第2話 物騒な護衛
サヴィーネには本来であれば皇帝の養女という立場からも多数の扈従の列がつくことになる。
しかし、実際に付き従う人数はなかなか揃えられなかった。
本来であれば、実家を離れても寂しくないようにエスターテ家から心知れたものが同行する。
しかし、ザーラム2世の噂を知ると誰一人手を挙げなかった。
もともとエスターテ家の使用人たちはサヴィーネに対して好意というもの持っていないので当然である。
傍から見れば淋しいことではあったが、今までも陰に日向に嫌がらせに勤しんできた者たちが身の回りに居なくなることは、サヴィーネには幸せだったかもしれない。
ただ問題なのは、皇帝一家に仕える者の中からも志願者が出なかったことだ。
前回の嫁入りの際に付けた侍女たちの全員が祖国に戻ることができていないという事実が重くのしかかっている。
しかし、まったく供の者が居ないというわけにもいかない。
皇帝の面子というものもあるし、ダルフィード側からも不満を抱かれるだろう。
こうして、金の力で集められた者がサヴィーネの身の回りの世話をすることになった。
質の面ではあまり良いとは言えないが数だけはなんとかそろう。
サヴィーネに対する忠誠心についてはほぼ期待できない状態だった。
一方で警護要員はあっさりと決まる。
バーディッツという老騎士が自ら名乗り出た。
帝国の弱腰ぶりと、怠惰な皇帝に対して一言も二言もある人物である。
ただ、若い頃は近衛隊長を勤めた剛の者で、指導を受けていた人数も多い。
現皇帝からして、昔ビシビシとしごかれたので、今でも怖い夢を見てしまう相手なのだった。
体の先端が非常に痛くなる病気にかかり一線を退いていたが、この度、現役復帰をする。
サヴィーネの帝都到着の歓迎会の席で、挨拶を交わしたのがきっかけだった。
腫れものに触るように遠巻きにされるサヴィーネに対して近付くと、痛む体をこらえながら片膝をついて貴婦人への礼をする。
薄いレースの手袋をした右手を差し出すので、それを取り顔を寄せた。
凛としているが心地良い声が降り注ぐ。
「帝国の剣バーディッツ様にお会いできるなんて光栄ですわ」
久しく呼ばれることの無かった二つ名で呼ばれてバーディッツも悪い気はしない。
皇帝の側近に呼ばれ、スカートをつまんでから去っていくサヴィーネを見送りながら、血潮が熱くなるのを感じていた。
そして、毎日のように悩まされていた指先の激痛の発作が起きないことに気がつく。
頑固一徹の老騎士は悟った。
これは余生をあの聖女を守ることに捧げよとの神の恩寵に違いない。
サヴィーネの能力を知らないことによる勘違いなのだが、当たらずとも言えども遠からずという想像である。
帰宅すると庭に出て試しに剣を振るってみた。
夜の静寂を破ってビュッと正しく刃が鳴ることに満足する。
バーディッツは謹直な顔に笑みを浮かべると、翌日から精力的に活動を開始した。
元部下たちに声をかけて回る。
みな家に居場所のないジジイばかりだった。
最近の若者は弛んでおるが口癖で、過去の自慢話ばかりの老人は家族からも煙たがられるというのが相場である。
もう一花咲かせようじゃないかという誘いに乗った。
熟練兵100名余りを揃えると、サヴィーネの供回りをさせて欲しいとの嘆願書を提出する。
身の回りの世話をする者と同様に護衛の兵を揃えるのに苦労するかとうんざりしていた外務卿はこの話に飛びついた。
騎士団を巡って人数を出すように頭を下げて回ることを考えると、盛り上がる老人の意気込みを聞くぐらい苦にならない。
熱意に押されて、サヴィーネに目通りする許可も出してしまった。
仮住まいの屋敷に訪ねたバーディッツが左胸に右手の拳を当てる。
ザッとその後ろに並んだ老兵も一糸乱れずその動きに倣った。
「我ら一命に変えても姫様の身をお守りいたす」
今まで誰かにここまで熱意を込めて関心を寄せられたことのないサヴィーネは目頭が熱くなる。
目をしばたたいて感涙を払うと、丁寧な御礼の言葉を述べた。
兵士たちは感激どころではない。
家では邪魔者か、良くて空気扱いのジイ様が、孫とほぼ同世代のお淑やかな美人に、頼りにされるとどうなるか。
覚悟が決まりまくった一堂はサヴィーネの熱狂的なシンパとなる。
なにはともあれ、これで人は揃った。
誰を養女とするかの人選で肖像画をやり取りしたことに加え、同行者が決まらないことで時間を食ったため、ダルフィードからの迎えの使者はすぐの輿入れを要求する。
慌ただしい出立で、サヴィーネとの別れを惜しんだのは、弟のジョルジュだけだった。
「お姉さま。お達者で」
王家の離宮に迎えられそこで養育されるようになったジョルジュはすっかり血色と健康を取り戻している。
その面に涙を溜めて姉に手を振った。
サヴィーネも気がかりだったジョルジュが元気そうなのを見て心残りが1つ減る。
自分が務めを果たせば弟のためにもなるのだと決意を新たにした。
げてげてと飾り立てられた馬車の車列はダルフィード国の都ケールデンへと急ぐ。
ザーラム2世から何度も催促の連絡を受ければ、花嫁の引率役も処罰を恐れて一行を急かした。
国境の城を過ぎるとダルフィード側の随行者が増える。
ローリンエン帝国を侮っており、前回同様に嫁入りの一行に不埒なことを仕掛けるつもりの者もいたが、実際に警護の兵士を見ると態度を改めた。
全員が老人ばかりであったが、面構えからして歴戦の勇士であることをうかがわせる。実際、ダルフィードと激しく干戈を交えていたころからの生き残りだ。
ローリンエン帝国側の負けが多かったのは事実だが、負け戦で生き残った兵士というのはつまり相当な手練れということを示している。
そんな熟練兵が、うちの姫様に恥をかかせたら叩き斬ったうえで自刃して責任を取るという覚悟で守りを固めているのだった。
全員目が座った死兵というとんでもない護衛である。
ちょっかいをかけようと思っている側からすれば、泣き寝入りするしかない弱者をいたぶろうとしていただけだった。
死ぬか生きるかの戦いを経なければならないというのは割が悪すぎる。
結果として、外交儀礼上の最低限の節度を守ったまま、一行は旅程を重ねた。
花嫁を乗せた車列の目的地であるケールデンの王宮では、ザーラム2世が玉座で報告を受けている。
行儀が悪いことに膝の上に抱え上げた女性の体を撫でまわしていた。
乱暴に合わせの中に手を突っ込み、一番最近に攻め滅ぼした小国の姫を苛んでいる。
サヴィーネの夫となる相手がこんなクズであることを目にしたら、バーディッツなどは怒りで視界が赤く染まって卒倒するかもしれない。
ザーラム2世は羞恥と恐怖で身を強張らせる相手に侮蔑の視線を向けた。
全く興が削がれるばかりだな。しばらくは凛とした態度を崩さずにいてくれぬと面白みがない。これではその辺の娘を拉致してきたのと変わらんではないか。
その不満を
「キャンピオン族の連中はまだ首を縦に振らぬのか。お前がちゃんと仕事をせぬから舐められるのだ。この無能めが」
ダルフィードに服属する部族へ、見目優れた勝ち気な娘を差し出すよう命じていたのだが、相手は言を左右にしたままだった。
キャンピオン族はザーラム二世の父の時代に既に伯爵の地位を与えられ、軍務を提供することで半ば自治を許されているほど勇猛果敢な部族である。
自らの力を示そうと思い付きで送った命令を無視される形となり、ザーラム2世の中で怒りが膨れ上がっていたのだった。
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