第12話 『友達にならないか?』

 帰路。肩の傷口が痛む。

 自分で治癒魔法を試みるが、ウェイン自身が白魔法の適性は低い。加えて酷くなる痛みによって精神集中ができない。

 ローキック二発を受けた右足も痛む。足を引きずって歩いた。


 と、今頃になって恐怖が身体を包み込んできた。膝が笑う。奥歯がカチカチと鳴り止まない。無理もない。死ぬところだったのだ。……ウェインにとって痛みやこの手の現象は遅れてやってくる。戦闘中にやってきたら、大幅な戦力ダウンだが。

 肩口の痛みも激しくなってくる。あまりの痛みに、ウェインは自分が涙を流している事に気づいた。


「ちくしょう……さっきのは本当に危なかったが……」

 助かったのだから良しとする。あの戦いから多くのことも学べた。

 回復魔法をかけながら、ウェインは治療班を捜していた。

 昨夜は今朝はこのへんでキャンプを張っていたが……

 いた。前衛に何人か駆り出されたとは言え、本体は同じ場所でキャンプを張っている。

 今では護衛に小隊規模の歩兵がついているようだった。


「すいませーん、治療して欲しいんですけど」

 声をかけると、見張りの数人と、エル、アヤナが飛んできた。

 エルは目に涙をためて、駆け寄ってくる。

「ウェイン、大丈夫だったのね!?」

「なんとか致命傷は避けたって感じか……。あ、治療班の皆さん、すぐに負傷した前衛と、前衛に出た治療班の他の人は後送されてくるはずです。そっちの準備もお願いします」

 普段はクールなアヤナも興奮気味に言う。

「夜襲だって?」

「そう言ってた。夜襲って時点で、訓練された兵士以外は役に立たないと思ったが」


「ウェインの敵、強かった?」

「ああ。半端なかったよ」

 アヤナと話している間に、エルがウェインの服を脱がし傷を確かめている。

「ウェイン、これ酷い怪我よ」

「そうなのか?」

「初級魔法で止血と、少しの治療が施されてるけど、私の全力を使っても全治まで一週間はかかるかも」

 エルの白魔法の威力は疑いようもない。そのエルがこう言うくらいなのだから、余程酷い怪我なのだろう。

「左腕はなんとか動くんだけどな。さっきから痛くてしょうがない」

「内臓まで到達していないだけで、周辺の骨と筋肉と神経まで損傷している。鎖骨と肋骨の一部もやられてるわ。しばらくは固定したほうがいいかも」

 エルはそう言いながら、高度な治癒魔法の詠唱に入った。程なくしてウェインの怪我の状態がみるみるよくなってくる。

「おぉ……」


「ウェイン、ごめんね……」

「うん?」

「私が敵に追われた時、盾になって逃してくれた」

「うん……戦闘経験もないエルだ。あの場に居たら守りきれなかった」

 エルはポツリと呟いた。

「私……強くなりたい」

「いや、そこまで考え込まなくてもいいさ」

「ううん。今回、魔法学院にいただけじゃ見えない世界がいっぱい見えた。私、強くならなきゃ……」

「その気持ちが本気なら、俺でも手ほどきくらいはできるよ。それより後少ししたら、重傷者が後送されてくるはずだ、悪いがそっちも診てもらえるかな」

「うん……うん」


 ウェインの怪我はだいぶ良くなってきた。エルが時間を掛けて丁寧にヒーリングしてくれたおかげだ。気づいたが、途中途中で痛み止めの魔法を練り込んでいる。こういうところもエルなりに工夫しているようだ。

「あ、それと右足も診て欲しい。こっちは蹴りでやられただけだから、そんなに酷くはないと思うけど」

 エルはウェインのズボンを脱がし、右足、太ももを触ってからヒーリングをかけてくる。

「こっちも酷いわよ。内出血してる。でも、これなら1日、2日あればなんとか……」

「ありがとう。俺は司令部の大佐に会って来たい。少し話すことができた」

「だったら左腕、固定するよ? 治りが早くなるわ」

「頼む」

 服とズボンを着なおし、布で左腕を首から吊り下げる。見た目は痛々しいが、エルの魔法のおかげで痛みは随分となくなっていた。

「すまないな、エル。当初の話では前線に出されるとは思っていなかった」

「ううん、平気。私が志願したんだし」

「アヤナも、ここは今夜は少し忙しくなる。悪いが頼む」

「しょうがないわ。大佐に話があるんでしょ? 行ってらっしゃい」

「すまない、二人とも。それじゃあ」

 調子の良くなった左肩を確かめつつ、ウェインは司令部へと足を運んだ。


 司令部。ガノン大佐は流石に就寝しておらず、戦況報告に耳を傾けていた。

 ウェインは邪魔にならない時点を見計らって、大佐に声を掛ける。

「大佐。敵の精鋭と交戦してきました」

「ウェイン殿! お怪我を?」

「怪我は大丈夫です。ただ敵からも妙な情報を聞き出しまして……」

 そこでウェインは大佐に近づき、声を落とした。

「レオン王国は敗北し、代わりに有利な条件で講和条約を結ぶ、と……」

 ガノン大佐は少し笑った。

「ウェイン殿、そのとおりです。その通りなんですよ。くれぐれも内密に」

「はい」

「もう補給物資や後衛はドライ砦まで撤退させ始めさせてます。あとは数日掛けて、前衛をうまく撤退させます。なに、相手にも話が通ってる。決死の撤退にはなりません」

 ウェインはこの司令部に来た時の違和感を思い出した。そうだ補給物資だ。長く陣を構えるには補給物資の数が足りなかったのだ。


「しかし今夜は夜襲を受けた」

「今夜の作戦は相手の大本営での作戦ではないんでしょう。相手も一枚岩ではない。おそらく武闘派の仕業だと思いますな」

「逆に相手の大本営は、もう戦う気はない、と……?」

「昼間の陣から、衝突を見ればわかります。大きな衝突になっていない。散発的な戦闘が起こっているだけですから」

「なるほど……。ただこれは好奇心から一点聞きたいのですが、軍人として、撤退命令を素直に受け入れられるものなのですか?」

「私とて内心穏やかじゃありませんよ。わざわざ負け戦にするなんて。しかしその命令が国家のためになるならば従います。それが軍人というものです」

「シビリアンコントロール?」

「はい。それにこの命令は、王陛下の勅命です」

「そうなんですか!?」

「そもそもこの土地は、守るのにも攻めるのにも向いてないのですよ。こんな国境付近で農作物を育てるわけにもいきませんし、ここを維持する戦力のほうが大変だ。ドライ砦の前の川のラインが、橋もあって防衛に向いてますね」

「もともと持て余し気味の土地なのですね」


「そういうことです。ウェイン殿とお連れの二人は、明日にでもドライ砦まで撤退するといいでしょう。流石に撤退日が近づくと何が起こるかわかりませんし、ウェイン殿もエル殿、アヤナ殿も充分にこの戦場で任務を達成した。合格点です」

「そうですか。……そうですね。撤退させていただきます」

「三人共優秀だった旨を魔法学院への報告書に書かせていただきますよ」

「感謝します」

 ウェインは深く頭を下げた。ガノン大佐は続ける。

「正直、魔法学院に白魔法使いの募集をかけたのは、国内外に『真面目にやってる』というアリバイ作りみたいなものでした。逆に視察で依頼をかけたのは、魔法学院側との盟約によるものです。不慣れな魔法使いに、戦場を経験させて成長させたいと」

「そうでしたか」

「まあこれはウェイン殿には余計でしたな。それと、こちらの不手際でウェイン殿のお弟子さんたちを前衛に出してしまったようだ。命令が徹底できていなくて申し訳ない」

 素直に謝られては、怒鳴り散らすわけにもいかない。結果として今夜エルは無事だったのだし、よしとすることにした。


 翌日。

 治療班のもとには重傷者が集まっていたが、エルとアヤナはお役御免となった。

「それじゃあ……すいません、私はこれで失礼します」

「いや、充分に役に立ちましたよ。レオン王国軍は魔法使いの数が比較的少ないので、募集などがあればまた来てください。また一緒の戦場になるかもしれません」

「はい」

 ウェインとエル、アヤナは、他の重傷者や補給物資などとともに馬車に乗せられ、ドライ砦まで後送されることになった。ポール中尉も一緒だ。

「それにしてもウェイン、今回は運が悪かったわね」

 アヤナが言う。

「どうかな。負けたけど敵は見逃してくれたわけだし」

「で、結局さ。ウェインは別れ際にその男になんて言われたの?」

 レーンが別れ際に言った言葉だ。ウェインは肩を軽くすくめた。


「『友達にならないか?』って」


「は!?」

「向こうからすればラクス住みの魔法使いにツテが欲しいんだろう」

「ふーん。で、なるの? 友達に」

「さあ……。ただもともとディアっていう女とは面識があったし、その男を紹介してくれることにはなっていた。ラクスで落ち着いたら接触があるだろう。その時に考えるさ」


 あの言葉は予想外の言葉だった。直前まで命のやり取りをしてたはずが、急に一転して友達になろうとは。心の整理が追いつかない。


 そして一行はドライ砦まで後退した。

 川にかかる一本の橋を越えても、大きな建物に、堅牢な城壁。備蓄と補給体制も整っている。そして兵士の数が違う。ここなら確かに安全だろう。難攻不落だ。

 医務室を訪ねたが、もうエルの治療以上のことはできないと言われた。もっとも、ウェインの痛みも段々とマシにはなっている。エル本人の見立てより回復は早い。あと数日もすれば完治するだろう。

 ポール中尉からは、各自が書類を手渡された。書類は魔法学院に提出すると単位になる。それと今回の件の報酬が少し。こちらは実働時間が短かったので少しかと思ったが、危険手当なるものが加算されていて、思ったより多くのおカネが貰えた。

 階級章など配られた物品を返却した。軍服から、普段の魔法学院の制服に着替え直す。

 こうして役割を終えた3人は、ドライ砦を後にすることにした。


 ラクスの街から来た道を、今度はそのまま逆方向へと行軍する。当初泊まるのは宿ではなく民宿しかなかったが、食事とお風呂の観点からアヤナはおおいに喜んでいた。

 宿泊費は今回のケースなら半分が魔法学院持ちだ。おカネを出し合ったが、それでも多くのプラスになるほどには報酬を貰えた。

 ラクスの街へと着く頃にはウェインの肩の傷もほぼ完治し、皆が達成感でいっぱいになっていた。

 国境線での戦いはレオン王国敗北の形で決着したらしい。

 講和条約が結ばれ束の間の平和が訪れたようだが、レオン王国のほうが得をしているという奇妙な図式になっているのだろう。

 だがそれも、ウェインたちにはもうあまり関係がないことだった。


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