第28話 絶対服従

 休憩の後に浄化の施術を再開すると噂が噂を呼んで、更なる人が押しよせる。

 人は多かったが数をこなすうちに素早く多くの人にサヴィーネが触れるように流れ作業の効率的な手順ができた。

 単純な繰り返し作業なのに倦むこと無く浄化をする姿にラピスは感心する。

 シャルルーカの耳にそのことを囁いた。


「ずっと同じことの繰り返しじゃない。私だったら無理だわ。絶対に飽きておざなりになりそう」

「欠伸の1つもしそうだね」

「そうよね。揶揄されているんだろうけど否定はできないわ。やっぱりサヴィーネって凄い。なんか私が馴れ馴れしくしていていいのかって気もしてきた」

「でも、偉いんだけど、そういう人にありがちな壁を作るところもないよね。凄いと思うよ」


 感心して念話を送ってくるシャルルーカにラピスは唇を尖らせる。

「背中に乗せるならサヴィーネの方が良かったって感じね」

「ワタシの騎士はラピスだから」

 シャルルーカはそっとラピスを押した。

 浄化を施しながら睦まじそうにじゃれ合う1人と1頭の様子を見てサヴィーネはクスリと笑う。

 相棒にしな垂れかかっていたラピスはあっという声とともに手を叩いた。


「そうだ。まだパートナーを決めてないドラゴンたちが騒いでいたんだった。サヴィーネは夫を選ぶ前にドラゴンとお見合いした方がいいかもね。夫選びが面倒になるけど」

「そうだね。みな大騒ぎしてたから。このままだと喧嘩を始めるかも。そうなる前にきちんと結魂の儀をした方がいいかもしれない」

 結魂の儀というのは人間とドラゴンの集団見合いのようなものである。

 10人ほどの候補者の周囲をぐるぐる回りながらドラゴンが騎士を選ぶ儀式なのだった。


「でも、兄はまだ早いっていいそう。私とシャルルーカのときですら文句たらたらだったから。まあ、大軍が攻めてきている最中だからそんな余裕もないか」

「それはそれとして、サヴィーネには若いドラゴンたちに会いにいってもらった方がいいかもしれない。ここに来る前に一緒に来たらダメかって騒いだのよ。ナージリアスに一喝されていたけど」

「そうか。色々と忙しいわね。あ、お兄様どうしたの?」


 ガラムを連れたニーラスが足早にやってくる。

 ニーラスは眉をひそめていた。

「どうしたもこうしたもあるか。この騒ぎはなんだ?」

「町の人にもサヴィーネの恩恵を与えた方がいいかなって。城勤めの家族とかから話が広まっていたから。私たちが独占するのかって邪推されて騒乱になるよりはいいでしょ」


「それもそうだが……。もし間諜が紛れ込んでいてサヴィーネを奪われたらどうするんだ?」

「だから私とシャルルーカが見張ってるんじゃない。それにそんなことをしたら皆にボコボコにされるだけだと思うわ。サヴィーネは町の人にも大人気よ」

「うん。そうか」

 チラリとサヴィーネの方を見ると何も声をかけずに城の中へと戻っていく。


 実はニーラスも声をかけたかったのだが、急にポケットの中のリボンのことを思い出してしまって恥ずかしくなったのだった。

 部下を介して身につけているものをねだられてどう思われたかと想像するだけで顔を覆いたくなる。

 男性側から欲しいと言うだけでも情けないのに、さらにそれを直接伝えていなかった。

 不甲斐ない奴だと思われたのではないかと顔から火が出る思いである。

 その様子をガラムが後ろから見て首を横に振っていた。

 表が騒がしいと見にいったついでなのだから、リボンの礼でも言えば良かったのにと考えている。


 その一方で、列を作る人に触れる傍らでニーラスの姿を見かけたサヴィーネは少し淋しい思いをしていた。

 身につけているものが欲しいというのは、想い人から離れている際に代わりに大切にするためのものだと理解している。

 少なくともローリンエン帝国においてはそうだった。

 バービスに主のために何かを頂きたいと言われたときに最初は戸惑っている。

 それでも自分に好意を抱いているのかもしれないと僅かに期待していた。


 しかし、今のニーラスの態度を考慮するととんだ思い上がりだったのだと反省する。

 ニーラスが大切にしてくれているのはやはり悪い病を癒すことができるからでそれ以上の感情はないのだ。

 バービスがリボンを持っていったのも特に意味はないに違いない。

 手首の内側への口付けも意味合いが違ったことだし、自分の常識でものを考えると勘違いをしてしまう。

 早く間違いに気がついて良かったわ。


 サヴィーネは一抹の淋しさとともに胸をなで下ろすと次の患者に声をかけた。

 その様子を見ながらラピスはニーラスに対して不満を抱いている。

 サヴィーネに声をかけていけばいいのに。

 この程度の感想で済んでいるのはリボンをバービス経由で受け取ったということを知らないからだった。

 ちょうどラピスが中座したときに授受が行われている。

 もしサヴィーネのリボンをニーラスが受け取っていることを知ったなら、尻を蹴り上げるぐらいのことはしただろう。

 ここでアプローチしなかったらいつするのかという具合である。

 知らなかったのでなんだか様子が変だなで終わっていた。


 自力で動くことができる者の浄化が終わると、サヴィーネは人々に懇願されて身動きのできない者の家を回り始める。

 それは主に小さな子供や年寄りだった。

 ぐじぐじと泣く子供にサヴィーネが触れるとキョトンとして目を見開く。

 悼ましそうな顔で付き添っていた父親は子供を抱き起こすと頬ずりをした。

 チクチクするヒゲの感触が嫌なのか手で押しのけられて泣き笑いの表情になる。

 そっと子供を寝床に戻すとサヴィーネの足元にひれ伏した。


「この歳になってやっと授かった一粒種です。救って頂いた御恩は一生忘れません」

 感極まったのか父親は首を伸ばしてサンダルを履いたサヴィーネの足の甲に口付けをする。

 戸口から覗きこんでいてもらい泣きをしていた野次馬がはっと息を飲んだ。

 他人の足の甲に口付けをするというのは絶対的服従を誓うものである。

 野次馬が呼吸を止めたのは、ほとんどが思い切ったことをするという驚きによるものだった。

 ただ、ごく一部には、俺もおみ足にキスをしたいという願望も混じっている。


 元の姿勢に戻った父親は平伏しながら大声で誓った。

「聖女様に無体を働こうというふてえ野郎が迫ってきていると聞きます。この命に代えましても必ずや討ち果たして御覧に入れます」

「お役に立てたなら何よりです。私のことよりもお子さんを大事にしてあげてくださいね」

 そう声をかけたサヴィーネは、次はうちの母にという中年女性に手を引かれて別の家に向かう。

 ゾロゾロと野次馬が付き従った。


 やはりというか、実はディーバクリフにはザーラム2世の手の者が紛れ込んでいた。

 本来の仕事は情報収集と内通者であるギバーズの監視である。

 しかし、王の婚約者であるサヴィーネを奪い返すという奇功を立てれば恩賞は思いのままと秘かにチャンスを窺っていた。

 城の謁見室での施術にも並んだし、その後も行列にくっついて回っている。

 いきなり組みついて首筋にナイフを押しつければ周囲は手を出せないのではないかと機会を窺うが無理そうだと諦めた。

 ニーラスは心配をしていたが、この熱狂ぶりではサヴィーネを奪う隙はまったくない。


 間諜は余所者でしかなく周囲の目が厳しいのである。

 特にラピスから何度か視線を向けられているのを感じていた。

 まあ、いいさ。

 サヴィーネの不思議な力とドラゴンが復活しているという情報を報告すれば褒美は貰えるに違いない。

 間諜はそっと野次馬の群れから離れると、手紙をしたためるため間借りしている借家に向かった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る