第3話 ディアという女

「ディア・スタイナーよ。よろしく」

「ウェイン・ロイスだ。お手柔らかに」

「やー、偶然立ち寄ったジムで、あのウェインが試合してるって言うんだもん。居ても立ってもいられなくってさ」


 ディアと名乗ったその女性は、ボクシンググラブとヘッドギアをつけながら言う。トレーニングウェアでわかりにくいが、なかなかしなやかな筋肉が全身についているようだ。あるいは女だが、体重もウェインよりあるかもしれない。

「ねえトレーナーさん。ウェインの休憩時間も兼ねて、私も軽くスパーしたいんですけど」

「おお、構わないよ。じゃあロジャー、相手になってやってくれ」

「俺がですか……?」

「さっき軽くミット受けた奴が言うには、このお嬢ちゃんのパンチは重いし、腕前はプロに近いんだと。ロジャーのほうが体重重いから、まあ試しにやってみてくれ。2分な」

 ロジャーはプロ志望ではないが軽量級だ。ウェインを相手にした時は終始押した試合をしていた。それが、フラッと表れた女相手じゃ面白くないのだろう。

 それでも一応、マウスピースとヘッドギアを着ける。そしてゴングが鳴った。


「ん?」

 ウェインはすぐに気が付いた。ディアはサウスポースタイル。

 リング中央まで行くと、ディアは右ジャブを放った。相手のロジャーも左ジャブで応戦する。それがしばらく続くと……なんとディアのジャブのほうが場を制圧していた。

「凄ぇ……アレが女のボクシングか?」

 ロジャーの右ストレートはしっかりガードし、右アッパーにはカウンターで顔にクリーンヒットを当てている。

 ディアはフットワークでかく乱し、的を絞らせない。近づいたらジャブで場を制し、大振りに対してはカウンターで対処する。明らかにロジャーよりディアのほうが格上だとわかった。

「あと1分! ロジャー、ボディを狙え!」

 言われた通り、ロジャーはディアのボディを狙う作戦に切り替えた、

 しかし、ボディへのパンチはガードされ、お返しにジャブを一発顔に食らうという有様だ。そしてディアのフットワークは、決してコーナーに追い詰められないように動いている。


 ウェインは言った。

「ねえトレーナーさん。ディアって、かなり強いですよね?」

「そうだな。ロジャーじゃ力不足だった。プロ志望の奴らと対戦させるべきだったな」

 試合は一方的にディアの優勢だった。試合開始から2分が過ぎると、ゴングが鳴り、そこでディアとロジャーは軽く互いの拳を突き合わせた。

「ナイスゲーム! いい動きしてたよ」

「そっちこそ。女だと甘く見たつもりはなかったんだが……」

「えへへ。私はワリとガチで格闘技やってるからね」

 ディアとロジャーがリングから下りてくる。周囲の皆からグローブの拍手が沸いた。

「さて、私の本命はウェインなんだけど」

 休憩を取り、弱い回復魔法までかけてもらって体力を戻したウェインは立ち上がった。

「いいけど、俺とロジャーと、大差ない強さだぞ」

「うん。まあ、そこはそれで。だってあの魔法使いウェインとやれるんだから」


 これはまた有名税みたいなものだ。ただ、あれだけ動ける女に興味はある。ウェインは肯いた。そこでディアが、トレーナーに向かって手を挙げる。

「ところでトレーナーさん、もうちょっとだけお願いがあるんだけど」

「何だ?」

「今回はボクシングじゃなく、異種格闘技にしないかって」

「異種格闘技?」

「私がやってるのは総合格闘技の一種なのよ。ボクシングルールじゃ私の実力があまり出なくて悔しいじゃない?」


「……お前さん、もともとそのつもりだったんだろう」

「えへへ。で、どうかな?」

 トレーナーは肩をすくめた。

「ウェインと相談してくれ」

 リングだけは貸してくれるということだ。

 ウェインは言った。

「スタイナーさん、総合格闘技の一種と言ったね。ボクシングとどう違う?」

「基本はなんでもアリ。打撃じゃ頭突き、肘、膝、蹴りとかかな。組み技もあり。投げ・締め・関節とかかな」

「ほう」

 ディアは軽く拳を上げた。

「なんでもアリだからね。『魔法』もアリよ」

「『魔法』も!?」

「目潰しも金的(股間)への攻撃もアリだから気をつけて」


 やたら実戦的な流派のようだ。

「何て言うんだ、その流派は」

「『スタイナー流格闘技』」

「聞いたことがないな」

「ま、できたのが1年くらい前だし、まだ門下生がいないわ。創始者の師範一人と、あとは師範代の私一人だけ」

 道理で聞いたこともないはずだ。

「ディア・スタイナーと言ったね。その流派との関係は?」

「名字そのものよ。我流じゃかっこ悪いけど、何より各武術の基礎を取り入れているので我流ともまた違うの。『魔法』がアリなのもこのため。既存の武術では魔法禁止だから」

「なるほど」

 ラクスで魔法の試合そのものは、よくある。だが魔法と体術を組み合わせた試合というのは、ラクスでもなかなか実現しない。


 ウェインは俄然、興味を持った。

「トレーナーさん、この試合受けました。ヒーリングで回復したし、2分間でやります」

 その場のジム生からも歓声が上がった。彼らとて、魔法と素手の組み合わせの試合などあまり見たことはないのだ。

 トレーナーは肩をすくめている。

「そうか。まさか魔法ありでやるとはな……」

「火事になると怖いから炎の魔法は使いませんよ。それよりスタイナーさん」

「ディアでいいわよ。私もウェインって呼ぶし」

「ディア。君がつけているのはボクシンググローブだ。相手を掴むことができない。それでは投げ技、絞め技、関節技ができないと思うが……」


「うん、自前のオープンフィンガーグローブを持ってきてないのよ。まあ今回は打撃だけでやりましょ。でも肘、膝、蹴り、頭突きと金的はアリだからボクシングとは全然違うものになると思うわ」

「ああ。それと火事の危険性を考えて炎の魔法は禁止だ。風の魔法は使えるかな?」

「『エアハンマー』なら少し」

「じゃあメインはそれで頼む。ちなみに俺も総合格闘技を少しやっているので、ディアの対処の方法は少しわかると思う」

「リサーチ済みだよ。ウェインは多少は動ける魔法使いだってね。一部じゃ有名だし」

「そうか」

「2分間ね、始めましょ」

「ああ。おっと、そうだトレーナーさん、1分間過ぎたら声をかけてください」

 ウェインは準備を終えると、リング中央へと足を進めた。ディアはマウスピースを口にして、ゆっくりと歩いてくる。


「ウェイン。教えてあげるわ。『左を制する者は世界を制す』……」


「……ありがとうディア。だが俺は右利きだけど、ボクシングではサウスポースタイルなんだが」

「うん、知ってる。さっき見てたし」

「じゃあ何!?」

「いや私。名言とか流れとか勢いって、大事だと思うの……」


 なんだか周囲を巻き込んで、どっと戦いの『気』のようなものが削がれたが。


 ともあれ。ゴングが鳴った。


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