第17話 『瞬活』 - ウェインが負けた理由の一つ

 能力査定と言うことでエルとアヤナを帰してから、ギルドの訓練場でウェインとレーン、ディアの三人が残った。

 オープンフィンガーグローブを装着してレーンが言う。

「じゃあまずは軽く手合わせしてみようか。体術の能力査定だ」

 ウェインは、ディアに彼女のオープンフィンガーグローブを借りて着けながら言う。

「ルールは?」

「本来は何でもあり、だ。魔法もな。ただ……まずは魔法禁止でやってみるか。後は打撃や体捌きも見てみたいから、打撃もやってくれ」

「おっけー」


 ウェインはオープンフィンガーグローブを着け、レーンに向かい合った。レーンは背が高い。195cm以上はある。身体の『厚み』もある。威圧感が半端ない。

 ウェインは右手右足を相手の側に構えていく。ボクシングで言うサウスポースタイルだ。これはディアも同じだったが、レーンも当然のごとく同じだった。普段は左の腰に剣を差しているのを想定しているので、当然の形と言える。ちなみに柔術でこの形は標準とされる。

「じゃあ行くぜ……そらっ!」

 ウェインは左のローキックから入った。レーンは軽く右足を上げてガードする。本来ウェインのこの蹴りの多くは、間合いを取るためのものだった。しかし今回は相手の脚を止めるため。そしてそこを素早く接近。右ジャブを数発放った。

 それらをガードすらせずフットワークで避けるレーン。

 続いてのボディへの左ストレートすら間合いだけで避けている。

 一気に間合いを詰め、右ジャブ。そこからのワンツーで左。どちらも簡単に避けられた。


 打撃はこれで全滅。後は投げ、締め、関節技などだが、そもそもそれらもレーンのほうが遥かに格上だろうと予測はできた。

「じゃあ次! 投げ技!」

 ウェインは無造作に近づき、組手を掴もうとする。

 明らかに手加減したレーンとの組み手争いを制し、ウェインは左手でレーンの右袖を、右手でレーンの胸元を掴んだ。そこから一気に背負い投げに入る。

 最近は体落としのほうを訓練していたウェインだが、レーンのこれだけの身長を見て背負い投げのほうが効果的と判断した。

 だがレーンはウェインの『崩し』にもビクともせず、背負い投げは不発に終わった。

 ウェインは続けて攻める。大外刈り、小外刈り、巴投げ。巴投げで地面に倒れてからの寝技、三角締め。どれもこれも簡単に抜けられてしまう。

「だめだ、攻撃が当たる気がしないよ」

「いやいや、ウェインはいい動きをしていると思うよ。そもそも寝技とか、魔法使いにはいらないものだろうし」

「打撃のほうは?」

「ウェインの体重なら、打撃はもう錆びつかせない程度でいいかも。ただローキックはもう少し完成度を高めておいたほうがいいな。ちょっと芯を外している」

 もっとも、ウェインとレーンの体重差・体格差を比べたら、いくらウェインがクリーンヒットを放とうがレーンは微動だにしないだろうが。

 だがローキックをもう少し訓練したほうがいいとのアドバイスはもらえた。


「はーい。攻守交代ねー」

 ディアが宣言した。


 攻守交代。レーンの本気を出していない軽いローキックを、ウェインは足でガードした。ジャブに対しては腕のガードを固めて対処。

 だがガードが空いたボディを、左ストレートでやられた。一瞬息が止まる。かなり手加減されていて、そこまで重い一撃ではないけれども。

 このコンビネーション……ウェインがやったのと同じだ。

 次に来たのは中段蹴り。今度はガードができず、綺麗に脇腹に貰ってしまう。

 その勢いでよろけ、スリップダウンした。立ち上がりながら言う。

「ふぅ。ディアとやった時も驚いたが、凄いものだなレーン。しかもレーンの打撃は完成度が相当高いぞ。ジャブなんてジムのプロ志望のヤツらより上じゃねーの? そもそも体重あるから、どんな敵であっても勝ちそうだけど」

「割と訓練したからな。今も修行中だけども。それよりウェイン、ジャブを打つときは相手の目か、アゴを狙え」

「目かアゴ?」

「どちらも効果的な場所だからだ。ウェインのジャブのパンチ力だと、一撃当ててもどうにもならない。だが目の付近なら視界を奪えるし、アゴなら脳震盪まである」

「そうかぁ」


 レーンは手をひらひらさせると、言った。

「さてウェイン。能力査定は済んだってことで、これからスタイナー流の骨子とも言えるべき奥義を伝授しようと思う」

「骨子。一体、どんな技なんだ?」

「『脳』に関する技だ。一時的に身体のリミッターを外して大きな腕力を得たり、痛み止めにしたり、未来予測をしたり、目が早くなったりする」

 ちょっと想像できなかった。それを見抜いたようにレーンは言う。

「まあまあ。瞬間的に活性化させる、という行為から俺たちは『瞬活』 (しゅんかつ)と呼んでいる。実際はいろいろな武術の呼吸法などの奥義をまとめたものだ」

「瞬活か。簡単に……いや、俺にできるのか?」

「きっとできる」


 レーンは『瞬活』を教えてくれた。

 まず微弱な魔力を発生させ、体内を循環させること。これはウェインは魔法の調律で慣れていたので楽にできた。

 体内を循環させている魔力を、血流に乗せて、脳にまで届けること。これもウェインにはできた。……それによるメリットは何も思い浮かばなかったが。

「それで、この後どうするんだ?」

「それで今は、脳に微弱な魔力が供給されている状態になった。後は色々な『イメージ』を脳に流し込む。例えば『元気』なイメージを流し込めば、実際には手傷を負っている状態でも脳は『元気』と錯覚し一時的に痛み止めができる。脳を利用・騙す技だな」

「んー。原理としてはわかるけど」

 レーンは手をひらひらさせた。

「効果がわかりやすいものから始めようか。人間は普段、無意識に、全力を出せないよう身体にリミッターをかけている。優れた戦士やアスリートなんかは集中して、このリミッターをかなり外すことができるんだけれども。ただ一般人では、それはできない。ただ『火事場の馬鹿力』という言葉があるだろ? これはその状態を、意図的に作り出す技法だ」

「できるかな、そんなの……」

「きっとできる。あそこまで魔法に精通して集中できたんだから。で、ウェインはそのリミッターを解除し、全力で俺に殴りかかってくることを繰り返して欲しい。成功すれば徐々に限界以上の力を出せるようになるはずだ」

「んーと。脳に微弱な魔力を流している状態で、『リミッター解除』のイメージを流し込めばいいんだな」

「ああ。イメージを流し込んだ瞬間に、左ストレートで来い。『イメージ』は何でもいい。力を出せそうなイメージ、ワードであれば何でもだ。一時的に身体能力が高まることが、じきにわかるはず」


 ウェインは言われた通り、左ストレートをレーンに繰り出した。

 脳ではリミッター解除のイメージを思い描く。

 そう言えば柔道でも掛け声はあるし、剣道に至ってはよくわからない奇声を大声で発している。

 とりあえず、そういう掛け声を思い描いた。


 何度も何度も、左ストレートを放った。


 左ストレートを繰り返し、もう息が上がってきた頃。

「お?」

 いい感じの左ストレートが放てた。

「おし、いいぞウェイン、今のだ」

「今のでいいのか? もう一度!」

 成功した、瞬活を使いながらの左ストレート。それをまた何度も繰り返した。

「よしウェイン。掴んだな。今はほんの少し……ざっくり数時換算で数%が上乗せされてる程度にしか身体能力は強化されてないが、訓練次第で相当の限界突破も可能になる」

「凄いな……」

「ただ、やっててわかったと思うが欠点もある。それは呼吸を……酸素を大きく消費してしまう点だ。疲れやすくなるから、ここぞという時に使え」

「わかった」


 ウェインは、先程のレーンの言葉を思い出す。

「ところでレーン、この『瞬活』で身体能力を上げるのはわかるが、さっき言ってた未来予測ってどういう原理なんだ?」

「脳の処理を高めるんだ。人間は攻撃以外の時でも必ず『予備動作』をする。直立不動から次の瞬間に殴りには来れないんだ。絶対にだ。だからその『予備動作』から、相手の次の動きを予測する。肩から肘、腰、膝、足などをよく見ていれば、相手の次の動作が予測しやすくなる。……もっとも、これは武術の上級者は無意識にやっていることだけれども。この『瞬活』技法では未熟な人間であっても、その精度を上げられる。結果、未来予測のおかげでカンが冴え、目が早くなる」

「ほぅ……」

 原理はわかる。だが実戦でそれができるだろうか。ある程度訓練せねばならないだろう。


「後は少し高度な『瞬活』技法だが、体感時間を低下させることもできる。『ホワイトフィールド』と呼ばれている技だ。脳の処理を極限まで早くしてオーバーフローさせるほどになると、相手の攻撃のような『本当に重要な』情報だけが、ゆっくりと感じられるんだ。代わりに脳は処理落ちして、だいたいは色覚情報から欠落していく……周囲から色を感じ取れなくなり、世界が白く見えるようになる。

 聴覚情報も処理落ちして、無音に近い状態にまで行くこともある。恐らく嗅覚情報もだ。そういう、現状不必要な情報は切り捨てて、とにかく目前の相手に専念させる技法」

「体感時間をゆっくりか……想像もつかないけど」

 レーンは肯いた。

「代表的な瞬活技法としては、これくらいかな。まあ魔法使いに向いている技法ではないかもしれないけど……後はまだ開発中なんだけど、イメージの共有を考えている。『瞬活データリンク』と名付けてある」

 レーンの言葉に、ウェインは首を傾げた。

「イメージの共有?」

「ああ。瞬活で脳にイメージを流す時に、誰かの……例えば俺の戦闘時の立ち回り方をウェインがイメージする。そうすれば呼吸が続く限り、ウェインは俺の戦い方ができる」


 少し考えてから。ウェインは少し興奮した。

「それ、なんだか凄いことができそうじゃないか!?」

「まあ俺とウェインじゃ武器も、筋肉も、体格も違うから、そこまで上手く機能しないだろうけど。例えば体格が似てるディアの戦闘イメージなら、ウェインはある程度同じ動きができるはずだ」

「ほう」

「後は経験、お手本としてかな。俺やディアの戦闘イメージを『観る』んだから、例えばウェインはディアの蹴り技なんかのコツが飲み込みやすくなるはずだ」

「あ、それも凄いアイデアかも」

「だろう? 良質なイメージさえあれば、『瞬活使い』の全体的な底上げになるはず」


 そこでウェインは聞いてみた。

「ちょっと質問だレーン。『戦闘イメージの共有』と言うが、例えば俺がディアの『戦闘イメージ』を『見たい』時はどうすればいいんだ?」

 レーンは少し肩を落とす。

「そこが『開発中』の部分でな。今現在やっていることは、例えば俺が、教えたいイメージを魔法で出力する。……これは魔法使いではない人間はかなり苦労するんだが。そして例えばディアを『眠りの魔法』で眠らせ、『夢の魔法』をかけて、ディアが眠っている間にイメージを共有……まあ寝て『夢で見させる』という方式を取っている」

「あぁ……それはもう少し精密に素早くできそうではあるな」


「ともあれ俺達の戦闘イメージを渡しておくから今日の夜、夢で見てくれ。ウェインが実際に真似をするならディアのイメージを使え。俺のイメージは、コツを掴む時用だ」

「はいはーい、私もイメージあげるよ」

 レーンとディアが、魔力で作った球体をウェインに差し出してきた。だがウェインの魔法の腕前ならば、これを夢の魔法で加工し、起きたままその『夢』を見ることができる。もともとは『安眠』用の魔法の一種だ。

「ありがとう。試してみる」

「あまり多すぎても処理できないと思うから、今日は基本の動きだけを抽出したよ」


「ああ、俺ならわざわざ『夢』で見なくても、眠りの魔法からこのイメージを再生できるんだよ。待ってて、ちょっと『見て』みる」

 精神集中し、まずはレーンの戦闘イメージをウェインは『見』た。

 それは余りに素早く力強い動きのため、ウェインではとても真似できないだろうと思われた。ただ、斬撃の放ち方、突き技などを見た時は『なるほど、こうやってるんだ!』と感動した。

 彼はその大きな身体、大きな武器、そして脳の動きを高めて『遠心力』を使った重い一撃もあったし、逆に素早い打ち込みもあった。ここらへん、色々と工夫されていた。


 今度はディアの戦闘イメージを『観』る。こちらはオーソドックスだが、筋力も体格もウェインと似ているので十分真似できそうだ。


 ウェインは言った。

「肝心の『瞬活』が俺はまだまだだから、アレだけど。コツらしきものはわかった気がする。多分コレ有用だよ。特にレーンの剣での斬撃の時、遠心力も利用しているんだな。こういうのは本来なら、コレがなきゃうまく学べないと思う」

「そうか。なら良かった」

「そうだ、待って。俺の戦闘イメージも抽出して二人に渡しておく。何の参考にもならないだろうけど、相互理解ってことで」

 ウェインは集中し、2つのイメージを魔力の塊として出力した。

「二人はこれを『夢』で見るんだよな。そしたら今度、感想を聞かせてくれよ」

「わかった」


 しかし今日、レーンは終始、楽しそうだった(ついでに言うなら、ディアが楽しそうなのはいつものこと)。

 ウェインに兄はいたし、魔法学院でも飛び級で『上の世代』とばかり交流があった。上の世代に接するのは慣れている。

 だが一方のレーンは弟がいないらしく、従軍した軍隊でも独立性が強い部署だったようで、下の世代と交流する経験は少なかったらしい。

 推測だがレーンにとって、ウェインはまるで弟分のような存在になったらしい。


 兄弟と言えば、ウェインはレーンとディアの関係にも少し注目していた。

 ただの義理の兄妹にしては、親しすぎるのだ。

 レーンがディアの腰に手を回していたり、ディアがレーンの腕を掴んでいたり。

 なんだか聞くに聞けない雰囲気だったが、今は二人の他に人がいない。勇気を出して聞いてみた。すると、レーンとディアはあっけらかんと答える。

「俺とディアが義理の兄妹になったのは数年前だったけど、まー恋人に近い関係かも。友達以上恋人未満って言うのか?」

「友達以上夫婦未満だと思う。幅が広いのよ」

 なんでも、互いに互いのことが好きなのは確認しているらしい。肉体関係すらあるかもしれないようだ。だったら早く結婚でもすればいいのにと言うと、レーンは返してくる。

「結婚して、ディアだけ見て、やっぱ違うってなったら困るじゃん?」

「そうか……」


 ディアも言う。

「レーンは基本、あまり恋人切らしたことないからね。すぐ新しい女とデキちゃう。まあもっとも……」

 ディアはチラッとレーンのことを見て笑う。

「だいたい一か月くらいでで破局してるみたいだけど」

「言い返せない」


「あとねウェイン。レーンって、子供いるのよ」

「子供!?」

「確認できてる限り、三人は妊娠させた模様。女癖悪いのがレーンの一番の欠点」

 レーンは苦笑して言う。

「堕ろすよう強く言ったんだが」

「相手が絶対に産むって言って、金銭的支援もいらないって」

「でもこっちの近況は知りたがるから、時々手紙を書いてるよ」

「直接に赤ちゃんを見たことはないらしいわ。何せ活動拠点を点々としてきたから……。それにしても、たった一、二か月の付き合いで、人生変わったわよね。彼女たち」

 なんだか遠い世界の出来事のようだ。

 ラクスでは晩婚化が進んでいるが、そもそもレオン王国では法律上も15歳で結婚できる。今19歳のレーンなら別に子供がいてもおかしくない。だがレーンはこの歳で結婚して落ち着くという器でもないと考えると、不思議じゃない気がしたが。


 ……。ウェインは。多分レーンがモテすぎるのが悪いんだと思った。

 背が高くて強くて話が面白くて超美形で謎のカリスマ性があり、とにかくカッコイイ。もう女からしたら、完璧人間ではなかろうか。

 ディアからは、「でもレーンは生活能力ないから部屋とか汚いよ」というわりとどうでもいい情報は手に入ったけれど。


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