第16話 冒険者ギルドは結構テキトー
翌日。冒険者ギルドにて、モニカを除く5人は集まっていた(モニカは座学)。
「ラクス冒険者ギルドへようこそ。いかがなさいましたか?」
ラクスの冒険者ギルドはカウンターが明るく、まるで食品売り場のような感じだった。
「俺たち、登録したいんですけど。説明もらえますか?」
「あら5人も? では少々お待ち下さい。手の空いてるスタッフに1から説明させます」
受付嬢は応援を呼びに行った。
ギルド内は陽の光が入り込み、明るい雰囲気だ。酒場も併設されているが、そこだけは薄暗い。あるいはその薄暗さも演出かもしれないが。ただそこは冒険者と呼ばれる胡散臭い連中のたまり場になっていた。
「登録料って高いのかな」
アヤナの言葉に、ディアが返す。
「登録自体は安いみたいよ。技能とか昇段審査が収入源みたい。あとあの酒場とか。安酒使ってるわりに値段がリーズナブルじゃないって街の酒場では評判だった」
「そのわりに繁盛してるっぽいわね」
「そりゃ、冒険者ギルドに一番近い場所だからね。情報は入りやすいでしょう。多少高い価格設定でも人は入ると思う」
5人で話し合っていると、受付嬢が一人の女声を従えて戻ってきた。
「お客様、お待たせいたしました」
その後の説明は、応援に来た女性が引き継いだ。
「では皆様、まずは『冒険者』なるものですが、その資格はこのカードをもっているかどうかで決定されます。冒険者カードは登録料を払えば15歳以上なら誰でも作れます。だから冒険者と名乗るだけなら何も問題ないので、どうか構えずにいらしてください」
「はい」
「カードは基本的に国内のみ有効で、有効期間は2年間です。2年毎に更新の必要があります。遠出などで更新できない場合は猶予期間があるのでご安心を。
さてこのカードですが、それぞれ『技能』の記入欄があります。この数値を上げるのが当初の目的とされてよろしいかもしれませんね。MAXが10となります」
「上げるにはどうしたら?」
「技能はそれぞれギルドに担当教官がいるので、その教官たちに認められることです。低い技能レベルほど審査料も安く、頻繁に審査を行っていますよ。低いものは無料で行ってる場合もあります」
レーンが一枚のカードを取り出した。
「これはニール王国の冒険者カード。ここでも活用できると聞いたけれども?」
「どれどれ……白兵、格闘、スカウト技能が6ですね。これは軍か何かで取ったものでしょうか?」
「ああ。軍の中で試験があって、希望者は試験を受けさせてもらえた」
ウェインは少し聞いてみた。
「レーンの剣でも、白兵レベル6どまりなのか?」
「いや『俺が受けた試験』が6どまりだっただけ。俺より下手なヤツも大勢6は受かってたぞ」
スタッフの女性が言う。
「ギルドから軍に派遣する場合もあって、福利厚生の一環ですが、まあ審査は厳し目になるのが普通ですね。さて、これは他国ニール王国のカードですので、レオン王国では一律にマイナス2されて、レーンさんは白兵と格闘とスカウトの技能4からスタートします。もっとも、4の試験を簡単にクリアできたならすぐ10行けるとは思いますが、ともあれスタートは4からです」
「飛び級はできるのかな? ……って、いきなり6取ったんだからできるか」
「はい。但し飛び級は8までです。9と10は飛び級では取れませんし、無料の昇格審査もありません。試験料もある程度高いので、ご慎重にどうぞ」
レーンはウェインに耳打ちする。
「なんか。既にここの仕組みがわかっちゃったんだが」
「どういう?」
「昇段審査でカネを落としてもらいたいんだよ。他の国の実績は一律でマイナスされて、そこから上げるには飛び級できないから試験料払わなきゃいけない」
「なるほど。まあカネがなきゃ運営できないもんな。ここ公的機関……あれ? 営利団体?」
ウェインの言葉に、アヤナが声を掛ける。
「魔法学院ほどではないけど、国と市から資金が入ってるわ。ほら、訓練場とかの運営もあるし」
普段ウェインは魔法学院の訓練場を使っているので、あまり接点はなかったけれども。
「お客様、いかがなさいました?」
ウェインはエルとアヤナを見る。
「エルもアヤナも、何か冒険者カードに関するもの持ってたって言ってたよな」
「あ、うん。私はこれ」
アヤナはカバンから一枚の書状を取り出した。
「学院でフェンシングやってる時に、ギルドの教官が教えに来て段位くれたことがあったの」
「……そんなのあったっけ?」
「ウェインが忙しかった時とかじゃないの?」
書状には『白兵技能3相当と認める』と書いてあった。
係員は肯く。
「アヤナさんはフェンシングをやっておいででしたのね。確かにギルドから教官が派遣されて昇格審査を行う時があります。年に1度か2度ですが」
「白兵3ってのはどうなるんです?」
「ラクス……レオン王国内で取られた資格なのでそのまま使えます。えーと、アヤナさんは白兵3からスタートになりますね」
ウェインは言った。
「レーンと1しか違わないんですか? レーンの4と天と地ほどの実力差があると思いますが」
「はい。これは『実力を審査』して表しているわけではなく、『下限を示している』だけですから。基本は誰しもゼロからのスタートなので、本当に目安になる程度です。ただ技能レベルを上げておかないと、依頼の時に書類審査で弾かれることも多いので、できるだけ冒険者カードの技能は上げておいてください。10以外認めない、というのもありますから」
「なるほど。仕事の書類審査」
そこでアヤナが声を上げた。
「あ、すいません。あとコレとコレも。魔法学院で取ったの」
書状により、アヤナは『黒魔法3』と『白魔法3』の技能と認められていた。
「あれー? 俺、魔法学院でギルドの試験なんて受けたことないよ」
「飛び級してそのタイミングだったんじゃない? クラスメイトも普通に受けてたわよ」
「へー。……で、エルが持ってる書状は?」
「私は魔法学院での授業の時に、同じようにギルドの人が来て試験に合格したの」
見ると『白魔法技能6相当と認める』と記載がある。
「はい、エルさん。貴方は白魔法技能6からスタートです。ラクスではそう貴重でもない能力かもしれませんが、冒険者内では駆け出しから抜けたあたりが5とか6だと思ってください」
「はい」
「ディアは何か持ってないのか?」
「ニール王国のカードがあるわ。白兵6とスカウト6」
係員は笑顔で肯く。
「ニール王国のものだと一律マイナス2されて、どちらも4からのスタートですね」
ウェインは自分の顔を指さした。
「じゃあ本当のゼロからのスタートは俺だけですか。あ、すいません、昇段審査ってどれくらいの頻度でやってるんです?」
「1から4くらいのは、2日にいっぺんくらいはやってますね……あの、失礼ですがウェイン・ロイスさんって、あのウェイン・ロイスですよね」
「あ、はい。多分そのウェイン・ロイス」
「私ファンなんです。あとで握手してください!」
「今でいいですよ。はい」
こういうのには慣れている。ウェインは握手をした。スタッフの女性は言う。
「ありがとうございます! あの、ウェインさんなら技能の黒魔法10はすぐに合格できると思うんです。だから、できるだけ早くそれに近づけたほうがいいかと思います」
「でも昇段審査に受験料がかかるんでしょう? あまり困らない気が……」
「特別価格で受けられるよう手配しますから」
「まあ……そこまで言うなら」
「ありがとうございます。ウェインさんがラクスの冒険者ギルドでマスタークラスだと、こっちも広告になると思うんですよね」
「そういうわけですか」
「ええ、まあ。そうそう、技能は10で『マスター』を名乗れます。一人前ってとこです。稼ぐ人は自分の得意分野が10になっています。でもそれが強いってわけでなく、一人前ってだけで。本当に、武術で言う初段みたいなものなんです。武術で強い人って三段とか四段とか普通にいますよね? でもそれはギルドでは感知致しません。ここは強さとかを判定する機関ではなく、あくまで『下限を保証』する場所なので」
「まあマスターって、響きも格好いいですね」
「ですね。それでは皆さんにカードを発行致します。冒険者の登録料はあちらで支払ってください。それで晴れて冒険者です。この建物内の施設が無料、または格安で使えるようにもなります。訓練場は市営のよりも狭いですが安いので利用者は多いですよ」
色々特権があるようだ。ただ訓練場は、ウェインなら魔法学院のを無料で扱える。やはり組織としてギルドと学院は被っている部分も多い。
5人は登録料を払い冒険者カードを発行して貰った。元の場所に戻る時に、武具を置いてあるブースを見かけた。
「ここ、武器も置いてますね。品質は良いんですか?」
スタッフは笑顔で答えた。
「実は市販のものと変わりません。ただ相場よりやや安いですかね」
ウェインはディアたちに言った。
「俺、サーベルが折れちゃって。代わりの物を買おうと思ってるんだが」
ディアがぐにゃっとなっている。
「……って、レーンが折っちゃったってヤツ?」
「そ。それで今度もサーベルか、それか転向中のショートソードか、どちらにしようか迷っているんだけど」
リーチはサーベルのほうがやや長い。だがいくらか脆い。普通に使う分には問題ないはずだが、対レーンのような事情もある。
もう一点はマンストッピングパワーだ。サーベルはその軽さから、目や喉、首をやれればいいが、胴体に命中したところで相手の勢いを完全には止められない。それがショートソードなら、相手をその場に止まらせる程度の斬撃ができる。
レーンは言った。
「本格的に転向するなら、早いうちにショートソードに馴染んでおいたほうがいいな」
「そうか? 俺、ショートソードで斬るコツなんて、まだ知らないぞ」
「サーベルと違って『切る』んじゃなくぶっ叩くくらいの感じかな。そういうのは使ってくうちに覚えるのさ。ただ、いざという時にナイフは必ず持ち歩いておけよ」
「わかった。じゃあ……コレで問題ないかねぇ?」
陳列してあった中から一本のショートソードを鞘から引き抜き、刀身を見る。問題がないように思えた。見た限りごく普通のショートソードだ。店員さんは言う。
「ウチのはどれも、ユニバーサル規格をクリアしてますよ」
「うん。後は値段……もまあまあか。じゃあこれでいいかな」
するとレーンが前に出た。
「もう2,3本、ショートソード取ってくれ。一応いいのがないかチェックする」
レーンの言う通りに、ショートソードが何本かカウンターに置かれた。レーンは鞘から抜いてみて、手に持って、見定めている。
「こっちは重心バランスがちょっとヘン。こっちは『捻じれ』があるから却下。この中からなら、コレだな。片刃だから峰打ちもできるぞ」
「そうか。俺は詳しくわからないから信じよう」
レーンの薦めもあって、ウェインは冒険者ギルドのショップでショートソードを購入した。左腰に差してみたが違和感はない。
「うん。目立たないし、じゅうぶん」
ユニバーサル規格をクリアしていると言っても、それは最低ラインの品質保証をしているというだけに過ぎない。
本職の戦士ならもっと厳選して武器を選ぶだろうが、ウェインの場合は自衛目的のものだ。腕もたいして強くない。武器選びに時間をかけることはしなかった。
武具屋のスタッフが言ってくる。
「これ、クーポン券です。あと値段はそれなりにしますが、そのショートソードに魔法の力を封じることもできますので、御用の際は是非」
「はい、ありがとうございます」
ウェインは口ではそう言ったが、武器に魔力を宿すのは魔法学院のほうが得意としている分野だ。知り合いもいるし安く請け負ってくれる。
と、何故かディアが身体を震わせている。
「く、クーポン……クーポン……!」
アヤナは不思議そうな顔だった。
「(ディアって……クーポン好きなのかしら)」
終始笑顔の説明スタッフだ。
「商品、お決まりのようで何よりです」
「いえ、ありがとうございます」
「クーポン券は武器への魔力封入、修繕、技能テスト、酒場などで使えるものも多いので、ご活用くださいね」
「ありがとうございます。あとここ、携帯食料とか旅の必需品を扱ってますか?」
「ええ、はい。ギルドだけである程度の準備はできますから。ただ携帯食は標準のものしか置いてないですし、お値段は他と同じくらいですね」
魔法学院なら、ラクス防衛隊払い下げのコンバットレーションも置いてあるものだが。しかし美味しい携帯食が欲しいなら、どのみち店を回るしかないということはわかった。
魔法学院の施設に比べて、ところどころに行き届かないものがあるにはあるが、冒険者ギルドはそれなりに施設もサービスも充実しているようだ(それに流石に、魔法学院ではショートソードは売ってない)。
説明スタッフは言う。
「冒険者さんへの依頼として、緊急性の低いものはあちらの壁に貼り出されます。緊急性の高いもの、重要なものはカウンターで書類をご確認ください。新着だけを集めたファイルもあります」
流れで依頼をザッと見てみて、だいたいの雰囲気は掴めた。
……わりとテキトーな機関だったが。
公的機関が、交戦可能な人員を把握する程度には役立っているだろうとは思えた。
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