006:剣幕の勇者、隠し味は魔法のようなもの

 魔王マカロンを壁際にまで追い込んだ勇者ユークリフォンス――



 ――ドンッ!!!



 所謂いわゆるこれは壁ドンというやつだ。

 ここまで魔王マカロンを追い込んだのは、一年前の世界大戦の日以来。

 その時以上に追い込んでいるのだから驚きだ。


「ちょ、ゆ、勇者ユークリフォンスよ、落ち着くのじゃ!」

「魔法などの姑息こそくな手を使ったわけではないよな? それとも洗脳の類か?」

「そんなものは使っておらんよ。妾たちの努力を全て否定することになるからのぉ。じゃが……」


 口籠る魔王マカロンに勇者ユークリフォンスは冷たい視線を送る。


「じゃがだと? 何がじゃがだ?」

「……入れたものはじゃ」

「魔王マカロン! 貴様――!!」


 魔法のようなものを入れたのだと知った勇者ユークリフォンスは憤怒ふんどした。


「俺たちの今までの努力は何だったんだ! そうやって魔法に頼って、俺たちの担々麺に対する愛はこんなものじゃなかったはずだ! 担々麺を侮辱ぶじょくする奴はたとえ魔王だろうと……キミだろうと許すわけにはいかない!! 覚悟しろ魔王マカロン――!」


 勇者ユークリフォンスは、腰にかけてある聖剣のつかに手をかけた。


「お、落ち着くのじゃ! 落ち着くのじゃ勇者ユークリフォンスよ! おぬしが今まさに言ったを入れたんじゃよ! だから物騒なことをするでない!」

「それとは何だ! それとは――!!」

「――じゃ! を入れたんじゃよー!」


 勇者ユークリフォンスの声を遮るほどの声で魔王マカロンは叫んだ。

 その声に勇者ユークリフォンスは驚きの表情を見せ、一歩後方へ退しりぞいた。


「あ、愛……だと?」

「そうじゃ。愛……愛情じゃよ。魔法みたいなもんじゃろ?」

「あ、愛情か……確かに、魔法みたいなものだな。す、すまなかった。少し熱くなりすぎた」

「担々麺のことに対して熱くなる気持ちはわかる。抑えることなど不可能じゃからな」

「それでもだ。本当にすまん……」


 勇者ユークリフォンスは反省した面持ちで謝罪を繰り返す。

 そんな彼の姿を見た魔王マカロンは、安堵の色を浮かべた。

 勢いに任せて聖剣を抜刀ばっとうしようとしたことすら、許してしまうほどの信頼を築き上げている証拠だ。


「愛情を入れたってのはわかった。他には何を入れてるんだ? さすがに愛情だけじゃないだろ?」

「それ以外は何も入れておらんよ。昨日と同じままじゃ」

「ほ、本当に? 本当に愛情以外昨日と同じままなのか?」

「そうじゃよ。あっ、でも冷気を効かせて食べやすい環境にはしてあるのぉ。あとは、おぬしの空腹度次第じゃったが、ちょうど腹を空かしておったからのぉ」


 魔王城城内の冷気が効いている理由も、空腹度を確認してきた理由も、さらには罠を彷彿させるように用意されていた椅子ですらも、担々麺を食べやすい環境を作るための魔王マカロンの計算だったのである。


「だからだったのか。でもそれだけでこんなにも変わるものなのか?」

「愛情や真心込めて作った料理は美味いと言うじゃろ? あれはお世辞でも何でもなく、本当だったということじゃよ。それが今おぬしで証明された」


 大満足と言った様子の魔王マカロンだったが、それとは対照的にに落ちていない様子の勇者ユークリフォンスがいる。


「う〜ん、俺だって毎回愛情を込めて作っているはずなんだけどな……」

「じゃろうな。この一年でおぬしの、いや、妾たちの担々麺への愛はより一層大きくなったのは確かじゃ。毎回愛情を込めて丁寧に作っておるしのぉ。じゃが何かが足りなかった。あと一歩って感じじゃった。それも確かじゃろ?」

「まあ、そうだな。でもこの話の流れだと、愛情が足りていないという結論になるだろ。俺はそれが納得できない。これでもかってくらいの愛情を込めて作っていると言うのに。何なら二人で愛情を注いで作ったと言うのに……」

「それは……その愛情は――じゃろ?」

「そうだよ。それ以外に何があるんだよ?」

「妾が込めた愛情は、それではないのじゃ」

「な、なんだって!? それじゃどんな愛情を? 何に対しての愛情を?」

「そ、それはじゃな……おぬしに対しての愛情じゃよ。おぬしのことを思って、愛情を込めて作ったのじゃ」

「お、俺に対しての愛情?」

「そうじゃよ。のじゃ。それなのに今まで一度もその愛情を込めて作ったことがなかったのじゃよ。じゃから〝の究極の担々麺〟が完成しなかったのじゃ。じゃがそれが今、たった今完成したのじゃよ! 妾の愛情が伝わってくれたようで妾はとっても満足じゃ――!!」


 魔王マカロンは腰に手を当てて鼻息を鳴らしながら自信満々に答えた。

 その言葉と魔王マカロンの姿を見て、勇者ユークリフォンスは、やっと腑に落ちる。


「そうか。俺に対する愛情ね。なるほどね。愛情ね。担々麺のことばかりを考えすぎて、大事なものに気付かなかったと言うことか。不覚だった。そこに気付くだなんて、さすが魔王だな」

「視野を広げすぎるのも良くないと言うことじゃ。大事なものは意外と近くにあるのじゃよ。それに気付いてようやく〝の究極の担々麺〟が――妾たちが求めていた〝究極の担々麺〟が完成するのじゃよ――!!」

「理解したよ。納得もした」

「それじゃ、妾のために〝の究極の担々麺〟を作ってくれ」

「ん? どうしてだ? 自分で作れるだろ」


 小首を傾げる勇者ユークリフォンスに魔王マカロンは、人差し指を左右に振りながらチッチッチと舌を鳴らした。


「何を言っておるんじゃ。自分に対して愛情を注ぐのでは意味がないじゃろ。効果なんて出るわけないじゃろ。今までがそうじゃったんじゃからな。誰にか愛情を注いでもらって作られた料理だからこそ――担々麺だからこそ美味くなるんじゃよ――!!」

「そうか。確かにそうだな! それじゃキミはまだ〝本物の究極の担々麺〟を食べたことがないってことか」

「そうなるのぉ。おぬしに渡す前に味見はしたが、昨日とまったく変わらんかった。そう考えると〝本物の究極の担々麺〟を妾はまだ食べていないということになるのじゃ。どうしたもんかのぉ」

「それじゃ俺が適任だな。俺にしかできない案件だ。ちょっと待ってろ。すぐに作ってくる。愛情たっぷり込めてくるからな」


 勇者ユークリフォンスは空になった丼鉢を持って厨房へと小走りで駆けて行った。

 魔王マカロンは勇者ユークリフォンスが座っていた椅子の隣に設置されている椅子に腰を下ろす。彼女がいつも座っている椅子だからだ。


「妾のおぬしに対する愛は本物だったということが証明できたのじゃな。それに〝本物の究極の担々麺〟も完成したのじゃ。今日はなんて良い日なのじゃ」


 厨房へと行ってしまった勇者ユークリフォンスの顔を脳裏に思い浮かべながら、魔王マカロンは一人ぼそぼそと呟く。

 先ほどまでこの場にいた勇者ユークリフォンスの顔をこんなにも早く思い浮かべてしまうほど、魔王マカロンの勇者ユークリフォンスに対する愛は本物なのである。


「愛ね……愛……ん? 待つのじゃ。愛って? 愛って……ん? んんん? んんんんんんん!?」


 魔王マカロンの頬が朱色に染まっていく。そのまま耳まで朱色に一気に染まっていった。

 赤唐辛子パウダーを大量に投入した激辛の担々麺よりも真っ赤だ。

 トマトを大量に使ったトマト担々麺よりも真っ赤だ。


「わ、妾が勇者ユークリフォンスに愛じゃと!?」


 魔王マカロンは気付いていなかったのだ。

 〝本物の究極の担々麺〟を作る、という目的が果たされた今、担々麺というフィルターが外れたことに。

 このフィルターは判断力を鈍らせる効果もあったらしく、堂々と恥ずかしいことを言っていたことと、勇者ユークリフォンスへ抱いていた感情を今更になって気付いたのである。


「かぁああああああああ。なんであんなことを言ってしまったのじゃ。これじゃ妾がプロポーズをしたみたいじゃないか。かぁああああああああ」


 後悔するほどの恥ずかしさ。穴があったら入りたいとは、まさにこのこと。

 じたばたじたばたと四肢が激しく動く。このまま空を飛んでしまうのではないか、と思うほどに激しく動いている。


「こ、このままではやつも! 勇者ユークリフォンスも恥ずかしい思いをすることになる! と、止めなければ! 止めなければ――!!」


 魔王マカロンは立ち上がった。

 しかし立ち上がっただけで一歩も踏み出せずにいた。


「い、今会うのは、は、恥ずかしいではないか。それにやつを止めてしまえば止めてしまったで〝本物の究極の担々麺〟が食べれなくなってしまうのじゃ! で、でも……止めないとやつも恥ずかしい思いを……死にたくなるほどの羞恥を味わうことになってしまうのじゃ。で、でも〝本物の究極の担々麺〟を食べたいし……ど、どうしたら、どうしたらいいのじゃ!!」


 どうしたらいいのか分からなくなり混乱する魔王マカロンは、その場で子供のようにじたばたと暴れ始めてしまった。


「あー、どうしたらいいのじゃ! どうしたらいいのじゃー!」


 そうしているうちに着々と〝本物の究極の担々麺〟が完成に近付いていく。それだと言うのに、なかなか踏み出せずに、答えを出せずにいる子供のような魔王マカロンがいる。


「おのれ勇者め! 全ておぬしが悪いのじゃよ! 悪いのは全て勇者ユークリフォンスなのじゃ! 妾をこんな気持ちにさせたおぬしが全部悪いのじゃ!! 妾の気持ちをもてあそびおって!!」


 全てを勇者ユークリフォンスのせいにした魔王マカロンは椅子に腰を下ろした。

 その後も〝本物の究極の担々麺〟が目の前に到着するまで、ぐちぐちと可愛らしい独り言が続けたのだった。

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