第20話 エルの真価

 レーンはワーウルフの群れに一人で突っ込んで行き……彼らに遭遇すると一撃で撫で斬りにし始めた。

「おいディア。アイツ凄いぞ。二刀流もだが、走るスピードがこの前より上がってる」

「この前は全力出してないって言ってたからね。でもレーンのあのスピード、私も滅多に見たことないし」


 レーンは直線距離でも速いが、切り返しも速い。振るう剣先も速い。

 10頭以上いたワーウルフは、数があっという間に半減してしまっていた。

 アヤナがぽつんと言う。

「へぇ、レーンって凄いわね。ねえエル。ウェインはあんなのと、国境線でやりあったの?」

「聞いてるとその時よりギアを上げてるみたいよアヤナ。あっ……」

 存分に暴れて満足したのか、レーンが小走りでこちらへ下がって帰ってくる……その時、ウェインは後方から魔力が膨らんでいる気配を察知した。

「エル?」


 後ろを見ると、そのエルだった。恐らく中級であろう回復魔法の光が、その手から放たれる。それは随分と距離があったレーンの身体を優しく包み込んで、染み込んでいった。

 アヤナは半ば呆然としている。

「えっ。この距離で回復魔法が届くの……」

 ディアもぽかーんとしている。

「こんなの、見たことないかも」


 そのエルの回復魔法を受けたレーンは、一瞬驚き、続いて再び敵の方へ上がっていってまたもワーウルフたちを撫で斬りにしていた。

 死を免れたワーウルフたちが数頭、バラバラの方向へと逃げていったので、レーンも動くのをやめた。剣を鞘に戻し、ゆっくりと戻ってくる。


「よ、お疲れ」

 ウェインも一応抜いていたショートソードを鞘に戻し、レーンとハイタッチをした。

「お前、やっぱり凄いのな。あんな速さ見たことない。それで二刀流はどうだった?」

 レーンは軽く首を振った。

「うーん。まだ限定的にしか使えないな。左手のショートソードは精密さに欠けるし、右手のバスタードソードは大きく振るために遠心力を利用し大振りになりがちになる。人間相手の実戦では太刀筋が読まれやすくなる。もう少し研究が必要かな」

「そうか。まあ収穫になったのなら良かった」

「それよりウェイン」

「うん?」

「ウェインも見ていただろうが、俺が一度下がってきたあの時、エルが回復魔法を飛ばしてきた。あんなに距離が開いていたのに、だ」

「ああ。言ったろ、エルは白魔法だけなら飛び抜けてるって」

「予想を遥かに超えていたよ。なあエル!」

 レーンはエルに声をかけた。

「はい?」

「今の回復魔法、あと何回使える?」


 エルは少し考えて……言った。

「私はまだ調律が安定してないから、ちょっと振れ幅が大きくなっちゃうけど……さっきのは中級魔法だから30回から40回、上級魔法なら10回から12回ってとこだと思う」

 レーンとディアは、ぶっ飛んだ。

「あんなのが30回,40回もできるのか!?」

「しかもあの距離で!? なんか既に化け物クラスじゃない!?」


 まあ彼女を知らない者なら驚く……と思ったが。

「中級で40!? 上級で10!? ちょっ、ナニその桁違いの数!?」

 エルを知っているアヤナですら、ぶっ飛んでいた。まあ……エルはあまり喧伝はしないし、自分の手の内をさらけ出すことはよろしくないけれども。


 気を取り直して。レーンが聞いていた。

「そっ、そうか。そうなのか。あー……それでエル。アレは一人に対して、何回使えるんだ?」

 白魔法で回復した者は、あまりに連続で白魔法の恩恵を受けることができない。多くの白魔法を受けると、段々と効きづらくなっていき、時間が経たねば再びその効果を上げることができなくなる。

 そういう特性がある。

「実習だけで、あまり大きな魔法で試したことないけど。3回くらいじゃないかな……。それ以上は、次の日とかにならないと効果があまり上がらなくなると思う」

「さっきやった体力の回復と、傷の治療では、扱いが変わるか?」

「いいえ、同じ白魔法だから同じ扱い。傷の治療をいっぱいやれば、体力の回復はあまり効果を上げなくなるわ。あ、もしかしてさっきのまずかった……?」

「ん?」

「体力回復で、白魔法の無駄撃ちになっちゃうかもしれないって……」

「いや、そんなことはない。いい判断だった。ただ、突然だったので驚いただけだ」

 アヤナも同意する。

「私も、まさかあの距離でエルの魔法が届くなんて思わなかったわ」


 ウェインは言った。なんだか自分のことのように嬉しい。

「エルの白魔法は学院中だけでなくラクスでもトップクラスだよ。あるいは世界でも上澄みの一人だと思う。俺の見立てでは恐らく射程はもっと伸ばせるはずだけど。そうだろエル」

「うん。隊列の一番底から最前線まで届くわ。少し強めにやらないと減衰しちゃうけど」

「そんなに遠くまで飛ばせるのか。凄いな」

「でも怪我した時のために温存しておかないと、やっぱり3回から5回も使ったら、もう白魔法の効果が上がらなくなっちゃう。あまり頻繁に援護できないの」

 ウェインは頷いてから、言った。

「まあ、だから普通は体力の回復のために白魔法を使うなんてことしないよな。ただ使い手がエルだ。色々と試行錯誤できると思う。ハッキリ言って俺とエルが同時にいるってことは、ラクスのチームでは後衛はナンバーワンだろう。それに前衛の一人は軽戦士だがフィジカルエリートだ。これだけで十分戦力のあるチームだと思う」

 ふと思う。エルの白魔法の力を十分に活かせるのは、ウェインかレーンという、攻撃力の高い人間とチームを組んだ時ではないだろうか。エル単体で、弱い人間をいくら回復したところで弱いチームは弱いままだ。

 だが強い人間を回復し続けることで、チームはより強く動ける。

「ま、ともかく。ここには能力査定で来た。俺とレーンだけで攻撃してたら意味もない。今後レーンは少し上がりを抑えてくれ。俺も中級魔法以上は基本使わない。エルとアヤナがどれだけ戦えるかが問題なんだから」

 レーンは肯く。

「じゃあ俺は……トップは取らない。ほとんど傍観するつもりなんで、皆頑張ってくれ。危なくなったら助けに入る」


 再び『悪夢の草原』を移動していく。名前はともかく、相変わらず景色はいい。そして天気もいい。だが少し先に、黒い闇の塊のようなものが浮かんでいた。

「何か見つけた。あれ、なに?」

 先頭のディアの問いに、エルが答える。

「この世界と異界とを繋ぐゲートの一種だと言われてるわ。あそこを通って『悪魔』たちがこの世に現れる、って」

「そうなの? ウチらの国じゃあまり見ないかな。異界って時点でうさんくさいと言うか。繋がっていると言われても、って感じはするけどね」

「私も……私達にもよくわからない。ただそういう研究があって、そういう通説があって、反対する根拠もない。そして魔法学院ではそう教えているし。実際にあの『黒い塊』と悪魔出現の因果関係はあるらしいわ。ラクス魔法学院の付近は魔力が集まって『歪み』が生じやすい、って」


 アヤナも言う。

「『悪夢の草原』ってネーミング通りね。あれがそのゲートなら破壊する。いえココでは壊しても、いつの間にか戻るみたいだけど」

「待って。ゲートならそれを守る存在がいるはず」

 と、一歩引いて見守っていたレーンが言った。

「『レッサーデーモン級』が1体、『ミニデーモン級』がおよそ10体、といったところか。そこそこの規模かな」

 ウェインは軽くレーンを見た。

「レーンにディア。『対・悪魔戦闘』の経験は?」


「『グレーターデーモン級』までなら」

「同じだよー」


 ウェインは肯いた。

「二人共やっぱ凄いな。で、えっと。他に魔法陣のような存在は見当たらない。あのレッサーデーモン級以上の『悪魔』は、まあ出てこないと思う」

 レッサーデーモン……『悪魔』たちは、まだこちらに気づいていない。ウェインは大雑把な指示を出した。……あまりに細かく言うのも、能力査定に反するのでは、と思ったからだ。

「よし、ディアがトップを取れ。アヤナでフォローだ。エルは下がれ。俺が護衛につく。レーンはサポートな。危なくなったら後方から適当に援護するから安心してくれ」

 ディアはショートソードを抜いて、構えた。

「よーし、じゃあ行きますか」

 アヤナもサーベルを抜く。だが少々声が震えている。

「ね、ねえ、不安なんだけど……」

「安心しろって。俺の攻撃魔法と、エルの防御魔法がある。あの悪魔たちは武器らしい武器を持ってないから攻撃は魔法主体だろう。だから『魔法パリィ』はいつでも使えるように準備しておけ。それじゃ……GO!」


 ディアが先頭で走り始めた。少し遅れてレーンが続き、さらに後ろにアヤナが詰める。

 エルは後方で待機。ウェインはその護衛だ。

「たっ!」

 ディアの振り上げたショートソードが近くのミニデーモンに直撃した。だが……

「あれ?」

 そのミニデーモンはディアのほうを向いて、初級の魔法を唱えてきた。炎の魔法だ。

「おわッ!」

 寸前で躱し、さらにディアは再度ショートソードを振り上げ、ミニデーモンを両断。そのミニデーモンは霧のように消えた。

「なんかさー。剣が効きにくいんだけど」

 ビクッとするアヤナとエル。だが意外と最前線の、その当事者ディアは余裕がある。


 しかしディアやレーンが使っているであろう『瞬活』の行動予測も精度が格段に落ちるだろう。相手は人間ではない、『悪魔』……要するに魔法生物だから。対人間用の技術は効果が落ちる。

「剣が効きにくいなら、これっ!」

 アヤナは生成した炎の初級魔法を、近くのミニデーモンに向けて放った。それは直撃したが……ミニデーモンはまだ消滅していない。こちらはただアヤナの魔法の威力が高くなかっただけである。彼女の場合、集中が逸れると大気での減衰が激しくなるレベルだ。

 と、そこへレッサーデーモンとミニデーモンが魔法を詠唱し始めた。

 ミニデーモン程度の魔力でも、10体近くいるのだ。数を多く受ければ致命傷にもなろう。

 ウェインは軽く叫ぶ。

「気をつけろ!」

 するとエルが声を上げた。

「大丈夫! 防御魔法を使うわ!」

 レッサーデーモンとミニデーモンは、それぞれ初級の炎の魔法を放ってきた。近くにいたレーンは全てを躱して、ディアも躱したり弾いたりしていたが。アヤナはなかなか防ぎきれない。

 が、その彼女らの身体の前に光り輝く大きな楯ができた。エルの防御魔法が効果を発揮したのだ。それが悪魔たちの炎の魔法を弾いている。

「おぉ……この距離で、あそこまで強い防御ができるのか」

 ウェイン自身は白魔法の適性は低い。自分ではあそこまでの援護はできない。一方で、エルはまだ全力を出していないことも感じていた。

「たっ!」

 ディアがショートソードでミニデーモンを消滅させていた。一方のアヤナは、サーベルを構えて……手近のミニデーモンに向けて突き刺す。

「のっ!」

 剣(物理)への耐性があったはずのミニデーモンが、アヤナのサーベルの一撃で霧散した。

「あれ? アヤナが一撃で倒したぞ?」

 気になる点は、アヤナのサーベルだった。先ほどから薄く鈍く、光り輝いている。何か刀身に補助魔法でも使ったのか。

 ウェインも手が開いていたので、初級の爆発魔法を準備し、離れた場所にいるミニデーモンに向けてそれを放つ。手応えがあり、一撃でそのミニデーモンは霧散した。

 やはりこの程度だ。先ほどアヤナの初級魔法で倒せなかったのは、やはり基礎能力に開きがあるからだ。

「だあああーっ!」

 そのアヤナは手近のミニデーモンに向けて、サーベルを振り下ろした。またも、そのミニデーモンは一撃で霧散する。

 やはりアヤナのサーベルが、薄く鈍く、光り輝いていた。あれは補助魔法ではない。武器に封じ込められている魔法の力だろう。何か『悪魔』に対し効果的な魔法の力が、アヤナのサーベルには秘められているようだ。


 一方のレーンとディア。レーンは今回フォローすらしていなかったが、彼がなにやら呪文を唱え始めた。攻撃魔法ではないようだ。彼が手を掲げると、ディアの持つショートソードが僅かに鈍く輝く。

 一時的に武器に魔法の力を付与する補助魔法だ。だが彼の補助魔法はほとんど効果を上げなかった。どうやら自分自身に使うために訓練し調整していたようで、少し離れた場所にいたディアに魔法が届くまでに魔力が減衰してしまったようだ。

 しかし最前線のディアは一発、二発とミニデーモンに斬撃を加え、霧散させている。


 残りはミニデーモン2体、レッサーデーモン1体。その魔物たちは再び呪文を唱え始めていた。

 ウェインは言った。

「エル、今回は防御魔法はいい」

「え?」

「前衛の対応が見たい」

「わかったわ」

 レーンとディアは、僅かに距離をとった。初級魔法なら避けられる程度の距離。

 だが一方のアヤナは、戻りが遅かった。その彼女に矛先が向かう。レッサーデーモンの中級魔法と、ミニデーモンの初級魔法、いずれも炎の魔法だ。

「くっ!」

 アヤナは最初に飛んできた炎の魔法を、自身の炎の魔法で相殺した。

 次のレッサーデーモンの中級魔法は、身体に当たった瞬間に弾いてパリィした。

 だが最後に飛んできた炎の魔法は避けられず、直撃。地面に倒れ込んでいる。

「アヤナ! 守る時は守る! もっと魔法障壁を使え!」

 ウェインはいつでも支援ができるよう、そっと中級の炎の魔法を準備だけしておいた。

 ウェインたちが着ている魔法学院の制服には、僅かではあるが耐魔法能力が備わっている。

 あのアヤナの剣は悪魔に対して有効のようだし。

 そもそもアヤナはお姫様ではあるが、正式な叙勲を受けた『王国騎士』だ。魔法学院生で、ウェインの一番弟子。

 属性、てんこもりなので、少しは活躍して貰わないと困る。

 そうでないと各方面に立つ瀬がない。


 流石にそのアヤナも立ち上がって……初級の破壊魔法を使い始めた。だがまだ距離が遠い。アヤナの魔力では、あの距離では減衰してしまい有効打になりにくい。

「もっと近く! 弾くか防ぐかして、もっと近く!」

「そっ、そんなこと言われても……ッ!」

 だが残ったミニデーモンが加勢し、今度はアヤナに取って劣勢になる。それどころかレッサーデーモンまでが炎の魔法を向けてきて、アヤナは3対1。

 彼女は今度は魔法障壁で防御を固め、それはまあまあの強度があったが。膠着状態のようになってしまった。

 が。

「ちぇすとーぉぉっ!」

 と、横から一気にディアがすっ飛んできて。ショートソードを一振り。一体のミニデーモンが霧散した。

「ふぅ。ねえお姫様、そっちには立場あるんしょ? ウェインにいいトコも見せなきゃだし。それとももう一匹、私がやる?」

 なんだかかるーい感じのディアではあるが。あの走り込む速度はウェイン以上だったし、筋肉もあると思うし、何より剣の技ならディアのほうが格段に上だろう。

 要するに白兵戦は得意とする分野の人。

 対して、アヤナは少し怒っている

「やる! 私が残り全部やる!」


 魔法障壁を張りながら、ミニデーモンに接近。やはりアヤナのサーベルは効果的らしく、いとも簡単にその悪魔を消滅させていた。

 残るはレッサーデーモン級が一体のみ。だがその悪魔は疲れを知らず、一番近くにいるアヤナに攻撃を集中させている。……しかし、本当に魔法戦闘のみだ。もし白兵戦が混ざっていたら、流石にウェインも一番弟子を助けに行っていただろう。


 悪魔の破壊の魔法。それをアヤナは魔法障壁で受け続け。隙を見て突進。横に跳んで、切り返し。走り込んで、切り込んで。

 それはディアやウェインの速さにはかなわなかったが、平均女性よりもかなり上の速さだった。

 アヤナの鈍く輝く剣が、残りのレッサーデーモンを消滅させていた。


 アヤナは汗だくになりながらもウェインを見て。

 ニッコリと微笑んだ。


 これが本当に可愛いから、色々困る。


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