第5話 ディアとの雑談

「ねえウェイン、この後少し時間ある?」

 ディアの言葉に、ウェインは肯く。

「うん。少しならあるけど?」

「ちょっと話そうよ。今の模擬戦の話とかさ」

 ウェインが有名になるにつれ、女性からのお誘いは多くなってきていた。出会って何もしていないならウェインは断っただろうが、模擬戦をやった仲だ。ウェインは頷いた。

「いいよ。じゃあ身支度してから集合な」


 ウェインはロッカールームに寄り、衣類を取ってくる。後はジムに併設してある水浴び場で汗を洗い流した。今日は長く動いたので、長く時間を取って水を浴びた。

 こういうときは水資源のあるラクスであることが嬉しい瞬間だ。たっぷり水を使える。他の国では濡らしたタオルで身体を拭くだけの地域だって少なくない。水資源が戦争の原因になる国は、決して少なくはないのに。

「ふぅ」


 魔法学院の制服を着て、護身用に持ち歩いている大型ナイフを腰の後ろに差す。

 魔法学院の制服は、耐魔法能力を備える。やや目立つが実戦的なことこの上ない。

 その上にマントを羽織る。これは魔法学院のものではない普通の、しかもややボロいマントだ。魔法使いが魔法使いだと喧伝するのは、戦略・戦術上よくないので偽装しているだけだ。

 その上につばの広い帽子をかぶる。有名になったおかげで似顔絵が出回っているので、ちょっとした変装のようなものだ。


 身支度を終え、ジムの入り口にてディアを待つ。女の支度は長いと相場は決まっているが、ディアはそこまでウェインを待たせなかった。

「やー。んじゃ、行こうか」

 髪型も変わらずで、見た目はボクシングウェアから普通の洋服になったことぐらいか。しかし活発的な服装ではある(ウェインはその服を何と呼ぶかの知識はなかったが)。それにテキトーな感じの革の上下のジーンズをざっくり着込んでいるが、いや、上下ジーンズの人間もいるはずなのだが、彼女の着こなしというか何というか、やはり活発的だ。

 彼女も後ろの腰にナイフを差している。後は手持ちのバッグを無造作に肩にかけている。

 ナイフをシースに入れて持っていることを目立たせるのは、魔法都市ラクス……どころかレオン王国全域でも珍しいことではない。抑止力の意味合いがある(懐やポケットに入れるよりは、遥かに)。最近ではナイフを使えない者がファッション感覚で身につけている場合も多い。


 ディアは言った。

「ウェインはお酒行けるクチ? 酒場にでも行こうよ」

「大丈夫さ。任せるよ」

 ボクシングジムを出て通りを何本か通り過ぎる。まだ夕方なため子供の声も多くする。平和だ。ラクスは平和で裕福な街なのだ。


「ここ、ここ。最近行きつけなの」

 ディアが選んだ店は、大通りからやや離れた所にあり治安も悪い方に入る一帯だった。ただし値段が安いという最大級のメリットはある模様。

 ラクスでは毎日お祭りをしているエリアもあるし、大通りにある治安のいいエリアもある。但しお祭りのエリアでは落ち着いた話はしにくいし、大通りは値段も高い。

「こんちはー」

「おやディアちゃん、男連れとは珍しい」

「マスター。ま、そんな時もありますわな。とりあえずビール二杯ね。あと……運動の後には肉を取るべきだそうよ。そういうわけでマスター、お薦めの肉料理二つね」


 ラクスの街(というかレオン王国)では15歳で成人扱いだ。飲酒や喫煙が行える。厳密に、法的には『仮成人』と呼ばれる期間。

 意外と広い店内のカウンター席に、ディアとウェインは座った。時間が早いせいか、まだ客はあまりいない。ほどなくビールがそれぞれ出される。

 ディアは嬉しそうに、うずうずしている。

「んじゃ、出会いを記念して、かんぱーい」

「かんぱーい」

 ビールを口につける。運動で乾いている身体に染み入るようだ。

 ディアはお酒が入って(さらに)嬉しそうに言う。

「ウェイン、体術凄かったね」

「そう?」

「前半、私も少し手加減してたけど。ハイキックを避けられたのは想定外だった」

「いやアレ、わりと偶然に近かった」

「魔法使いのくせに動きにキレがあるんで驚いたよ。アレだけ動ける魔法使いってそういないと思う。少なくとも私が見た中じゃ初」

「ありがとう」


 ディアは少し肩を落としている。

「私、後半はウェインの魔法の前にてんでダメだったし……。それにしても驚いたわぁ。魔法があんな速度で連射できるなんて」

「普通は連射すると威力まで落ちちゃうんで、やらない……と言うかやれない人が多いかな」

 ディアの目が少し鋭くなる(顔はふにゃふにゃしたまま)。

「ウェインって歩き回りながら魔法使ってたよね? 軽くダッシュした時も。リングの中を、こう、無造作に歩いていって。私はあの時『消えた』とか『消え続けてる』って感覚だったんだけど」


「でも実際には目で追えて、そして追え続けていたはず」

「魔法って……あんなのできるの?」

 ウェインは少し考えて……

「色々あるけれど。他の人はあまりやらない、かな。少し企業秘密なトコもあるけど……。魔法を撃った後に少し良いポジション取りをするんだ。それを多用する。全力ダッシュは逆に目立つんで、割とゆっくり移動な感じで」

「へー。流石はウェイン、伝説の魔法使い『アッシュ』の生まれ変わりね」

「『生まれ変わり』じゃなく『再来』な」

「おぉう、ごめん。じゃあさ、じゃあさ。ウェインの魔法がめっちゃ速いのと連打できたのは?」

 ウェインは肯く。

「出力を速度に回して、あと魔法は『高速詠唱法』を使う。幾つかの条件が揃えば、短時間で準備から発動までできる」

「それって高位の魔法使いなら誰でもできる?」

 ウェインは軽く否定した。

「いや、誰でもは無理だな。普通は速さを取ると火力が出なくなるから。あまり実用的ではない、とされるくらい。一発の威力と精度が高い魔法使いは数多いんだけどさ」

「ふーん……」


 ディアがビールに口をつけながら言った。

「えっと。実はさぁ『スタイナー流格闘技』についてなんだけど」

 ディアはそこで一度言葉を切った。

「憶えてる?」


「あぁ、憶えてる。いい流派だと思うよ。俺の魔法の連打に対して、その門下生は一歩も退かなかった」

「実はアレ、本業は剣とか弓の武器を使った戦術なのよ」

「へぇ……そのわりには素手で戦えていたな」

「まあ素手の時バージョンもあってね。それで試してみたんだ。まだ発展途上の流派だし色々やってみるのが今のスタンスなの。それでさ、アレに、魔法の対処とか魔法そのものを組み込もうと思ってるのよ。ウェインはどう思う?」


 シンプルな肉料理がカウンターに二つ出された。ウェインもディアもそれを口に運ぶ。

「うん、それもいいんじゃないか? 俺も多くの格闘技を習ってきたが、『魔法』を使う、ないしは魔法の対処がある格闘技は少なかった」

「そう。だいたいは素手対素手が前提なのよね。相手がナイフ持ってたら逃げろってのが普通。ただ『スタイナー流格闘技』は違う。逃げるのもアリだけど、ちゃんと対処法も考えとく。少なくとも、素手の戦いから魔法を扱える人間はこの世に存在するんだから」

 肉料理が美味しい。ウェインは頷いた。

「魔法で制圧するのは無理にしても、戦いの中で初級魔法は割と使える。それにディアもやってた『魔法パリィ』は、実は魔法使いにとっては厄介だ。俺みたいに魔法の連射ができればともかく、かなり大掛かりな魔法を多少なりとも受け流されたら、戦況が逆転するかもしれない」


「やっぱり? それを聞きたかったんだ。私さ、この国に来て相棒と一緒にこのレオン王国で『冒険者』としてやってこうと思ってるんだけど」

 『冒険者』。簡易な戦闘を含む、雑務をこなす人々だ。軍隊や警察が動かないような小さな出来事から、調査、見回りなども行う。ラクスにも大きなギルドがある。ウェインは興味もなかったので行ったことはなかったが。

「だから私、ラクスの魔法使いたちのレベルが知りたかったから、ウェインと模擬戦やれて良かったよ」

 ウェインは苦笑した。

「ラクスの魔法使いって、数が多いだけで腕は他国より少し上な程度だよ。ギルドの魔法使いはさらに格が落ちるらしい。……凄いのは魔法学院関係者なんだからね。あと俺との模擬戦はイレギュラーと考えたほうがいいぞ。アレくらい動けて、素早く魔法を用意できる人間は他にいないと思うし」

「そっかぁ」

「でも『冒険者』って食べていけるの? 大きい力なら軍隊だし。小さい事件は実入りがよくないと思う」

「いあぁ。他に食べていける仕事がないでごわす」

 (方言? 本気? なにかのジョーク?)とか思うウェインだったが。ディアは言う。

「ま。この国でやることもあるかも、なので。ツナギとしてって感じ」

「ふぅん」


 ディアは話題を変えた。

「あとさー、ウェイン。私はさっきのレベルで魔法が少し扱えるけど、戦闘中に使って平気かな」

「ディアの武器は?」

「本職はショートソードだよ」

「ん。接敵してる最前線からじゃなきゃ、いいと思う」

 ショートソードと聞いて、ウェインは心をくすぐられた。

「ディア。俺はフェンシングをやっていて、腕前は並みくらいはある。だけどマン・ストッピングパワー、また攻撃バリエーションの少なさから、ショートソードに転向中なんだ。例えばディアが敵だとして見た場合どう思う?」


 するとディアは首をひねった。

「んー、ウェインのフェンシングの間合いに入れる人ってだけで限られちゃうと思うけどね。乱戦も……そうなる前の時点で対処できなくちゃ、だし。でもサーベルじゃ一撃で致命傷を与えないと相手の動きが止まらないんじゃ? 転向自体はいいと思うよ」

「そうか」

「『スタイナー流格闘術』の創始者、私の義理の兄さんなんだけど、レーンって言うの。彼なら的確なアドバイスができるかもしれないわ。ショートソード巧いし」

「おぉ。アドバイスしてくれるのか?」

「代わりに魔法関係のことも教えてくれるなら、双方にとってメリットじゃん?」

「そうだな。話を通しておいて欲しい」

 ディアはコクンと頷いた。もう互いに出された肉料理は片づけている。


 ウェインは残ったビールを飲み干した。ディアが言う。

「わかったわ。彼はまだこの国に来てないんで、それからだね」

「そうなのか」

「部屋がまだ決まってないけど、落ち着いたら、私達から一度ウェインに会いに行くよ。魔法学院に行けば足取りが掴めるでしょ?」

「ああ。その場では忙しいかもしれんが、夕方以降や夜になら大抵ヒマになる」

 ディアは嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ約束ね。互いにアドバイスするの」

「ああ」

「絶対だよー☆」


 赤茶けたディアのポニーテールが嬉しそうにしていた。

 ディアは今日これから国外にいる仲間と合流しに行くというので、その酒場ではビール一杯と肉料理、そしてつまみ一皿で別れることになる。


 ディア・スタイナー。

 彼女はパンチもキックも、魔法も。まあまあ扱える優秀な人だったけど。

 ウェインは『ふにゃふにゃして楽しそうな人』と分類していた。



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