第11話 歓迎会

 執務室を出たサヴィーネをメイド2人が待ち構えている。

 そのまま客室に連れ戻されそうになったので、城内を見学したいと申し出た。

 難色を示されるかと危惧していたが意外とすんなり了承されて、2人の案内で城の中を見て回ることができる。

 さすがに城を出て町へ行くことは了承されなかったが、それ以外は特に反対されることもなく自由に見てまわれた。

 サヴィーネよりも少し若いメイド2人はサヴィーネに対して気安く何でも答えてくれる。

「ここにいるドラゴンの数ですか? 成獣は5体ですね」

「4体は金竜ナージリアスほど立派なドラゴンじゃないですけど」

「食べ物ですか? 何でも食べますよ。人間? 他所のドラゴンは知りませんけど、ここに居るのがそんなことするわけないじゃないですか。竜騎士との絆がありますからね」

「ドラゴンに乗ったことですか? ないです。竜騎士以外を乗せてくれることってほとんどないんです。エスターテ様が特別な方だというのはナージリアスにも分かったんでしょうね」

 散歩が終わると客室に戻って昼食となった。

 ケールデンの王宮で出されたもののような豪華さはないが、体に染みわたる味がする。

 この料理にも人体に有害な鉱物が僅かに含まれているのだが、サヴィーネの体内に入ると素早く無害化されていた。

 もちろん無自覚な能力なので、サヴィーネは毒物が含まれていることには気が付かない。

 居心地よく昼食を取りすっかり寛いだサヴィーネにアンナが問いかける。

「今夜はエスターテ様をお迎えしての歓迎会の予定になっています。夜会服はいかがなされますか?」

「お任せするわ。でも、今から間に合うの?」

「先代の奥様のものを仕立て直します。背格好はとてもよく似ていらっしゃいますのでそれほどの作業ではありません。いずれ新しいものをご用意しますが、今日のところはそれでご容赦ください」

「別に私は構わないけれど、それってキャンバルトン伯のお母様のものでしょう? いいのかしら」

「もちろん、閣下の許可は得ております。それで、マニキュアと御化粧はいかがなさいますか?」

 結婚式当日は有無を言わさずサヴィーネは割と濃いめの化粧とマニキュアをされていたが、個人的にはあまり好きではない。

「こちらの皆さんはそういった会が普段あるときはどうされているのかしら?」

「それぞれでございますね。エスターテ様のお気に召すままにしていただければいいかと存じます。もし、私がご助言を申し上げますならば、血色も戻られましたので、ルージュもチークもご不要でしょう。ワンポイントで目元に赤色を乗せるぐらいでいかがでしょうか?」

「そうね。お勧めに従うわ。マニキュアは乾くのに時間もかかるし結構よ」

 時間になるとアンナは部屋の入口まで新しくスタッフを呼びにいった。

 サヴィーネが夜会服に着替えると髪の毛を結い上げる。

 そして、別のメイドがやってきて目元にひと刷毛色を置いた。

 鏡の前に座っていたサヴィーネが立ち上がり振り返ったのを見てメイドだちは一斉に羨望の溜息を漏らす。

「歓迎会会場までご案内します。どうぞこちらへ」

 アンナが先頭に立って歩き始めた。

 サヴィーネがそれに続き、その後ろを清々しい顔をした複数のメイドが付き従う。

 廊下の途中でまだ小さな子供を連れた女性が扉を開けて現れると廊下に跪いた。

「お願いにございます。どうかこの子に祝福を」

 どうも格好からすると料理番らしい。

 アンナが声を張り上げた。

「お止め。こんなところで。エスターテ様に失礼だよ」

 立場上そう言わなければならないが心中忸怩たるものがある。

 表向きの仕事をしている人間だけ癒しを与えられて狡いと言われればその通りだった。

 お世話するスタッフの人数の水増しもしているがどうしても数は限られる。

 サヴィーネは立ち止まると微笑んだ。

 いきなりこんな場所に連れ出された女の子はひどく怯えている。

 その妙に熱っぽさを帯びた頬をサヴィーネはそっと撫でた。

「辛いでしょうに泣かないなんて偉いわ」

 少し手を動かすと子供を支える女性の手にも触れる。

 内心ほっとしながらアンナは移動するように促した。

「皆様がエスターテ様をお待ちです」

 最後に女性のしっかりとした指をきゅっとつまむとサヴィーネは歩き出す。

「聖女様。どうもありがとうございます」

 行列が過ぎた後の廊下には低い嗚咽の声が響いていた。

 サヴィーネ一行が目指すボールルームには多くの人が詰めかけている。

 主にニーラスの家来のうちの有力者とその家族だった。

 ケールデンから戻ってきたニーラスが元気そうにしているという話はすでに城中に広まっている。

 キャンピオン族に広まる謎の病気の治療法が見つかったのではないかということが囁かれていた。

 それと同時に花嫁衣裳を着た美しい女性をニーラスが連れ帰ったという話も評判になっている。

 ニーラスは今まで体調が優れなかったということもあり、あまり女性を近づけてこなかった。

 族長というだけでなく凛々しくも美しい容貌をしているニーラスはキャンピオン族の女性に熱い視線を向けられている。

 しかし、ニーラスは竜騎士でもあった。

 竜騎士の伴侶は騎乗するドラゴンにも認められなくてはならない。

 サヴィーネが心配したように食べられることはなかったが、気に入らない相手にはドラゴンが熱く乾いた鼻息を吹きかけることはままあることだった。

 そんなニーラスが健康を取り戻したと思われると同時に連れ帰った美しい女性ということになると嫌でも注目を集めることになる。

 今夜の歓迎会はその女性、サヴィーネを皆に紹介する席だとの報が伝わり、皆興味津々で主賓の登場を待ち構えていた。

 ダルフィード国との間で緊張が高まっている昨今である。

 久しぶりに開かれた華やかな席ということもあって、今や遅しと時おり扉へ視線を向けている者が多かった。

 扉が少し開きアンナが体を滑り込ませてくる。

「エスターテ様、ご到着にございます」

 談笑している人々の声の間をアンナの声が響いた。 

 扉が大きく開かれる。

 サヴィーネがボールルームに足を踏み入れると感嘆の声があがった。

 帝国で花嫁候補に選ばれたというだけの美貌を有しているところに加えて、アップにしたばかりの髪の艶が華を添えている。

 気品のあるたおやかな姿はチャンピオン族では珍しいものだった。

 その場にいる全員がサヴィーネに目が釘付けになっている。

 それは本日のホストであるニーラスも同様だった。

 半口を開けて見とれていたが、アンナが先導して自分の方へとサヴィーネを誘導してくると常日頃は冷静沈着なニーラスには珍しいことに慌てた様子で近寄る。

 さっとサヴィーネに左肘を差しだした。

 主の座に戻りながらニーラスはサヴィーネが横を歩くことに満足を覚えている。

 連れ帰ったときの姿も十分に魅力的だったが、新たな装いもまたニーラスを惹きつけてやまなかった。

 ただ、満ち足りた気分の一方で僅かな不満を感じている。

 エスコートをするとサヴィーネの姿を鑑賞することができないではないか!

 振り返ってみたくなる衝動と戦う。

 一団高くなった場所の手前では立ち止まって半身を向けると注意を促した。

 ほんの一瞬だがサヴィーネの姿を目に焼き付ける。

 壇上に収まると皆の方へと体の向きを変えた。

 それと同時にサヴィーネが捕まっていた腕を放して1歩下がる気配を感じる。

 配偶者であれば手を添えたままであってもマナーには反しない。

 しかし、あくまで主賓という立場であればサヴィーネの行動は正しかった。

 非の打ち所がない所作ではあるもののニーラスは勝手に拒絶を感じている。

 大きく息を吸って気を取り直すと張りのある声を出した。

 



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