035:国王軍、偽魔王と偽勇者に敗北を喫する

 担々麺専門店『魔勇家まゆうや』で常連客たちが偽物の魔王と勇者――偽魔王と偽勇者について話していた頃、その場にいない二人の常連客は偽魔王と偽勇者と対峙たいじしていた。


 偽魔王と偽勇者は仮面を被っており素顔は見えない。

 しかし仮面以外から得られる視覚的情報では、本物の魔王と勇者と瓜二つであることは間違いなかった。


「貴様があいつの……勇者のわけがない!」


「そ、そうです……ゆ、勇者様は、あなたとは違って……や、優しくて……つ、強くて、かっこいいんですっ!」


 偽魔王と偽勇者と対峙している二人の常連客は、元勇者パーティーの女剣士と女魔術師だ。

 二人は偽魔王と偽勇者を討伐するために国から兵士として派遣されていたのだ。謂わば国王軍だ。

 他にも派遣された兵士たち――国王軍は数千人と戦場に駆り出されたわけだが、女剣士と女魔術師以外の全員が偽魔王と偽勇者の前に破れてしまったのだ。

 否、正確に言えば偽魔王たった一人の前に破れてしまったのだ。


「ちょっと〜、こっちは終わったわよ〜。そっちはまだなの〜? 。きゃはっ!」


「ああ、もうちょっとだぜ〜。色々と情報を聞き出せるんじゃないかと思ってさ〜。あえて倒さずにいたんだよ〜。あはっ!」


「マジ? そんなこと考えて戦ってたの? ウケる」


「そりゃ当然だろ〜。オレはクールでかっこいい勇者だからさ〜。そうだろ〜? 


「きゃはっ! そうだねそうだね〜」


 楽しげに会話する偽魔王と偽勇者。戦場だというのに緊張感が微塵も感じられない。

 仮面越しでも満面の笑みを浮かべているのがわかる。

 それだけ余裕だということか、それとも状況の判断ができない頭のおかしな者たちなのか。

 どちらにせよ、偽魔王と偽勇者の力は本物。魔王と勇者を名乗るだけあるのである。


「でもそろそろ倒しちゃってよ〜」


「うん。そうだね〜」


 飄々ひょうひょうとした態度で偽勇者は剣を構えた。

 偽勇者が構えた剣は、勇者が所持している聖剣と瓜二つ。

 勇者が所持している聖剣は、この世に一本しか存在しない。それが目の前で存在感を放っているのだ。

 勇者をよく知る女剣士と女魔術師でも、その聖剣を見せられてしまったら、本物の勇者なのかもしれない、と疑心暗鬼に陥ってしまうだろう。そうでなくても、勇者の身を案じてしまうのは確かだ。

 それだけ勇者と聖剣には切っても切れない関係があり、聖剣が与える勇者への影響も大きいのである。


「それじゃ行くよ〜。用無し無能なのお二人さん。あはっ!」


 偽勇者は飄々と笑みを浮かべながら女剣士と女魔術師を侮辱する。



 ――ブザザォォオオンッ!!!!



 反論する間を与えることなく、偽勇者は聖剣を振りかざし斬撃を放った。


「ぐはッ!!!!」「うぁッ!!!!」


 斬撃を受けて吹き飛んだ女剣士と女魔術師の叫び声が重なった。

 そして二人の体は無惨にも地面を転がる。


「うぅ……」


 闘志を絶やしていない女剣士は、地面を這いずりながら偽勇者の方へと向かっていく。

 女魔術師は意識を失ってしまい人形のように動かない。


「へぇ〜。これを受けても意識を保てるんだ。さすがタフだね〜。女剣士さんは」


「でも意識を保ってるだけ意味なくねぇ〜? 戦えないんじゃ、ただの虫と一緒よ。もしくはゴミと一緒〜」


「ゴミから、ゲホッ……ゴ、ゴミ呼ばわり、された、ゲホッ……のは、初めてだな……」


「うわぁ〜。威勢もいいのね。超ウケるんですけど〜!!」


 キャッキャッ笑う偽魔王はきびすを返して歩き出した。

 それに続いて偽勇者も踵を返して偽魔王の後を追う。


「ま、待って……ま、まだ勝負は……ゲホゲホッ、勝負は終わっていない! この命が尽きるまでは、決して勝負は終わらないッ!」


 女剣士は血を吐きながら必死に叫んだ。

 その叫びは遠ざかっていく偽魔王と偽勇者の耳に届いているが、その足が止まることはなかった。

 そしてキャッキャッと笑い合う二人の笑い声も止めることはできなかった。


「人の覚悟を笑うな! 何が、何がそんなにおかしいんだ! この勝負を終わらせたければ、我を殺していけー!!!」


 それは決死の覚悟と必死の挑発だ。

 女剣士からしたら敗北は死を意味するのだろう。

 彼女なりの絶対的ルール、すなわち騎士道というものがあるのだ。

 しかしその騎士道は偽魔王と偽勇者の心には響かなかった。

 むしろどうでもいい、と呆れている。


「きゃはっ、殺すわけないじゃん。その命大切にしなよ〜。これからのアタシたちのためにもさ〜」


「その通り。クールでかっこいいオレのために長生きするんだな〜、あはっ!」


 飄々に、そして愉快に笑う偽魔王と偽勇者は最後まで足を止めることはなかった。

 女剣士はそんな二人の姿が見えなくなったとしても、地面を這いつくばり追いかけ続けた。

 体が動く限り、意識が有る限り、追いかけ続けたのだ。


 限られた意識の中で女剣士は、なぜ殺さなかったのか、ただそれだけを考えていた。

 いつしかその思考も、意識も、女剣士を動かす闘士も、暗い暗い闇の中へと消えていったのだった。



 ――この日、国王軍は偽魔王と偽勇者に敗北を喫したのだった。

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