第13話 再始動

 ラクス魔法学院に戻った後は、忙しい日課が戻っていた。アヤナはともかく、ウェインもエルも教育実習生という立場がある。それを一週間飛ばしてしまった。

 これが課外実習の難点だ。スケジュールをとりにくい。

 だが一方、アヤナもエルも単位の方は見事に認定してもらえたようで、卒業までの道のりがぐっと近くになったようだ。

 ウェインもこのままなら教員免許のための単位が取れることになった。

 国境での戦闘は、週刊の新聞に載っていた。膨張しかけた国境線を、ドライ砦まで戻すこと、形は敗北だが有利な条件での講和と、概ね好意的に載っていた。

 ただ一つ驚いたのは、ウェインが戦闘したことにも触れられていて、それは「負傷するも仲間を救出」的にこちらも好意的に載っていたことだ。

 なんとなく気づいていたウェインだったが、確信した。大衆は英雄を求めている。この『流れ』に逆らった言動をすれば、バッシングが起きるだろうということに。

 思想的・政治的ポリシーもないウェインだから何も問題は起こらないだろうが、不甲斐なくなったらそれまでだろう。より一層気を引き締めることにした。


 そんなこんなで一週間が過ぎた頃。職員室で書類と格闘しているウェインに一人の少女が訪ねてきていた。

 レーンの二番弟子。モニカだ。

「ウェインさーん、課題、やってきましたよー」

 モニカ・マリウス。年齢は13歳。綺麗な金髪と茶色い目。背が小さいのは年齢が年齢だからだ。レオン王国は15歳で仮成人だが、モニカは13歳。まだまだ法的にも子供である。だが元気いっぱいな性格と愛くるしい容姿のため、皆から好かれている。

 そんな子供をウェインが預かっているには、わけがある。アヤナを弟子にして教育を始めたとき、その噂を聞きつけモニカがすっ飛んで来たのだ。

 以前から面識はあったが、どうやらモニカは、百年も前に亡くなった天才魔法使い『アッシュ』の熱烈なファンであり、その再来と言われているウェインのことをとても憧れているそうだった。

 魔法学院に入ったのも、そういう理由かららしい。


 今は亡き天才魔法使いアッシュに憧れるのは、ある種ラクスやレオン王国内では別段珍しいわけではない。魔法の功績や実力だけを見れば、天才アッシュより優れている魔法使いは多い。だがそれでも、アッシュに特別な人気があるのは、彼は人望や性格が底抜けに秀でていたからだ。


 さて。そんなアッシュの再来と言われるウェイン・ロイス。彼もまだ本来の意味で一人前ではないのだが、そのウェインの弟子になりたいと必死に頭を下げるモニカに、ウェインも学院も折れた。もともとが優秀な生徒なわけだし、下手に断って本人のやる気を下げるのも得策じゃないと判断されたのだ。

 ただその天才魔法使い『アッシュ』であるが、別にウェインと接点があるわけじゃない。似顔絵を見る限りウェインとは似ていないし、魔法もアッシュは白魔法にも適正があったようだ。そこはウェインが劣っている。アッシュは棒術による接近戦もこなせたらしいが、それは晩年のこと。全盛期の頃の白兵戦は一般魔法使いレベルだったと文献には記載されている。そこはウェインが勝っている部分か。

 ただ黒魔法が得意だったことと、ラクスの街の皆に愛されたことで伝説化している魔法使いなのだ。今のラクスは、ウェインという若い才能に天才魔法使いアッシュの姿を投影して希望を見ているのだろう。

 ウェインにとってはプレッシャーである。何故ならウェインは実戦で良い結果を収めてきたわけではなく、ほとんどが魔法学院内での評価だからだ。

 100年も前に亡くなった天才魔法使いと比べられても困る。


 ただモニカ・マリウスは、そのアッシュの再来と言われるウェインに憧れていた。ウェインが基礎練習を疎かにするなと忠告すればその通りにしたし、魔法に独自のアレンジをしてみろと課題を出すと3つくらい作って持ってきた。

 それらは少女期特有の、やや年上に対する恋愛感情に似た憧れも入っているに違いないとウェインは見ていた。いずれ熱は冷める。彼女のためには、ただ彼女の才能を伸ばしてあげればいいのだと。

 実際、モニカの魔力も適正もそこそこのものがあり、このまま成長すればまあまあの魔法使いになるだろうとは予想できていた。

 そしてモニカの出身はウェインと同様、レオン王国の村の一つであり、モニカは未成年ながら単身ラクスまで出てきていて今は魔法学院の寮に住んでいる境遇。親近感はある。

「おっけー、モニカ。課題は受け取っとく」

「ウェインさんたち、なんかこの前紛争地に行ったんスよね? 私のことも誘ってくれればいいのに……」

「モニカは実習はもう単位足りてるだろ。実技と、座学が足りてない。てか座学頑張れ」

「そりゃ頑張りますけど、私だって色んな世界見てみたいッスよ」

「しかしモニカはまだ未成年だからな。今回のことは軍隊が許可しないだろう」

「またそれです。後2年、ずっと私だけ扱い違うんスか? あんまりですよー」

 モニカは自分の左腰を指差す。そこにはフェンシングのレイピアが差されていた。ウェインに影響して初めたフェンシングだが、ウェインのようにサーベルを持つことは、モニカは法的にまだ許されなかった(刃渡りが長い武器は未成年の所持は禁止される)。だから突き専門のレイピアを帯びているようだが、モニカにはそれも気に食わないらしい。

「まだ未成年なんだからしょうがないだろ。まあそんなに生き急ぐな。どうせ10年もすれば若さが欲しくなるらしいぞ。先輩が言ってた」

「私には『今』が大事なんです! って言うか、ウェインさんも未成年の時にも従軍経験ありましたよね。なんで私がダメなんですか」

 言われて、ようやく気が付いた。

「あれ? 確かに俺、未成年の時に戦場に行ったことがある」

「ほらー」

「え? おかしいな。なんでだろう」

「多分、誰かが手筈を整えてくれたんじゃないですかね?」

「そうだと思うけど……」

「そういうことを、私にもしてほしいんですよー!」

「あー、わかった。今度な」

「私だってウェインさんと一緒に勝利のお酒を飲みたいのに」

「2年後な。まあそれまでは座学含めて学業頑張れ。いい生徒になれば、学院内で多少の無茶は許されるから」

「はーい。でも私、今でも結構優等生ですからね?」

「そうみたいだな。アヤナなんかサボッて魔力基礎したがらないが、モニカは基礎でもしっかりやっている」

「えへへ。ウェインさんの教えですからね。教えは守りますよ」

 そんなことを話していると、職員室に一組の男女が訪れてきた。


 そう、戦場で出会った、レーンとディアである。


「はーい、ウェイン、元気?」

「うわ、なんだ……レーンとディアじゃないか。驚いたな」

 ディア・スタイナー。後で聞いたところによると19歳。ウェインより二つ上だ。アスリートのような体型で、赤茶けた髪の毛を後ろで縛ってポニーテールにしている。

 もう一人はレーン・スタイナー。年齢はディアと同じ。ディアの義理の兄らしい。容姿端麗。身長が高く、筋肉がついたフィジカルエリート。こちらは黒髪に蒼い瞳。

「レーンがやったって言う、肩の傷はもう大丈夫なの?」

「ああディア、もうすっかり」

「約束通り、会いに来たよ。そうそう、私達ラクスでの家が決まったんだ。当分はココに滞在して生活するつもり」

「そうか。俺はもうちょっとで仕事が片付くから、そしたら飲みに行かないか?」

「いーよ」

 ディアは上機嫌だ。というか、それが標準なのだろう。

「それにしても……レーンは学院でも目立つなぁ」

「ああ。戦場が一番目立たない」

 レーンは2メートル近い長身だ。そして鎧も着ていない。陽の明かりのもとだからバッチリわかる。筋肉質というか、筋肉のつきかたが尋常じゃない。すぐにそこに目が行く。

 今日はバスタードソードは持っていないが、護身用に腰にショートソードは差している。鎧は着ていないが、もうこの体格だけで警備員とか警察の機動隊とかそういう印象だ。

 そして前は暗闇でよく見えなかったが、顔が驚くほど整った美形。

 ……神は二物も三物も与えているではないか。

 ウェインは言った。

「そう言えばお互いのこと、ほとんど知らないもんな。こいつはモニカ、未成年だが、将来有望な俺の二番弟子だ。こいつも連れてっていいか?」

「いーよ」

「あ、私もついてっていいんスね?」

「そうだ、ついでにエルとアヤナも誘うか?」

「いーよ。……顔知らないけど」

「そっか、会ったことなかったんだっけ」

「例の国境線での戦いに参加した人たちでしょ? 人に聞きながら捜してみるよ。レーン、行こう?」

「ああ。じゃあなウェイン」

 突然現れた二人は、突然いなくなる。なんとも忙しい連中だ。

「……顔も知らないしフルネームも知らないのに、捜せるのかねぇ」

「結構無茶な気がしますけどね」

 まあ諦めれば戻ってくるだろうと思い、ウェインは机の上の書類と格闘を再開した。


 だが、仕事を進めているうちにアヤナが職員室に入ってきた。

「あのー、ウェイン。レーンって人たちと飲み会をするって聞いたんだけど」

「アヤナ!? そうだけど、よくあいつらアヤナのことがわかったな。初対面だろ?」

 アヤナは何度も肯く。

「うん。会ったことないわ」

「どーいう探し方してるんだ、あの二人は……」

「なんか男の人はめっちゃ大きかった。背が高くて筋肉凄かった」

「それがレーンだよ。一週間前、俺が国境線での戦場で戦った腕利きの剣士」

「へぇ……顔もいいのに、なんで剣士なんてやってるんだろ。俳優とかやればいいのに」

「理由は知らんが、あのフィジカルエリートが無所属らしいってのは少し謎だよな」


 ほどなくして、エルも職員室へとやってきた。

「あ、あのウェイン。国境線で交戦した人たちが飲み会って……」

「あー、だからなんでこんな簡単に人が捜せるんだ?」

 同じく戻ってきたレーンと、そしてディアが言う。

「ウェインゆかりの人間で名前を聞いて回っただけよ。それよりこのエルは、私達のことを人さらいか何かと誤解して、それを正すのに苦労したわ」

「まぁなぁ……俺もこんな二人組が突然来たら警戒するし」

「それよりさ、仕事は片付いたのウェイン。早く飲みに行きたいんだけど」

「まだ片付いてないけど、お前らの情熱に負けた。まあ続きは明日にするよ。エルもアヤナも、この後時間あるよな?」

「ええ」

「はい」

「じゃ、どっか行きますか。ただ……ラクス住みの俺が言うのも何だが、誰か、どっかいい店知ってるか? 俺は詳しくない」

 アヤナは肩を竦めた。仮にも貴族だ。良い大衆店など知っているわけもない。

 エルも眉をひそめた。内気な彼女は、魔法学院内の交流パーティなどにもあまり出席したことがない。

 レーンは『ラクス案内』と書かれたパンフで色々と店を探している。

 そこでモニカが手を挙げた。

「はーい。豪華でもお上品でもないけど、『お祭りエリア』がいいと思います」

「なるほど、それもそうだな。じゃあそうするか」

 『お祭りエリア』。それはラクスで年中開かれているお祭り騒ぎをするエリアで、三本の大通りをまとめてそう称している。休日の昼間は手品や大道芸なんかで溢れているが、平日の夜間も屋台が揃っている。

 安価で食事ができるいい場所だ。観光客相手だとぼったくる場合もあるが、現地人だというと半額以下になったりする。

 これはラクスの住宅事情にも関わることだが、最も安い価格帯の住宅はキッチン設備がついていない。基本が外食をすることになるのだ。

 だからラクスには『郷土食』の概念が薄い。あと美味しくない。外食では、諸外国から入ってきた料理をアレンジされたものが提供されるが、それは凄く美味しい。

 要するに『お祭りエリア』は、うるさい場所ではあるが、人目があるぶん初対面の人との会食には適している。


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