011:店潰しの美食家の舌を唸らせろ、地獄の激辛担々麺

「お待たせしましたなのじゃ。〝地獄の激辛担々麺〟なのじゃ――!」


 店潰しの美食家のエルフ――エルバームの前に運ばれたのは、魔王マカロンと勇者ユークリフォンスが悶絶するほどの辛さがある〝地獄の激辛担々麺〟だ。

 スープはマグマのように赤く、ぐつぐつと音を立てていた。その見た目は例えの通り本当にマグマだ。

 具材は通常の〝究極の担々麺〟と変わらず、旨辛の豚挽肉、大きな青梗菜ちんげんさい、シャキシャキ新鮮な白髪ネギの具材三銃士が堂々たるや載っている。

 味付けに関しても辛味を加えただけのもの。かと言って単純に辛くしたわけではない。

 この世界――異世界イーリスの太陽によって、栄養を蓄えた赤唐辛子とハバネロを粉末状にしたもの、鷹の爪から抽出して作られたラー油、さらに〝アッカの実〟〝マッカアッカの実〟〝ゲキマッカアッカの実〟といった、この世界にしか存在しない辛味成分のある果実など、大量に加えて地獄の辛さを表現しているのだ。


「地獄って名前に相応しい見た目ね。それに香りからでも辛さを感じるわ。アッカ系統の果実以外にも何か入ってそうね。うふふっ。楽しみだわ」

「鋭い嗅覚じゃのぉ。さすがじゃ。あっ、これゆーくんに本人の前で言わないようにって忠告されてたんじゃった。いかんいかん。今のは忘れてくれ、エルフ族のお客様」


 口を滑らせた魔王マカロンはどうにか誤魔化そうと試みるが、時すでに遅し。はっきりとその異名を口にしてしまい、誤魔化すことは困難だ。

 エルフの特徴でもある尖った耳にも魔王マカロンの言葉は一言一句届いていた。

 さらに厨房から様子を伺っている勇者ユークリフォンスの耳にも一言一句届いていた。


(まーちゃんのやつ……知らないていで乗り切ろうって言ったのに口を滑らせたな! というか俺が忠告したことまで言いやがった! 毎回思うが、まーちゃんの口は自分の意思にそむきすぎだろ。どんだけ口が軽いんだ! あー、もうどうするんだよ。店潰しの美食家だって知られてる以上、生半可な評価なんか出してくれないぞ。そもそも口に合うかどうか以前にエルフって激辛とか食べれんのか?)


 視線を凝らし耳を傾ける勇者ユークリフォンス。

 魔王城で命がけの潜入捜査をしていた時以上の集中力を発揮している。


「あら? 私のことを知っていたのね。それならちゃんと評価してあげないとだわ。〝地獄の激辛担々麺〟だけににねっ。うふふっ」


 エルバームは妖艶にそれでいて不気味な笑みを魔王マカロンに向けた。

 魔王マカロンはそれに怖じけることなく笑顔で返す。


「それなら冷めないうちに食べてくれると助かるのぉ。〝地獄の激辛担々麺〟は他の担々麺と比べて冷めやすいからのぉ。ささ、食べてくれなのじゃ」


 激辛料理というものは食べている者の体温を灼熱の如く上昇させる反面、料理自体が冷めやすい傾向がある。

 それは激辛によって食事速度が極端に遅くなるからだ。時間が経てば料理は冷める。冷めれば味も落ちてしまうのは必然だろう。


 そして〝地獄の激辛担々麺〟には大量の粉末やラー油を使用している。そのため他の担々麺に比べるとスープ自体の比率が少ないのである。

 温かさのかなめであるスープが少ないのも、料理がすぐに冷めてしまう要因の一つでもある。


 さらにそれだけではない。

 激辛料理を最も美味しい環境で食べられるようにと店内の室温も調整している。

 灼熱の暑さの中食べる熱々の料理も格別だという意見もあるが、涼しい環境でこそ熱々で激辛の料理の味が最も輝くのだ。


 そこまでの計算をして作り出されたのが、店潰しの美食家エルバームの前に堂々たるや置かれている〝地獄の激辛担々麺〟なのである。


「うふふっ。そうね。見た目の評価も済んだところだし……いただくとするわ」

「ごゆっくりどうぞなのじゃ」


 エルバームが箸を持ったタイミングで、魔王マカロンは笑顔でお辞儀をしてから厨房へと向かった。

 厨房に入って来た彼女を勇者ユークリフォンスが慌てながら手招きする。


「おい、まーちゃん、早く、早く――!!」

「なんじゃそんなに慌ておって。女の着替えを覗く中坊みたいじゃぞ」

「変な例えはいいから早くしろ。最初の一口を――な一口目を見逃すぞ」

「それはいかん。大事な一口目は絶対に見ておきたいのじゃ!」


 魔王マカロンは勇者ユークリフォンスの元へと駆け寄り、肩を合わせながら客席の様子を――エルバームが〝地獄の激辛担々麺〟を食べる様子をその瞳に映す。

 ちょうど一口目を口に入れようとしている瞬間だった――

 まるでキスをするかのような形をした薄桃色の妖艶な唇から、麺を冷ますために『ふーふー』と息が吐き出されていた。

 その妖艶で大人アダルトな息遣いとともに長い髪を尖った耳にかける。これまた色っぽく艶かしい。

 先ほど魔王マカロンが言った『着替えを覗く中坊』という例えが、あながち間違ってはいないのだと、エルバーム本人が無意識に主張していたのだ。

 その無意識の主張も終わり、いよいよ麺が、激辛スープが――〝地獄の激辛担々麺〟が店潰しの美食家エルバームの口へと運ばれる。

 箸には激辛スープがたっぷりと絡んだ縮れ麺が掴まれており、それが口内へと入っていった。



 ――パクッ、もぐもぐ、もぐもぐ。



「――んっ」


 咀嚼音とともに色っぽい声が妖艶なエルバームの口から溢れた。

 その後、手を止めることなく二口目を口に運んだ。



 ――ふーふー、パクッ、もぐもぐ、もぐもぐ。



 三口目も休む気配は一切ない。



 ――スーッ、もぐもぐ、ごくんッ。



「な、何なのこれは!? 何なの! 何なの!? 何なの――!!!!!!」


 三口目を食べ終えた直後、エルバームは温厚そうな見た目からは想像できないほどの怒鳴り声のような声を上げた。しかしその表情は怒りとはまた別の表情。驚きの一色のみだった。

 そんなエルバームの様子を終始覗きながら見ていた魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは、互いに抱き合い小刻みに震えていた。


「お、怒っておる! 怒っておるよ! あの温厚そうなエルフが怒っておるぞー!」

「も、もうダメだ。この店はもうダメだ。この店はもう終わりだー! 」


 エルバームの驚き一色の表情を見るよりも先に、怒鳴り声を聞いてしまったからこそのこの怯えようだ。


「妾のせいで……妾の選択ミスのせいで……。くっ、ここは無難に〝究極の担々麺〟を選んでおくべきじゃった。次からは一見いちげんさんの場合、〝究極の担々麺〟を食べさせるようにするんじゃ! 絶対じゃ! 絶対にじゃ!」

「店潰しの美食家の舌を唸らせるなんて無理だったんだ……。それにな、まーちゃん。俺たちに次なんて訪れないぞ……。これでもう終わり。もう終わりなんだ……」

「うぅ……ゆーくん……うぅ……あぅ……」

「まーちゃん……ぐすっ……うぅ……」


 恐怖、緊張、不安、後悔、悲しみ――あらゆる負の感情がごちゃ混まぜになり、二人の心を支配している。

 しかしそれは杞憂に終わることとなる。

 実際のところエルバームは怒っていたり、ただ衝撃を受けているだけではなく〝地獄の激辛担々麺〟に人生で初めてとでも言えるほどの感銘を受けていたのだ。


(辛い。ものすごく辛いわ。口内に刺激が一気に走り、一口目からでも汗が大量に……。でもこの手は止まらない。止まってくれない。止められないの。体が、脳が、心が、私の全てがこのタンタンメンという料理を……〝地獄の激辛担々麺〟を欲しているわ。こんなに辛くて美味しい料理は生まれて初めてよ。ずるいじゃない。辛くて美味しいだなんて……うふふっ)



 ――ぽたんッ。



 実りに実った豊満なたわわへと汗が滴る。そして谷の深くへと落ちて消える。


「ハァハァ……んふ……ハァハァ……」


 辛さを求めるがあまり息遣いが荒くなっていく。

 妖艶さをかもし出しつつも、美食家としての本能のまま〝地獄の激辛担々麺〟を食べ進める。


(この汗もだんだんと気持ち良くなってきたわ。私の体温と発汗に合わせて冷気の調節をしているのも見事ね。元魔王城に店を構える変わり者だけあって、なかなかに面白い気遣いじゃない。うふふっ)


 エルバームの評価対象は料理だけではない。店内の雰囲気や環境までも評価の対象に入れているのである。

 妖艶でおっとりとしているように見えるエルフだが、細かいところ隅々すみずみまで目を配らせているのである。

 店潰しの美食家という異名は伊達ではないというわけだ。


(それにしても止まらない。止められないわ。美味しい。美味しすぎるわ。〝地獄の激辛担々麺〟。好き……好きよ。大好きよ)



 ――スーッ、ズルズルッ。



「ハァハァ……んっ……ハァハァ……」



 ――スーッ、ズルズルッ、ズーッ、もぐもぐッ。



(この激辛はやみつきになる辛さだけれど、激辛の先にある胡麻味噌の旨味をついつい追い求めてしまうわね。さらにその先のスープの濃厚でこってりな旨味もね。時より現れる豚挽肉のジューシーさと肉感も、背脂のとろとろの甘味と旨味も、スープに浸っているはずなのにシャキシャキ感が生き続けている白髪ネギも、どれをとっても一級品ね。とても計算されている。でもその全てを束ねている辛味は文句なし。文句なしに一番に美味しいわ!!)



 ――ズルズルッ、スーッ、もぐもぐッ。



(汗だけじゃなくて鼻水も出てきたわね。激辛で口だけじゃなくて喉までも痛くなってきた。でもこの痛みは快感に近い。お腹を満たしてくれたり、美味しいだけではなくて、気持ち良さまでも感じさせてくれるだなんて。恐ろしい料理だわ。うふふっ。ぞくぞくしちゃうわ)


「ハァハァ……ハァハァ……」


 真っ白な吐息と艶かしいアダルトな喘ぎが店内に響き渡る。

 そして魔王マカロンと勇者ユークリフォンスの耳に――否、魔王マカロンの耳にだけ届く。


「お、おい、何で耳を塞いでんだよ! 感想とか言ってたら聞こえないだろ!」

「ダメじゃ。おぬしは聞くな! あと見るな! 気配を感じ取るのもやめるのじゃ! あと勇者の加護とか、スキルとか、その他諸々、やつに干渉する能力を使うのも絶対にダメなのじゃ!」

「え? なんだって? 聞こえないぞ! あっ、もしかして酷評なのか? 罵られてるのか? だから俺に聞かせたくないのか?」


 真っ白な吐息を吐きながら喘ぐエルバームがあまりにも妖艶で艶かしかったため、魔王マカロンは勇者ユークリフォンスに発情されても困ると思い、目と耳を塞いだのである。

 厨房内で魔王マカロンと勇者ユークリフォンスがいちゃついている内に、エルバームは〝地獄の激辛担々麺〟を完食していた。

 スープの一滴も残っていない。黒い丼鉢の中には真っ赤な粉末と胡麻が星の如く散らばっているだけだ。


「ハァハァ……完食したわ。激辛料理ってこんなにもカロリーを消費するのね。背中も谷間も太ももまでもが汗でびしょびしょね。満腹感や満足感の他に達成感すらも感じるわ。ハァハァ……それに私って案外激辛が好きなのね。うふふっ。新しい発見だわ」


 妖艶な息遣い、火照った体、豊満なたわわの谷間に流れ落ちていく汗、恋する乙女のような潤んだ瞳、どれを取ってもこのエルフはエロティックである。

 そんな絶賛快感中のエルバームは席から立ち上がり厨房の方を見た。


「これを作った方、ちょっといいかしら? あと可愛い店員さんも、こっちに来てほしいのだけれど」


 その瞬間、二人は戦場の中心にいるかのような錯覚を覚え、一気に緊張感が走る。

 そう。ここは紛れもなく戦場。飲食店というものは戦場と等しい。忙しかろうが暇だろうが、飲食店は戦場に等しい場所なのだ。

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