ウェイン・アポカリプス

佐々木英治

第1話 今までのことと、これからのこと

 レオン王国が誇る魔法都市ラクス。

 魔法の技術と、商売の繁盛と、水資源と、色々揃って繁栄している街。

 そこの魔法学院の初等部、黒魔法初級クラス(子供たち)の教育実習生補佐として、ウェイン・ロイスはいた。指導中である。

「どんなに魔力が高くても精度と魔力の体内調律が悪ければ、優れた魔法を放てない。地味だけど毎日の訓練をよくしておくように」


 ウェイン・ロイス。17歳。洒落っ気のまるでない黒髪に、魔法学園の制服。やや高めの身長と、少しばかりの筋肉は普通の魔法使いに比べて目立つところだ。

 容姿は人並みだが、彼はここ魔法都市ラクスで今一番の有名人と言えよう。

 幼少期より普通学校で優秀な成績を残し。軍事教練も受けた。小さい頃より得意だった魔法の才能を見いだされ、飛び級で普通学校を卒業。魔法学院へと編入する。


 そこで驚かれたのは尋常じゃない黒魔法の適性の高さ。15歳の仮成人の前に次々と飛び級を繰り返し、数々の学院試験:依頼を成功させる。

 彼が初等科で学ぶことはなかった。子供ながらに、大人と同様の中等科で少し学んだあと。14歳で高等科へ進学。15歳で本科生を形の上では卒業した。これは歴代でも最年少の部類に入る。久々に現れた期待の新星に、ラクスの街やレオン王国、諸外国までもがウェインを讃えた。


 ついた異名が、百年も前に亡くなった天才魔法使い『アッシュの再来』。

 ただ15歳時点で魔法学院で教えることは何もないと言われた時、ウェインは少し困ったことになった。これからの人生を、どう生きていくか……将来の問題である。今まで考えたこともなかったことだった。

 ずっと魔法学院を通して、魔法を使った何かをしていくんだろうと漠然と思っていた。

 それから二年が経つ。色々とやってきたが、未だに答えは出ない。



「はいはーい、みんな、ウェイン先生の言ったことは宿題として、努力を続けていくようにね。それじゃ今日はこれで授業を終わります」

 エリストアが、魔法学院初級クラスの教室の教壇で声を上げる。生徒(子供)たちは声を上げて礼を言うと、場の空気が弛緩する。

 エリストア・クリフォード。ウェインより一つ年下の16歳。小柄で金髪。長い髪の毛を後ろで丁寧に結わえている。おとなしめ。彼女は魔法学院高等科の白魔法履修生。ウェインと似た状況で、初等科で教育実習を行っている。

 整った顔立ちと、あまり育っていない控えめな身体のラインは少々ギャップがある。


 性格は内気で引っ込み思案で、同年代の友人と仲良くなるのは遅い。

「ウェイン君、エリストア君、私は悪いが急な会議が入った。今日の授業のまとめは明日行うことにしていいかな?」

「はい、ビル先生」

「それではすまない。また明日」

 教室から教師が、続いて教えを受けていた生徒たちが帰っていく。ウェインとエルは軽く手を振って、挨拶をした。

 ちなみにエルとはエリストアのあだ名だ。本来はエリスというあだ名になりそうだったのだが、同学年にエリスさんがいたので、エリストアはエルで通っている。


「エル、今日の授業のまとめは明日だって。とりあえずラウンジにでも行こうか?」

「うん」

 ニッコリと微笑むエル。愛らしい。少なくともウェインはそう思っている。

 エルは華があって美人というタイプではないが、逆に儚げなところが可愛らしい。


 ラウンジについて席に座り、手持ちの資料をテーブルに置く二人。

「今日は授業が随分進んだな」

「そうね。ウェインのおかげだよ」

「そう?」

「純粋魔力の合成や魔法の調律の教え方が上手かったもの」

「教えることは慣れてないんだけどな。生徒が優秀なんだろ」

 授業の進捗表をつける。今のところ授業に余裕はある。少し迷ったが、聞いてみた。

「エルはさ、魔法学院の高等科を卒業したら教師になるのか?」

 エルは少し小首をかしげた。

「わからない……。一応免許だけは取っておこうと思って教育実習なんてやってるけど。そういうウェインは? 教師になるの?」

 実のところ、エルとここまで打ち解けた話題をするのにはかなりの時間を要した。もとが内気で引っ込み思案のエルだ。当初はなかなか会話が続かなかった。

「俺はどうかなぁ。教えるのは性に合わないし。一応資格は取っておけと言われたが」

「お弟子さんを取って長いんでしょう? アヤナさん」

「ああ。貴族の。魔法学院から押し付けられた。アレだって魔法の見込みがあるほうじゃない。それより学院側は俺と貴族のパイプを作ってくれたようなものだ。あとモニカなんて未成年が押しかけてきて強引に弟子になった。あっちは魔法の見込みはあるかな」

「ウェインは教師にはならないの?」

「わからない。俺も黒魔法の研究のほうがやりたい、のかなぁ……」


 期待の新星ウェイン・ロイスが学院を卒業した時、魔法学院はウェインの存在を放したがらなかった。他で就職されるよりは、自分のところでの広告塔に使いたかったのだ。だから研究職と教職を打診されていて、今は猶予期間というわけだ。

 なので今は教師になるための教育実習(補佐)なんてものをやっている。

「俺さ……。魔法で努力はいっぱいした。誰よりも努力したと思う。でも魔法が好きだった。だから努力が苦にならなかった。楽しかった。小さい頃から砂場で遊ぶことよりも魔法の調律のほうが楽しかった。今でも日課で調律と錬成している。トレーニングも怠ったことはない。……こんな人間が、誰かに物を教えることができるだろうかと心配なんだ」

 世の大半の人間は魔法の努力が『苦痛』のようだ。だから原理だけ教えて後は自分でやっとけ、では教えたことにならない。気持ちよく努力させることも含めて教師の仕事なのだと、最近ウェインは気がついていた。


「じゃあ研究職になるの?」

「そう思うけど……。一個、問題がある」

 ウェインは窓から空を眺めながら言った。

「研究職では視野が狭くなる。今以上にだ。世間と関わりながら研究できるようなものがあればいいんだが……」

「そういう職業はないの?」

「思い浮かばないなぁ。でも魔法学院から。今後とも研究施設は自由に使っていいと言われている。だから今は自分の視野を広げる何かをしたいというのが本音だ」

「視野かぁ」


「俺は軍事教練で戦場に出たことがある。その時、魔法の届かない遠距離からクロスボウで狙撃された。幸い当たらなかったが、アレが当たっていたら俺は死んでいたかもしれない。だからってわけじゃないが、魔法だけではだめなんだ」

 ウェインは黒魔法なら世界レベルで扱える。反面、白魔法の適性はあまりなかった。

「そっか。それでウェインは最近色々やってるんだ……」

「ここ一年二年でね。どれも素人レベルだけどな。弓、クロスボウ、乗馬、水泳、剣、体術。偵察術。白魔法を磨き直しているのもそうだし、やることは無数にある」

「冒険者みたいだね」

 冒険者……いろいろな荒事や面倒事、あるいは重要なことをやる集団だ。


「何にせよ早く結論を出さないとな。できれば今年中と言われている」

「今年中? 教員免許取得だとギリギリじゃない?」

「うん。ただ俺の住んでる寮が学生寮なんだよ。本来は退去を求められてるんだが、なんとか泣き落として待ってもらっているんだ。早く教員寮に移るか、近場で部屋を借りるかしないと」

「部屋の問題もあるのね……。ウェインって親御さんは?」

「健在だけどラクスに住んでないよ。俺は魔法学院に近くないとダメだから、また一人暮らしだな。……そうだ、エルは一人暮らしは慣れたかい?」


 エルは15歳の仮成人前にラクス魔法学院に来ている。その当時は保護者と寮生活だったそうだが、今では学生寮で一人暮らしのようだ。

「不自由はしてないけど……やっぱり一人は寂しいなぁ」

 エルは孤児院出身だ。両親のことを知らない。小さい時から近くの村の孤児院で暮らしていたところを、白魔法の資質を見出されてラクス魔法学院に転入してきた。それまでは大勢での行動、集団生活が基本だったらしい。

「俺はさ、エルのことをもっと知りたいんだ。恋人とか、好きな人……いるの?」

 自分でも驚くほど直球の質問が出たウェインだ。

「え!? えと、あの、その……」

 ウェインの目から見てエルは愛おしい。恋愛対象でもある。ただ後少し。まだ何かが恋愛感情にまで到達していなかった。

 それは単純に『時間』かもしれなかった。ウェインはエルと出会ってからたいして同じ時間を過ごしていない。

 ラクスで有名になったウェインは女子連中からチヤホヤされたが、しかしそうしなかった(内気なためか、できなかった)のがエルで、ウェインはエルのそんなところに惹かれたのかもしれない。

 孤児院出身で後ろ盾もなく、単身街に出てきては苦労している健気な少女。エリストア・クリフォード。ウェインとは違う人生を歩んできている。


 エルのこともそうだが、ウェインの最近の悩みは将来のことだ。今まで魔法学院に育ててもらった。だから恩返しで魔法学院のためになることをしたい。今、安易に教職や研究職に進んで、果たして大きな貢献ができるだろうか。

 やはりラクスの外の世界を見たい。そしてその経験を生かして、学院に貢献したい。


 もう少し時間が欲しかった。完全な『成人年齢(20歳)』になるまでに。

 レオン王国では15歳で仮成人だ。お酒も飲めるようにもなり、結婚、高度な売買契約なども許可される。仕事を始めるようにもなる。但し一部の権利は制限されたままだ。

 20歳になると全ての者が権利と義務を有することになる。

 例外の一つが魔法学院だ。入学する年齢は人それぞれだが、ラクス出身なら15歳から25歳あたりで入学し数年で必要な過程を卒業する。卒業できない者も多い。

 そんなラクス魔法学院で、自分たちは何をしたらいいのか。


 ウェインはエルに尋ねてみた。

「エルって将来の夢、何?」

 ウェインの質問に、エルは少し困った顔をした。

「将来の夢ってのはまだ固まっていないわ。一応教員免許は取るつもりだけど、お医者さんの補助とか魔封具の付与とか色々あるし、私も外の世界を見てみたい思いがある」

「そっか。なら魔法はともかくもうちょっと体育を頑張ったほうがいいかな」

 エルはウェインとは逆で白魔法のレベルは学院内でもトップクラスだが、黒魔法に適性がまるでなかった。だが白魔法使いであれば皆の怪我を治せるので、誰かと組んだ時は優先的にパーティメンバーから守ってもらえる。とは言え、運動は苦手で俊敏さもないエルは通常の行軍でさえ足手まといになるだろう。

「体育って、格闘技とか剣とか?」

「いや、基礎体力だ。筋肉と心肺機能だな。今から戦術を学んでも付け焼き刃だ。だったら逃げるほうに努力したほうがいい」

「苦手だなぁ」

 エルは肩をすくめた。

「水泳とか、女子レスリングのサークルとかに入ってもいいかもしれないな。体力があれば魔法の乱れも少なくなる。将来何をするにもやっといて損はないよ」


 エルと話していると時間があっという間に経ってしまう。ウェインは立ち上がった。

「悪いエル。俺はこれからボクシングの練習があるんだ」

「ボクシング?」

 ラクスで定番の護身術と言えばフェンシング、レスリング、そしてボクシングだ。うちフェンシングはウェインは子供の頃からやっていて大会出場経験もある(結果はともかく)。レスリングは普通学校で習っていた。だがボクシングはまだ素人レベルだ。

「『間合い』を掴むのにボクシングは役立つからね。今、少し練習中なんだ」

「大変なんだね」

「うん。魔法での『努力』で大変な思いをしたことはないけど、流石に運動系での努力は大変だよ。色んな分野で、始めた頃は辞めようかと思ったくらい」

「ウェインでもそんなに思うことあるんだ?」

「俺も普通の人間だからな。……じゃあエル、今日はここでお別れだ」

「うん」

「それじゃぁ」

 軽く片手を上げて背中を向けると、エルから少し大きな声が背中にかかった。

「あ、あのっ、ウェイン!」

「ん?」

「その……頑張ってね!」

「嬉しいな。ありがとう!」


 エルと別れて魔法学院の外に出る。

 まだ夕方前なのに賑やかな繁華街を、突っ切っていく。

 魔法学院から少し離れた道に、ウェインの通っているボクシングジムがあった。

 ここはプロボクサー養成というよりも、魔法学院生の健康管理目的の利用が多い。サンドバッグだけを叩いてリングで実戦はしない利用者も数多い。


 そんな中、ウェインはボクシングに少し真面目に取り組んでいた。

 フルコンタクトの空手がラクスの街になかったため、素手で顔面を殴る競技は近くにボクシングしかなかったのだ。


 とは言えウェインの目的は素手で相手の顔面を殴ることではない。あくまで『当て勘』を養い、また魔法と組み合わせた素手の距離感を掴むためだ。エルに話した通り、最近は多様な技術の習得に情熱を注ぎ込んでいる。……ウェインの素手での実力はそんなものである。


 どれも素人に毛の生えたレベルだが、上達している実感がある。


 そしてこれが、多芸に秀でいる伝説の魔法使い『アッシュ』の、その『再来』とウェインが呼ばれている理由でもあった。


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フラっと行くことにしたボクシングジム。

後に思い返せば、何やらコレが運命の分岐点のようだった気がする……。

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