第11話 剣 - 2

 爆炎の中、レーンは立っていた。戦闘態勢を崩していない。一歩、ウェインとの間合いを詰めてきた。

「マジかよ……」

「俺だって同感だよ。ウェイン・ロイスの実力は信じたくないほどだ」

「まだ動けるのか……?」

「ギリギリだ。もう今までのようなキレはないだろう」

 レーンは右手のバスタードソードはそのままに、左手で逆手のまま、左腰のショートソードを引き抜いた。

 途中でクルッと半回転させて順手に持ち変える。


「二刀流……?」

「ああ。だがまだ未完成な代物さ。だいたい金属鎧着てるヤツが多いから、両手で重い剣使ったほうがダメージが入るんだが、これは乱戦とか、手数を増やす用」

「今がそれか?」

「ああ。ウェイン、お前の次の魔法が中級なら『魔法パリィ』でなんとかなる。だが上級魔法なら、俺も反撃の隙はないだろう。だから二刀流だ。剣でパリィする」

「剣には充分な魔力が注入できない。パリィはできない」

「いや、注入する。但し俺の半身にも莫大な被害が来るだろう。だから、残った方の剣でウェインを狙う」

「そうか……」

「……。悪いが、殺すことになるかもしれない」


 ウェインは逃げたかった。だがさっきの左下段回し蹴りによって、右足が思うように動かせない。この、走れるかどうかわからない状態で背中を見せるのは自殺行為だ。

 ウェインは言った。

「今、上級魔法を用意している。プランはそっちとは逆だ。お前の攻撃を待っている。その二刀流のどちらかを、右手のナイフでなんとか防ぐ。なに、急所さえ外せればいい。後はガラ空きのお前の身体に上級魔法をぶち当てる。パリィすらさせずに直撃させる」

 レーンの身体はしなやかで、まるでネコ科の猛獣のように柔らかかったが、打ち込みの瞬間だけはやはり硬直する。そこを狙う。

「相打ちでいい。何せここはこちらの勢力圏だ。増援も呼んでいる。ヒーラーも来る。長引けばこちらの有利。即死さえしなきゃ、こちらの勝ちだ」

「そう言うなよ……。即死、ないし瀕死にさせなきゃならないじゃないか」


 二人、睨み合う。

 ウェインは段々と怪我をした肩の痛みが出てきた。このままでは魔法に乱れが出るだろう。今ですら魔力に揺らぎが出始めている。そしてこの失血はマズい。さっき口ではああ言ったが、本音を言うと長期戦にはできないだろう。

 だが一方のレーンも度重なるウェインの魔法で、足取りが重そうだ。今までのように素早くは動けないはずだ。

 それでも、睨み合う。……ウェインが上級魔法を準備し終えても。

 何故なら次の行動は、どちらか、あるいは双方が致命傷を負う可能性が極めて高いからだ。

 それにウェインはカウンターを狙っている。おいそれとは動けない。

 あの重いバスタードソードは、ウェインのサーベルを叩き折った。今手持ちのナイフでは、うまく捌かないとまた折られるだろう。

 とにかくレーンが打ち込んでくるところへの反応は遅れてはならない。

 と、次の瞬間だった。


 暗闇の中、炎の魔法が飛んできた。


 ……ウェインのほうへと。


 恐らく初級程度の威力の魔法。だがレーンと対峙していたウェインはよけることができず、やむなく魔力を使って弾いた。

「くそっ!」

 体内の魔力調律が乱れ、上級魔法に必要な要素がどんどんと消えていく。事実上、ウェインの勝利が消えた瞬間だった。

 先程の肩の怪我の影響も出始めている。もう魔力が集中させにくい。

 その場から逃げ出そうとしたウェインだったが、レーンが間合いを詰めてきてまたも下段の左回し蹴り。

 ウェインは直撃をもらって、右足に限界がきた。膝をつく。レーンの剣が顔に突きつけられる。

「武器を捨てろ、ウェイン・ロイス!」

「あぁ……お前の勝ちだな」

 ウェインは足の痛みにしゃがみこみながら、無造作にナイフを放り投げた。

 だが魔法の準備だけはやめない。レーンの出方次第ではやはり相打ち覚悟の一撃を放つことになるからだ。

「魔法ももうやめてくれ、もう戦う意味がない」

「それはどうだか」


 と、その緊迫した戦場に、女の声。

「おーい、レーン。平気? ごめん、遅くなったー」

 遠くから女が走ってくる。

「ん? 確かお前、あの時の……ディア?」

「あれ? ウェイン?」

 革鎧とショートソードに身を包んだことだけが、以前と変わっていた点だった。魔法学院近くのボクシングジムで、模擬戦をやった相手。ディア。


 彼女は戦場には似つかわしくない言動だ。

「うわぁ、レーンとウェインが戦ってたんだ! ねえねえ、どっちが勝ってた?」

「あの炎の魔法はお前か? アレがなきゃ互角だった。……と信じたい」

「へぇー。やっぱりウェインって強かったんだねー」

 言いながら、レーンに近寄るディア。彼女が精神を集中させると、癒やしの光が両手から零れ出て、レーンの身体に染み込んでいく。ヒーリングの技術だ。ウェインがよく知るエルなどに比べればそこまで高いレベルでもないが、じゅうぶんに効果はありそうだった。

 そのヒーリングのせいで、ウェインの勝利の目は完全になくなった。

「なあウェイン、魔法の戦闘態勢を解いてくれないか?」

「……わかったよ」

 ディアが軽く声を上げる。

「ウェイン、怪我してるの?」

「別に致命傷じゃない」

「止血だけでも、してあげるわよ」

 ディアが、離れた位置から治癒魔法をウェインにかけた。そのヒーリングは、ウェインの肩の傷を少し塞いでくれたようだ。あの離れた位置からの治癒魔法は、それが訓練されたものだと証明していた。


「で、ディア。なんなんだお前は?」

「んー。今はレーンと同じ、ニール王国軍の傭兵の一人よ」

「そういや『レーン』って……」

「そそ。私がディア・スタイナー。こっちがレーン・スタイナー。今のとこ、私の義理の兄っていう立ち位置と、スタイナー流格闘術の創始者の立ち位置」

「どこかで聞いた名前だと思ったら、それか……。で、レーン。どうなるんだ、俺は?」

 レーンは軽く首を振る。

「いや、どうにもしないさ。ただ『ウェインを倒した』と宣伝させてもらう」

 戦場で負けたのに、それくらいなら安いものだ。

「あー、はい。どうぞご勝手に」

「あとは……ディア、戦況はどうだ?」

「うん。他は全部失敗ね。私達も撤退よ」

「他とは?」

 ウェインの問いかけに、レーンが答える。


「前線に出向いたヒーラーたちを幾つかの部隊で同時に夜襲したんだが。それらが全て失敗に終わったようだ。俺も最初は数人の部隊で出撃した。すぐに撤退者が続出したがね」

「夜襲なんて、よほど訓練された者にしかできないだろう」

「ああ。そしてウェイン、俺も限界だ。そういうわけだから俺たちはここを撤退する」

「本当に俺を殺していかないんだな」

「殺すメリットがないんだよ。ニールで傭兵をやるのは今日で最後だ。後は俺たちラクスの街で活動したいと思ってるわけで……あまりレオン王国と敵対したくないのさ」

 色々と事情があるようだ。そう言えばディアはラクスでの生活基盤を探していた。

「『今日で』と言ったなレーン。戦争は最後まで見届けなくていいのか?」

「あ、そのことなんだが」

 レーンは少し口ごもった。

「ニール王国は士気も高くない。補給も豊富というわけでもない。なのに、なんだか勝ちムードで落ち着いてたぞ。俺たちとの契約も今日で最後だし」

「そっちもヘンなことになってるのか?」

「ん? レオン王国もヘンなのか?」

「まだ粘れるはずなのに、今の司令部は放棄。ドライ砦まで撤退するらしい」


 一瞬の沈黙の後、レーンが言った。

「茶番、なのかもな」

「茶番?」

「この戦争がさ」

「どういうことだ?」

「ニール王国はレオン王国との輸出入で裕福さを保っている。本音では戦いたくないだろう。但しドライ砦から東側は領地を取られすぎた。戦争も連戦連敗だ。一般市民の感情としては面白くないだろう。だから戦争自体は必要だった」

「その戦争自体が国民感情のガス抜きだ、と?」

「ああ。そもそもレオン王国に領土的野心はない。極論、魔法都市ラクスさえあればいいくらいだろう。そしてドライ砦から東は不要な場所だ。もともと国境はドライ砦なわけだしな。だったらそこは放棄して、戦争は敗北の形にしてでも早期に有利な形で講和したほうがよい。戦時中の今よりは、食料品の輸入なんかじゃメリットが大きいだろう」

「わざと負けて、取りすぎた領地を返して、代わりに有利な契約を結ぶと?」

「恐らくな。そうすると俺らの契約が今日までだって事実が納得できる。もう戦士は用済みなんだよ」

 その推測が事実だとするとロマンのない戦場だが、理に適ってる推測だ。


「国境線を戻すのか……」

「ドライ砦を陥落させるには、今の10倍から20倍以上の戦力が必要だ。だがそんな戦力はニール王国には用意できない。レオン王国が防御を固めれば、さらに強固になる。難攻不落だ。互いに兵士を失うよりはマシ……どころか、いい案に思えるな」

 ディアが声を上げた。

「両国の駆け引きはともかく、近く私たちもこれからレオン王国……ラクスの街に行く予定。ウェイン、そこでまた会えるね」

「そうだな……」

 と、その時。遠くから兵士たちの移動してくる気配がした。ウェインが要請していた小隊だろう。

「増援だな。ディア、流石に逃げるぞ」

「うん。ところでレーン。アレ、言わなくていいの?」

 ディアに促され、レーンは迷った挙げ句……ウェインに顔を近づけてから、『それ』を言った。


「……え!?」


「考えといてくれよ、ウェイン。じゃあな」

 そしてレーンとディアの二人は、暗闇の中へと逃げていった。


 しばしの時間の後、ポール中尉が二個小隊を引き連れてきた。周囲が大勢の兵士で賑わってくる。

「ウェイン殿、大丈夫でしたか!?」

「怪我したけど、止血したから大丈夫です。もっと前線に、十数人の負傷兵がいるらしいですね。彼らの後送を早くお願いします」

「はい!」

「俺は勝手に後方に戻ってます……治療班に合流して治療してもらう」

「人をつけますか?」

「いや、一人でいいですよ。それより前衛の負傷者をお願いします」

 投げ捨てた大型ナイフを拾い腰に差し直す。折れたサーベルは諦めた。


 負けた。自分は負けたのだ。


 日頃あれだけ持て囃されているのに、我ながら情けない。

「ふぅ。世界はやっぱり、広いんだなぁ……」

 今回、魔法学院にいては経験できないことだらけだった。


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