第19話 作戦会議
ニーラスが少し暴走しはじめているキャンピオン族の本拠地から東方に離れたローエンリン帝国の都では出陣式が行われている。
ザーラム2世の参戦要請に渋々ながらも派兵することに決めたのだった。
皇帝や大臣の本音としては内戦で勝手に殺しあってくれればありがたいというものである。
しかし、立場的に断るわけにもいかなかった。
ここでザーラム2世の機嫌を損ねては今までの苦労が水の泡になる。
それに純軍事的にもキャンピオン族の竜騎士を滅ぼすことができるなら、帝国としては歓迎すべきことだった。
ダルフィード国は自らの手足をもごうとしているに等しい。
大手を振ってその手伝いをする機会を逃すことはないという結論になる。
そこで援軍として派遣する部隊について数だけは3千を揃えた。
ただ、その実態は鎧を着て剣を腰から下げている案山子のようなものである。
病弱だったり、年を取りすぎているか、逆に太りすぎて俊敏な身動きができないような3流どころの兵を集めていた。
帝国にはキャンピオン族が叛乱を起こしたという事実しか伝えられていない。
住民やドラゴンがなぞの病気に苦しみ実力を発揮できない状態だといういうことは伏せられている。
用意周到ともいえるが、実態としてかなり陰湿かつせこい小細工をしているということをダルフィード国側がローリンエン帝国に明かすはずもなかった。
キャンピオン族はザーラム2世の主力と戦うのに忙しいはずでローリンエン側にドラゴンを差し向けてくるかは分からない。
ただ、そのようなことになれば、遮るものとてない平野で相対することになる。
3千名の中身が精鋭だろうと弱卒であろうと結果は変わらない。
だとすれば損害は軽くすべきだった。
そして、この見殺しにすることも視野にいれた部隊にはサヴィーネの弟のジョルジュも参加している。
継母の意を受けた者がジョルジュに、サヴィーネがキャンピオン族に攫われたことを告げたのだった。
「姉さまを助けなくては」
そんな決意で従軍を志願している。
皇帝や大臣からするとサヴィーネが婚礼から逃げ出さないための鎖だったジョルジュは、一行がダルフィードに到着して以降はその利用価値を減じていた。
意図的にぞんざいに扱うつもりはないものの、本人が望むのであればその意に反してまで押しとどめるつもりもない。
部隊の中身が弱卒で編成されていることの言い訳のためにもサヴィーネの弟であるジョルジュが参加している方が都合がよかった。
援軍はローリンエン帝国の首都から進発する。
ザーラム2世とキャンピオン族を挟撃すべく可能な限り行軍を急いだ。
腹背に攻撃を受ける形になったニーラスだが、現時点ではまだその事実を知らない。
ただ、竜騎士が3名戦線に復帰したことで広範囲に偵察をできるようになっている。
頬を手袋で叩かれたザーラム2世が大人しくしているとは思えず、必ずや報復のための兵を発するだろうということは予想していた。
きっちりとお調子者の竜騎士に説教をしてきたバービスと今後の展開と索敵について検討する。
「正直に申し上げれば、かなり分が悪い状況を予想しておりました。まともに飛べるドラゴンがナージリアスのみという状況では点しか守ることができません。多方面から侵攻されては、ここディーバクリフは陥落したでしょう。しかし、エスターテ嬢のお陰で6騎動かせるようになりましたので攻守バランスよく配置することができます」
「ラピスはまだ半人前だぞ。らせん飛行や急降下などの戦闘機動はまだできない。戦力として勘定に入れるのか?」
「直接交戦しなくても偵察や牽制ならば問題ないでしょう。それにご本人が大人しくしているとは思えませんが」
ニーラスは眉根を寄せてため息をついた。
「まったく。我が妹ながらあのお転婆ぶりには手を焼くな。一体誰に似たのやら。サヴィーネの薫陶を受けて少しはお淑やかになってくれるといいのだがな」
ラピスにサヴィーネ呼びはやめるように言われているのに全く気にしていない。
話が横道に逸れるのを嫌って黙っていようかと思ったバービスだったが、さすがに看過できずに疑問を呈する。
「その呼び方はいささか問題かと思いますが」
何かを思い出すように甘い表情をしていたニーラスは怪訝そうな顔をした。
「なんだ? ラピスもそんなようなことを言っていたな。本人も当惑していたので直接呼びかけるのはやめたが、その場にいなくてもダメなのか?」
「親族でもない未婚の女性の名を呼ぶことは極めて親しい間柄でなければ行いません。通常は婚約でもしていなければ呼ばないですね。普通は当主就任に当たっての帝王学の中で学ばれるはずですが」
「全く記憶がないな」
ニーラスはキャンピオン族の族長としてディーバクリフ一帯を統治する地方領主である。
バービスの言うように身分の高い者としての教育は当然施されていた。
しかし、女性関係については生来の気質も加わり、あまりきちんと学んでいないようである。
首を傾げていたニーラスはうんと頷いた。
「まあ、理解した。婚約するまで我慢しろということだな。あの甘美な響きを口にできないのは寂しいが、一時のことだ。私室で一人きりの時ならいいのだよな?」
「まあ、余人の耳に入らないのであれば……」
そう返事をしながらバービスはじんわりと頭が痛い。
女性に耐性がないという次元ではないだろう。
自分の主の変貌ぶりに驚いていた。
独り言なら問題ないと知ってニーラスは笑みを浮かべる。
「さて、話を元に戻そうか。ザーラムが侵攻してくるのを待つ必要もあるまい。ナージリアスが本調子になった今、再度奇襲をかけるのはどうだろうか?」
バービスは頭痛がひどくなるのを感じた。
総大将自ら敵地に奇襲するなんて発想が出てくるのがおかしいんですよ。
先ほど、ラピス様のことを何か仰っていましたが、誰に似たのかという答えは私の目の前にいますね。
そうはっきりと言おうかと思うが自重する。
「ザーラムは悪辣ですが愚かではありません。2度も同じ手を食らうことはないでしょう。守りを固めているところに飛び込むのは危険です」
「しかし、ザーラムがイニシアティブを握るのは気に食わんな。それこそ、この地にまでやってこられては何らかの被害が生じるだろう」
「私がお止めしているのはケールデンまで赴くことです。かの地には魔法使いも待ち換えているでしょうし、各種の防御兵器の備えもあります。ザーラムめが攻めてくる途中で迎撃するのであれば、不意を突くことができます。野戦にも魔法使いは随行しているでしょうが、防御兵器は無いはずです。それにここから近くなれば、ラピス様と守りのための2騎を除いても、ニーラス様の他に2騎は同行できるでしょう」
「しかしなあ。行軍中ともなればザーラムも警戒しているだろう。ケールデンを強襲する方が意表を突けないか?」
あくまでニーラスは自分が汗をかくことにこだわった。
率先垂範するというのは上に立つものとしての美徳とも言えるが、同時に身を危険に晒すということでもある。
バービスとしてはそう簡単には容認できない。
「この地に疫病が蔓延していることはザーラムも把握しているでしょう。だからこその強気な態度といえます。殿下や他の竜騎士が健康を回復しているということは悟られない方がいいでしょう。こちらを侮って親征してきたところを一気に叩く。そのためにもお一人で突出されるのはお控えください」
ニーラスが反論しようと口を開きかけたところ、表での騒ぎの声が聞こえる。
「ええい。どかぬか。ワシはニーラスに話があるのだ」
叔父のギーバスが声高に叫んでいた。
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