第8話 第三連隊
戦闘はさらに東。そんな流れで、ポール中尉を加えた4人は馬車でアンドル司令部へ行くことになった。
補給部隊と一緒に行軍である。
貴族のアヤナは当然乗馬の経験はあるし、ウェインも訓練で初歩は卒業できた腕前だ。ただエルは経験がなく馬に乗れないので、全員で補給馬車の荷台に乗せてもらっている。
馬で移動中、ウェインには少し引っかかることがあった。何だろう。風景だが、自分でもわからない。だが、何かが引っかかる。
答えが出る間もなく、4人は東のアンドル司令部に到着した。もう夜である。
建物があり、そこは仮の本部になっている。
周囲に歩哨の兵士たちが何人かいる。
また色々な部隊が、夜なので一次的に退いてきていて各所で野営をしていた。
当面の目的である救護班と合流して、ポール中尉は言う。
「エル殿とアヤナ様は救護班に自己紹介してください。本格的な活動は明日からです。ウェイン殿はこちらの指揮所へ」
ウェインは肯く。
「わかりました。ここの救護班に、他に正式な軍人ではない人はいますか?」
「いえ、いませんね。他は全て軍人です。白魔法使いや軍医たち」
ちょっと不思議に思った。魔法学院からの増援はたったの二人ということになる。しかもエルはともかく、白魔法の力量に劣るアヤナを専属の救護班とカウントしていいものか。
そんな思いがあったせいか、ウェインはアヤナの宣伝をすることにした。
「救護班の皆さん、なんとこのアヤナ・フランソワーズは騎士階級だそうです」
おお、と、どよめきが起こる。
「まあ当人は騎乗して戦うだけの技術がないようですが」
アヤナが片眉を吊り上げた。
「ちょっとウェイン。それは広義の意味での『騎士』。私の場合はレオン国王陛下から正式に叙任された、正当な騎士階級よ。だから極論、馬とか乗れなくてもいいの」
「え」
「なによ」
「王陛下から叙任って、ガチの騎士じゃないか!」
アヤナは頭を掻いている。
「だからそう言ってるでしょ。でも予備役だし、戦場に出たことはないけどね。あくまで書類上のもので」
「なんで王陛下から直々に叙任されてるのに、そんな凡人風な……」
「そう言われても……。んーと、私は家での序列は低いけど、父上には目をかけて貰っててね。小さい頃からフェンシングやってたら、もう『騎士』にしてやるって話が出て。15歳で騎士の叙勲を受けたわ。……繰り返すけど、予備役よ。大きな戦場経験はほぼゼロだから」
「へー……」
なんでもアヤナの母は、もと奴隷らしい。ラクス、そしてレオン王国では奴隷制はないが、他国から持ってくるぶんには禁止していない。
大貴族と、そんな奴隷の母の間に産まれたのがアヤナだそうだ。貴族の父はアヤナの愛らしさ、美しさに、もう愛情たっぷりだったそうな。
正式に叙任された『女』の騎士というのは珍しい。救護班の面々も、それはそれは好奇と憧れの目でアヤナを見ていた。
むしろ、その場の皆が。
「もしかしてフランソワーズ家の第四女、アヤナ様では?」
「15歳の騎士って、確か女性では歴史上最年少だったはず」
「剣も魔法も乗馬もできて、今では部隊指揮も訓練されているとか……!」
「美しい……!」
「煌めくような容貌、弾けるような明るさ。街で伝わっているよりも、さらに美しい……!」
と、なんだか過大(?)評価されていた。いやまあアヤナの外見が(も)綺麗なのは確かなのだが。
だがちょっと気まずくなったのか、アヤナはウェインの耳元で呟いた。
「なんか……ごめん」
「あぁ……うん」
一方、エルは小さく手をぱちぱちしている
「凄いのね、アヤナって!」
彼女は今まで、それほどアヤナと交流があったわけではないのだ。
エルは孤児院出身で、貴族だの叙任だのとは無関係に育っている。というかラクスでも大半の人は貴族と無縁であるけれど。
ウェインは言った。
「んじゃまあ、エルとアヤナ。二人はここで頑張ってくれ」
女性陣と別れ、ウェインは司令部となっている建物に入った。
あの『アッシュの再来』ウェインが戦場に到着したという報告で、ウェインはその場の色々な兵士たちから握手を求められた。ウェインは頭を下げながら進む。
……なんだろう、この感じ。どこか弛緩した雰囲気。気のせいだろうか。
ポール中尉が言う。
「ウェイン殿。こちらがアンドル部隊司令官、ガノン大佐です」
ウェインは、ガノンと呼ばれた高級兵士に敬礼する。誰かから、『とりあえず敬礼しとけば間違いない』と教わっていた。下の階級の人間が何かしてきたら(例えば敬礼)、同じ行動を取っておけば間違いない、とも。あと名前を知らなかったら階級章の階級で呼べ、とか。
ガノン大佐はウェインに向けて敬礼した。
「大佐。お初にお目にかかります」
「ウェイン殿、第三連隊司令官ガノン大佐です。噂はかねがね」
「いえ最前線で戦われている皆様には敬服いたします」
ウェインは一度頭を下げて、それから顔を上げた。
「ただ一つ……ちょっと困惑する点があります」
「何でしょう?」
「レオン王国軍は全員が士気の高い志願兵。そしてここは最前線基地、のはずです。でもどこか弛緩したような雰囲気が流れています。戦況は一進一退と聞いてきましたが」
ガノンは大きく頷いた。
「それが貴方達を呼んだ理由ですよ。怪我人が多く、また敵の数が多い」
「戦力比は?」
「8対10と言ったところでしょう」
押されているのか。だが絶望的な数字ではない。どころか、奮起してもおかしくない数だ。どこか弛緩した空気の原因とは考えにくい。
ウェインは言った。
「大佐。確かニール王国には徴兵制度があり、徴兵された兵士もいると思いますが、それがこの士気と影響がありますか?」
「いや、ないでしょう」
「敵の主力と戦法は?」
「槍が主体の歩兵です。弓も少々。魔法使いも少し。戦法はオーソドックスなものです」
「こちらに援軍は来ないのですか?」
「大規模な援軍は来ませんね。この数でここを守ります」
援軍が来ないということが、このどこか奇妙な空気の仕業だろうか。いや、だったらもうちょっと悲壮感が出そうなものだけれども。
「国境での小競り合いなら連隊クラスでも良いのですね? 私は旅団などが来てるのかと思いましたが」
ガノン大佐は頬を緩めた。
「ウェイン殿は軍事にもお詳しい?」
「いえ大佐。戦場経験自体はありますが、なにせ若輩なものでたいした経験がありません。ただ国境での戦いとはもう少し規模が大きいものだと思っていました。道中ドライ砦経由で来ましたが、あそこには大勢の兵士がいた。あの戦力をこちらへ振り向ければ……」
「確かに。ただ今回はこの第三連隊だけで大丈夫なのですよ」
理由はわからなかったが、そういうものなのか。
「私は『火力支援』役ということでいいのですね?」
「いえ、ウェイン殿には書類の額面通り『戦場視察』をしていただきたい。前線には出なくて結構です」
「そうなのですか。……戦術的に魔法部隊は使えますか?」
「いえ、今は使えません。『部隊』として使うには消耗しすぎました。回復待ちです」
「魔法部隊の再編成の予定は?」
するとガノン大佐は言った。
「ウェイン殿。貴方は優秀だ。貴方が言いたいこともわかります。だからまず明日と明後日、この戦場を視察してみてください。それで何かがわかるかもしれません」
そう言われては引き下がるしかない。
「はっ」
「それはそうと、ウェイン殿はラクス防衛軍に入るのですか?」
「いえ大佐。考えたこともありませんが」
「もし軍隊に入るのならば、レオン王国国防軍への入隊をお薦めしますよ」
ガノン大佐はそう言って笑った。
進路に『軍隊』は考えたこともなかった。だが、もし軍に入隊するのならウェインも王国軍ではなく『ラクス防衛隊』に入るだろう。レオン王国よりも、ラクスの街への愛着がありすぎる。
ウェインは敬礼して、後ろを振り向いた。ポール中尉が駆け寄ってくる。
「客室をご用意しています。今日は遅い、ウェイン殿はそちらでお休みください」
「エルとアヤナは?」
「客室が足りないので野宿してもらいますが、周囲はいいヤツらですし、テントも広くて状態はいいですよ。飯は……今は残念ですが、場所も安全ですし」
「そうか……まあ、彼女らにはいい経験になるかな?」
アヤナは貴族だ。野宿の経験なんてないか、少ないだろう。だが少しでも糧となれば、ウェインたちがこの戦場に来た意味がある。
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