそくされるがままにレンゲを手に取った。

 このレンゲは食事の邪魔にならないようにと、羽のように軽く作ったものである。

 腕の負担を軽減することによってスープをスムーズに口に運ぶことができるのだ。

 小さな気遣いが究極を目指す二人には必要不可欠なのである。


 羽のように軽いレンゲは茜色と黄金色が混ざり合った幻想的なスープをすくった。

 その時に感じるスープの重さから、すでに美味しいと錯覚してしまうほどだ。

 濃厚こってりスープのドロドロ感もこの時確認することが可能だ。

 その時点で視覚の主導権は、担々麺に握られたのも同然なのである。

 しかしここまでは勇者ユークリフォンスにとって既知きち。昨日と何も変わらない。


 未知の領域はここからなのだ――


(さて、昨日と何が変わったのか。俺のこのえた舌で確認させてもらうぞ! 覚悟はいいか!? 魔王マカロン――!! これで昨日と何も変わっていなかったら、俺はキミに失望するぞ――!!)


 勇者ユークリフォンスは、濃厚でこってりとした担々麺のスープを――〝本物の究極の担々麺〟を口に運んだ。

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