第15話 貴族になれば
さて一方のモニカだが。こちらは酒に飲まれている。いつもより饒舌だ。
「私はですねー。ウェインさんとアヤナさんが付き合うべきと思ってるんですよ」
ウェインとアヤナはぽかーんとする。
「へ?」
「え、なんで私? 別に私はモニカほどウェインに心酔してないんだけど」
「貴族ッスよ貴族! ウェインさんとアヤナさんが結婚すれば、ウェインさんも貴族になれるわけじゃないですか」
「そうかもしれないけど。それとモニカとどんな関係があるんだ?」
モニカはテーブルを叩く。
「だって貴族になったら合法的に 側 室 が作れるんですよ。ハーレムですよハーレム。こういうのって、男の人の憧れじゃないんスか?」
「まあ……男視点で見るなら悪くはないと思うが」
「どうせ私はウェインさんの『一番』にはなれないんですもん。だったら次善の策を考えますよ。私はウェインさんの側室になるんですー!」
ディアがウェインに、こっそり言ってきた。
「ねぇ。この子、凄いわね……」
「普段はもう少しおとなしいんだが……ディアが酒飲ますからだろ」
ウェインは少し考えてから……
「いやレオン王国って、貴族でなく一般人でも、一夫多妻できなかったっけ? 時々そういう人を見かけるし」
エルがこくんと肯く。
「確か税金を多く納めたりすれば、普通にできたはず」
こつんと、アヤナが言ってくる。
「でもさウェイン。モニカだって年頃の女の子なわけだし。ああいう気持ちは汲んであげたほうがいいと思うけどね」
「ふぅん」
そんなことを話していると、エルが言った。
「ねえ、ウェインとレーン……さん? 貴方達は戦場で戦ったのよね」
「うん」
「ああ」
「そんな簡単に打ち解けられるものなんですか? 恨みとかない?」
ウェインは少し考え、言った。
「あの時、負けたのに殺さないでいてくれただけで俺には十分恩義がある。それに彼らはもう敵国の傭兵じゃないし、そもそもがディアと『今度会わせる』って約束してたしな」
「おお。一度は剣を向けた仲だ。そう言ってもらうと嬉しい」
ウェインは軽い笑顔のまま、何度か肯いた。しかしレーンは続ける。
「それになウェイン。俺はあの戦いで、勝ったとは思っていない」
「ん?」
「結局均衡を打破したのはディアだった。それにそもそも、俺が最初にエリストアさんを追いかけていて、ウェインが後方からやってきた時が問題なんだ」
「と言うと?」
「あの時。ウェインがエリストアさんを見捨てて上級魔法の詠唱に入っていたら……俺はきっと、その上級魔法を避けきれない。パリィもしきれない。死にはしないがダメージが足に来る。もう、万全の状態では戦えない。そうなればきっと、その時点で俺は逃げていただろう。つまりお前の勝ちだ」
「そうか?」
「そうだよ。だからウェイン、あの戦いで負けたとは思わなくていい。本当だよ」
「うん、まあそう言われればな。何にせよ、どっちも死ななくて良かったってことは確かだな」
「ああ」
ディアが言う。
「ウェインのことは私だけがラクスに来た時からリサーチしてて、模擬戦もやったわね、つまりツバつけてたってことで、私らもウェインに死なれると困るとこだったのよ」
「そうか」
「うん。私達は『冒険者』としてやっていくつもり。そのためにはいい魔法使いが欲しい。ウェインのツテが必要なの。あの戦いで死なず、かつ許してくれて、助かったわ」
ウェインは言った。
「なあ。『冒険者』の話だが……それ、俺じゃだめか?」
一瞬、周囲の空気が止まった。
「だ、だってウェインには魔法学院での仕事が……」
「もう資格も取れる。これからはもっと自由になれる。俺、思ってたんだ。学院の中で得られる経験と、学院の外で得られる経験について。『冒険者』となって周りを旅すれば……いや学院の就職課でもいいんだが、それは学院の外での経験が大きく増える。それにレーン・スタイナーは俺を負かす程の腕利きだ。これなら前衛の心配はいらない」
一瞬の後、レーンが頷いた。
「本気のようだな」
「本気だよ」
「じゃあ歓迎する。俺たちだって優秀な後衛を探しているんだ。それがウェインともなれば文句のつけようがない」
「やった! じゃあ決まりだ。学院依頼だけでもなんとかなるかもしれないが、明日にも冒険者ギルドに行こう。登録しておいたほうが何かと役に立ちそうだし」
と、エルが大きな声を出した。
「あ、あのっ!」
「うん?」
エルが大きな声を出すのは珍しい。ウェインはエルの顔の方を向いた。彼女はギュッと両手を胸の前で握る。
「私……その……私もついていきたい!」
「え!?」
それはウェインには予想外の言葉だった。
「エル。お前はもっと安定志向だと思っていたんだが、冒険者なんてギャンブラーみたいなもんだぞ。俺は見識を広げるためにやるんであって……」
「私も同じだよ。戦場でレーンに追われた時……私、死ぬんだって思った。でも、ウェインのおかげで運良く生き延びれた。私も、私も外の色々な世界が見たい!」
レーンとディアは顔を見合わせている。と、レーンが聞いてきた。
「意気込みはよし。だが、エリストアさんの能力は?」
エルは胸に手を当てて答えた。
「主に回復魔法……強力なヒーリングの術をかなり遠くまで届かせることができます。あと防御の魔法。白魔法全般は得意です。白魔法学科では今年の魔法学院で主席を取っています。ただ自分を守る魔法障壁は、少しランクが下がるかもしれません」
「ほう。じゃあ体術は?」
エルは顔を曇らせた。
「素人です。体育の成績は2でした」
「まあ普通の魔法使いにウェインのような体術は期待しないよ。ウェインは白魔法が苦手らしいから、そこはカバーできていいかもしれない」
ウェインは反対した。
「いや危険だ。やめたほうがいい。俺とかレーンでも多数の『数』には勝てない。逃げ足の速さだって必要になる」
言い合っていると、今度はアヤナが声を上げた。
「みんなが行くんならさ、私もついていっていい?」
「アヤナ!?」
「師匠のウェインは何も教えてくれないし、基礎ばっかりで飽き飽きしてるんだもの。私が魔法学院内にいる意味って、あまりないし」
ディアが声を出す。
「アヤナさんの能力は? 師匠のウェインに聞いたほうがいいかな?」
ウェインは渋々答えた。
「魔法使いとしては、せいぜい『並み』くらい。白魔法も黒魔法もそこそこ扱える。時間をかければ中級魔法を扱えるが、上級魔法は使えない。魔法障壁も並程度。フェンシングでは試合で一度俺に勝ったこともあるが、筋力や持久力はない。体術は下の上といったところ」
レーンが言った。
「まあ、もし実現するなら、一気に後衛が充実するな。もともとラクスに来たのは優秀な魔法使いを探すためだったが、拾い物かもしれん」
「俺は反対だぞ」
「だが一番近くで彼女らを守れるというメリットもあるじゃないか」
「まあそうだが……」
モニカが自分を指差しながら、言う。
「あの私は……」
「お前はダメ。未成年だろ。座学あるし」
「やっぱりそうッスよね……あ、二年後ならいいッスか?」
「いや、それは二年後にならないとわからないなぁ……」
レーンが指をくるくるさせながら言った。
「なんにせよ能力査定が必要だな、俺達としてもさ。一度近場で何かと戦えるようなところがあればいいんだが。魔物とか、『悪魔』が出没しやすいところってないか?」
「あ、それならいい場所を知っている」
「いい場所?」
ウェインは肯く。
「『悪夢の草原』と言われる場所だ。平和なラクスには魔物の類が少ないが、『悪夢の平原』だけは別だ。どこからともなく魔物・悪魔・魔獣の類が湧いて出てくる場所。ただ悪魔も大きくて中型が出るくらいで、腕試しにはちょうどいいところだ。危険だからレオン王国軍がいつも軍隊を派遣して駆除している。ラクスの街からも近いし、丁度いい」
「危険なら、どこかから何か報酬でも出ないのか?」
「それがたいして出ないらしい。魔法学院には依頼が来ていないからよくわからんが、冒険者ギルドの依頼も報酬は低いとか。なんでも、正確な討伐数がカウントできなかったり、既にレオン王国軍が派遣されているから手出ししなくてもいいとかで、せいぜい旅費が出るくらいの報酬と聞いたことがある」
レーンが言った。
「まあ報酬はいいか。じゃあ決まりだ。みんな、明日の予定は? 大丈夫だな? だったら全員で冒険者ギルドへ登録に行こう。そして『悪夢の草原』の情報収集だ。場合によっちゃ近く出発する」
「待て待て。5人で行くのか? せめて隊に偵察兵が一人欲しい。追加の人員を探すのも視野に入れておかないと」
するとディアが自分を指さした。
「わたし、わたし。私スカウトだよ。まだ駆け出しだけど」
「え? だって剣やら体術があったじゃないか」
「ウェインだって魔法使いのくせに剣あるじゃん? それとさ、いっとーの腕利きスカウトはレーンだよ」
「え!? レーンって戦士じゃないの?」
レーンはミルクを飲みながら答える。
「もとが偵察兵だったんだ。普通学校の軍事教練でも偵察兵だったし、戦場でも多くは偵察兵で出ていた」
「へー。そっから軽戦士に転向したのか?」
「そうだ。俺は昔からスカウトとして優秀だった。実績もあった。だが数年前から、致命的な弱点ができてしまったんだ」
アヤナが声を上げる。
「わかった! 身長ね! そんな背の高いスカウト、見たことないもの」
「そうだ。成長期に背が伸びすぎちゃったんだ。尾行や変装が無理だってことでスカウトは諦めた。技術はディアに教えてる。俺は戦士に転向し、体術も含め修行中」
夜の戦場でのことを思い出す。そう言えばレーンは、ディアがフォローに来るまでは単独行動をしていたのだ。スカウト技能があって不思議ではない。
と言うか、この男は何でもできそうなオーラがあった。
理由はうまく言えないけれども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます