漆黒のイカスミ担々麺 (大盛り)

013:招かれざる客か? 女魔術師と女剣士

 店存続の危機を脱した翌日のこと。

 この日も新たな客が担々麺専門店『魔勇家まゆうや』へと訪れようとしていた。



 ――チャリンチャリンッ。



「いらっしゃいませー!」「いらっしゃいませなのじゃ!」


 店の扉が開いた際に鳴る銀鈴の音色に反応した魔王マカロンと勇者ユークリフォンス。

 二人の重なる声とともに来店客を――小柄で温厚そうな少女と鋭い眼光を向ける少女の二人を招き入れた。


 小柄で温厚そうな少女の見た目は、いかにも〝魔術師〟という感じだ。

 白いローブに身を包み、右手には身長ほど背丈の杖を持っている。

 檸檬色の髪とエメラルドグリーンの瞳、日焼けなど一度もしたことがないような純白の肌。

 魔術師の杖さえなければ、聖女かと思ってしまうような容姿である。


 対して鋭い眼光を向ける少女の見た目は、いかにも〝剣士〟という感じだ。

 鎧で身を纏い、腰にはさやに収まった長剣が二本佩剣はいけんされている。

 紅蓮ぐれん色の髪と紅色べにいろの瞳、頬に十字の傷があるものの、それ以外一切傷が見当たらない透き通った肌の持ち主。

 修羅場を幾度となく潜り抜けたであろう雰囲気が漂う女剣士である。


 そんな女魔術師と女剣士の二人を視認した勇者ユークリフォンスは、思わず「やばっ」という驚きの感情が言葉として口から溢れ出そうになる。

 すかさず口を塞いだ彼だったが、すでに手遅れ。溢れてしまった彼の微かな声は、魔術師の少女の耳に届いてしまっていた。

 その証拠に魔術師の少女は、小首を傾げて不思議そうに勇者ユークリフォンスをエメラルドグリーンの瞳に映していた。


 勇者ユークリフォンスは何もなかったかのように、そそくさと厨房へ駆けて行った。

 様子がおかしい勇者ユークリフォンスに気付いたのか、魔王マカロンは彼をカバーするかのように接客を始めた。


「こちらの席へどうぞなのじゃ」

「こんな忌々いまいましい場所に店を構えるだなんて、物好きな奴がいるもんだな。まさかお前ら魔王軍の残党じゃないだろうな?」


 開口一番の女剣士の言葉。

 その女剣士の発言によって、一触即発な空気が店内を包み込む。


「答えろ! ここは料理屋か? それとも魔王軍の残党のアジトか?」


 腰に佩剣されている二本の長剣のつかに手をかける女剣士。二刀流の剣士ならではの構えだ。


「沈黙は肯定とみなすぞ! 10秒以内に答えなければ、この魔王軍のアジトが――忌々しい魔王の根城がちりになり消えると思え――!!」


 好戦的で攻撃的な態度の女剣士。その後ろで不安な表情を浮かべながらも魔法のつえを強く握りしめる女魔術師。

 魔王マカロンの返事次第でここは戦場と化すこと間違いなし。

 そうなってしまった場合、営業どころではなくなってしまうのも明白。


「10……9……8……」


 女戦士の口からカウントが開始した。


「7……6……」


 カウントに連れて魔王マカロンの表情が怒りの色に染まっていく。


「5……4……3……」

「ここは……ここは――!!」


 カウントがゼロになる直前、魔王マカロンの怒りのゲージがMAXに達した。


「妾とゆーくんの担々麺専門店じゃ――!!!!!」



 ――ブフォォォォン!!!



 魔王マカロンの手のひらから黒色の暴風とも呼べる衝撃が放たれた。

 風属性魔法と闇属性魔法を無詠唱で同時に発動したのである。


 その魔法によって、女戦士と女魔術師は店の外へと吹き飛ばされた。


 強力な魔法だったのにも関わらず店内への被害はゼロだ。

 そして女戦士と女魔術師にもダメージはない。ただ外へ追い払っただけなのだ。

 世界を滅ぼす力を持つ魔王マカロンには、そのくらいの魔力のコントロールなど容易いのである。


 激しい暴風がそよ風へと化した直後、女剣士と女魔術師を追い払う際に開いた扉がゆっくりと閉まっていく。

 それに応じてチャリンチャリンッと銀鈴の心地よい音色が店内に響く。

 そよ風と相まって風鈴のように心地が良い。


 扉が完全に閉まると、女戦士と女魔術師の姿が視界から完全に消える。

 それによって魔王マカロンの怒りも徐々に収まっていく。


「こんなに怒りを覚えたのは久しぶりじゃのぉ」

「ま、まーちゃん大丈夫か?」


 厨房から顔を覗かせる勇者ユークリフォンスは、魔王マカロンに心配の声をかけた。


「ごめんな。本当だったら俺が出るはずだったのに……」


 勇者ユークリフォンスの右手は鞘に収まった聖剣の柄を握っていた。

 魔王マカロンが手を出さなかった場合、彼が手を出していたかもしれなかったということだ。


「いや、大丈夫じゃ。ゆーくんは悪くない。それに奴らはゆーくんの――」



 ――チャリンチャリンッ!!!



 勢いよく扉が開き、それによって奏でられる銀鈴の音色に魔王マカロンの声が遮られた。

 扉を開けたのは当然ながら先ほど吹き飛ばされた女戦士と女魔術師だ。

 二人は銀鈴の音色をかき消すほどの大きな声で叫ぶ。


「すいませんでした――!!!」「ご、ご、ごめんなさーい――!!!」


 土下座をして謝罪の言葉を発する女戦士と女魔術師。

 その様子に魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは呆気に取られた。


「本当に申し訳ない。元魔王城だからピリピリしてしまった。こんなに美味しそうな匂いが漂っているのに、料理屋じゃないわけないよな。この通り、この通りだ。許してくれー。本当に申し訳ないと思っている――!!!!」

「ご、ご、ご、ご、ごめんなさい。か、彼女も、わ、わたしも、そ、その、こ、怖かったの。魔王軍と戦ってたころを思い出しちゃって……そ、それで、あ、あんな、ことを……本当にごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさーい――!!!!」


 額を地面に擦り付けながら謝罪する女戦士、何度も何度も頭を上げ下げして謝罪する女魔術師。

 彼女らの誠意は伝わらないわけがなく、魔王マカロンは大きなため息を吐いた。


「はぁ〜、妾からも質問いいか?」

「はい! 何でもどうぞ!」

「は、は、はいぃ、ぃ!! な、なんなりとー!」

「おぬしらは招かれざる客か? それとも担々麺を食べにきた客か? 答えるのじゃ」


 魔王マカロンの質問に女戦士と女魔術師は声を揃えてこう答える。


「タンタンメンを食べに来ましたー!!」「た、たた、タンタンメンを、たた、食べに、来ましたー!!」


 土下座をしながら懇願こんがんするように叫んだ。


「そうか。担々麺を食べに来たのか。それならこちらの席へどうぞなのじゃ」


 魔王マカロンは全てを許した訳ではないが、二人を席へと案内する。

 担々麺を食べたい客に悪い奴はいない。そんな発想が少しでも彼女にはあるのである。


 席へ案内されるや否や、女戦士は改めて謝罪を始める。


「先ほどは申し訳なかった。一応ここは元魔王城だろ? だから国から調査を依頼されててだな。安全かどうか見極めてほしいと。それであんな暴挙に出てしまった。本当に申し訳ない」


 女戦士の謝罪に合わせて女魔術師もペコペコと何度も頭を下げた。


「もういいのじゃよ。誤解が解けたんじゃろ? 国にも安全だと報告してくれ。それと美味しいとな」

「安全だという報告はする。だが、美味しいかどうかはまだだ。まだ気が早いな。我々はタンタンメン? という食べ物がどんなものか知らない。それの調査も承っている。だからこの口で美味しいかどうかを確かめさせてもらう」

「うぬ!? 担々麺を知らぬのか? おぬしらの戦士と魔術師じゃろ?」

「我々をご存知だったか。左様、我は勇者の右腕である剣士。名はリュビ・ローゼ」

「わ、わ、わわ、私は、エ、エメロード・リリシアで、で、です」

「名前は知っておるのじゃ。おぬしらは有名じゃからのぉ。それよりも食べたい担々麺を決めてくれ」


 魔王マカロンにとって彼女たちの自己紹介などどうでもいいのだ。

 なぜなら世界大戦時に彼女らのことを深く知ったからである。魔王軍と勇者パーティーが死闘を繰り広げていた世界大戦時に。

 もはや彼女らのことは魔王軍の幹部や手下と同等レベルに、忘れたくても忘れられない存在にまでなっている。

 これは過言などでは決してない。命のやりとりをしたのだ。それくらいにまでなって当然なのである。

 そんな魔王マカロン以上に忘れられない存在だと感じている者がもう一人。勇者ユークリフォンスである。

 だから魔王マカロンは勇者ユークリフォンスのために冷静さを保ち、二人の接客を買って出たのだ。

 全ては担々麺専門店を続けていくため。全ての人に担々麺の魅力を伝えるため。それを一言で言い表すのなら『担々麺で世界征服』だ。


「あぁ、すまない。では選ばせてもらう。知らない食べ物なので時間がかかるかもしれないが、大目に見てくれ」

「わかったのじゃ。決まったら呼んでくれなのじゃ。それとわからないことがあったら遠慮せずに言ってくれなのじゃ」

「優しい店主さんだな。わかった。わからないことがあればすぐに呼ぼう」

「うぬ。では妾は少し厨房の方へ」


 魔王マカロンは厨房へと向かい、店内を女戦士リュビ・ローゼと女魔術師エメロード・リリシアの二人だけの空間にした。

 そうすることによって急かすことなく本音を交えて担々麺選びができるからだ。

 ちょっとした気遣いこそが、食べるべき担々麺へと導くのである。


「まーちゃん!!!」


 厨房へと入った魔王マカロンに勇者ユークリフォンスは飛び付いた。


「おっ、ど、どうしたのじゃ?」

「キミがいてくれて助かった。本当に助かった。俺が接客してたらきっとバレてた」

「妾の魔法がかかっておるからバレはしないはずじゃよ。その証拠に妾がバレなかった」

「そ、それでもあいつらとは長い付き合いだ。俺の癖とかで見抜かれる可能性が、いや、それ以前に俺がヘマする可能性があった。もしバレたら国に連れ戻されて、みんなに崇められ続ける人生を送ることになってた。だからまーちゃんには感謝してもしきれない。愛してるよぉおお」


 勇者ユークリフォンスは動物のように魔王マカロンに頬を擦り付け感謝を告げた。

 思わず『愛している』と口が滑ったが、感情的になっている本人は気付いていない様子だ。


「わ、わかった。わかったから落ち着くんじゃ。というか、離れるんじゃ。いや、もう少しこのままでも悪くないのぉ。あと少しだけならくっついててもいいのじゃ」

「キミがいてくれてよかったよ。本当に、本当に愛してる!」

「よしよし。妾も愛しておるぞ」


 二人は『すいません、ちょっといいか?』とローゼから声がかかるまで、厨房で無意識に愛を育んだのだった。

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