第6話 キャンピオン族の町

 ニーラスがサヴィーネを連れ去った頃、ケールデンの王宮では手当てを受けながらザーラム2世が喚き散らしている。

「あのクソッタレのキャンバルトンめ。捕らえたら遠火でじっくりとローストしてやる。楽には死なせんぞ」

 憎々しげに吠えるザーラム2世の髪の毛は半分がチリチリになってしまっていた。

 騒ぎの声に反応して兵士に命令を下そうとバルコニーに出たところを金竜のブレスで焼かれている。

 とっさに腕で顔を庇ったので、腕に酷い火傷を負ったが致命傷にはならなかった。

 この男は用心深く普段から燃えない布で織った上衣を着ている。

 残虐で人間性は屑だが、王国をまとめるだけの力量はあった。

「手の火傷の治療は終わりました。さすが陛下、ブレスを浴びてもこの程度ですむとは感服いたしました」

 癒しの技を施していた治療術士がおべんちゃらを言う。

「どのような危機にも備えておく。王たる者として当然だ」

 そう言いながらも鼻の穴を自慢げに押っ広げていた。

 他人から感心されれば悪い気はしない。

 しかし、機嫌の良さも次々と続報が入るまでのことだった。

「報告いたします。騒擾を起こした連中の確保に失敗しました」

「なにぃ?」

「城外へと逃れる避難民に紛れ込まれまして判別がつきません」

「くそお、なんと狡猾な」

 キャンピオン族はケールデンに住む住民と外見上の特徴は酷似している。

 騒ぎを起こしたときに付けていた覆面を捨て避難民に紛れ込まれてしまうと区別はつかなかった。

 元々住民の数も多い上に、婚礼ということで多くの商人なども集まっており単純に調べる対象となる人数も多い。

 ザーラム2世が歯噛みしているとそこに新たな知らせがもたらされた。

「御注進! エスターテ侯爵令嬢がキャンバルトン伯に連れ去られたとのことです」

「なんだとぉ?」

 こめかみの血管が膨れ上がる。

 本日のもろもろの不満を新妻にぶつけて晴らす目論見が潰え、ザーラム2世は怒りでぶるぶると手が震えた。

「姫に付き従っていた者たちも逃散し……」

「そんなことはどうでもよいわ。ジジイや不景気なツラの侍女どもなど知ったことか!」

 報告の続きを遮ってザーラム2世は叫ぶ。

「こうなったら、キャンピオン族を倒滅してくれる。兵を集めよ。余が自ら鉄槌を下してくれる」

「お言葉ながら、かの者どもにはドラゴンがおりますぞ」

 大臣が兵を発することに対して懸念を表明した。

 反論を受けて激昂するかと思われたが、意外とザーラム2世は冷静である。

「此度の謀叛のことを思い出してみよ。この王宮に金竜しか飛んでこなかったであろう。しかもフラフラとして不安定な飛び方をしておった」

「言われてみれば確かに」

 ザーラム2世はぐふふと笑みを浮かべた。

「キャンピオン族の連中はいずれ邪魔になると思ってな。既に対策を施してあるのだ。あやつらの水源の近くには毒性の強い鉱物がある。それが溶けた水が流れ込むように工作しておいたのだ。この毒はすぐには症状は出ない。体に蓄積しじわじわと苦しめるというわけよ」

「ではその毒が?」

「忍ばせた者の報告では竜騎士もドラゴンも皆病み衰えておる。女よりも男の方が症状が重いようだな。今までずっと飲んできた水が原因とは気付かぬだろうし、それと知っても治療法はない。治療魔法の使い手は私が押さえているしな」

 ぐははとザーラム二世は機嫌よく笑う。

 悪辣で性格も最悪だが統治者としては意外と優秀であった。

 2手3手先を読んで事前に策を施しておくということはなかなかできるものではない。

「だからな、放っておいても奴らは苦しみながら死ぬのだ」

「それではこのまま……」

「愚か者。謀叛をされて放置すれば余の体面に関わるわ。サヴィーネも取り戻さねばならん。それにニーラスの妹も気が強くて器量良しだと聞くしな。そうだ。帝国にも兵を出すように命じろ」

 ザーラム二世は気色の悪い笑みを浮かべる。

 こういう悪い性癖がすべてを台無しにしていた。

「というわけで、心配せずとも余が到着する頃には奴らはさらに具合が悪くなっておるだろう。飛べないドラゴンなどただの大きなトカゲと変わらん。装甲獣を並べて踏み潰してくれよう」

「ははっ。そこまでの深謀遠慮をお持ちとは恐れ入りました。直ちに軍を編成いたします」

 大臣と廷臣たちは一斉に片膝をつく。

「急げよ」

 言い捨てるとザーラム2世は玉座の後ろの隠し扉から退出した。

 とりあえず誰でもいいので怒りを発散せねば気が済まない。

 ザーラム2世は足早に寝室へと向かった。


 ***


 サヴィーネを乗せた金竜ナージリアスは半日近くの飛行を続けた後にキャンピオン族の根拠地であるディーバクリフの町に近づいている。

 独立峰の山裾にある街並みは大きさこそケールデンに及ばない。

 しかし、地形を巧みに生かし厚く高い城壁も備えており見るからに守りは堅そうだった。

 ナージリアスが一声吠えると町の背後の山の上方から応えるように咆哮が返ってくる。

 ただナージリアスのものに比べると張りがなく弱々しかった。

 首を捻って進行方向に広がる威容に感嘆の声をあげていたサヴィーネは、体の向きを戻してニーラスと顔が合うとツンとした表情になる。

 ドラゴンに食べさせるという発想がユニーク過ぎると散々言われて少しむくれていた。

 城壁の線を越えて階段状に上に伸びる町の最上部にある石畳の中庭にナージリアスは静かに着地する。

 サヴィーネをニーラスが助け下ろすかどうかというタイミングで元気な声がした。

「お兄様!」

 タ、タ、タと駆けよってきた少女がニーラスに抱きつく。

「無事で良かった」

「ラピス、変わりはなかったか?」

「うん。バービスはいつも通り深刻な顔をしていたし、ガラムはやけ食いしてた。で、その人誰?」

 ニーラスの体から手を離すとラピスはサヴィーネをじっと見た。

「なんで花嫁衣装なの? まさか、お兄様、極秘結婚をしたの?」

 ショックを受けたように後ずさる。

 ニーラスは優しくナージリアスの体を叩いた。

「ゆっくり休んでくれ」

 バサリと羽ばたくと金竜は山の頂へと飛んでいく。

 それを見送っていると足早に歩く音がした。

「殿下、お帰りなさいませ」

 怜悧な声が響く。

 細身でプラチナブロンドの髪を伸ばした女性と見紛う優男に向けてニーラスは笑顔をみせた。

「ああ、バービス。留守中ご苦労だった。残念ながら王は討てなかったよ」

「御無事で戻られれば何よりです。殿下があの男と刺し違えるのでは割が悪すぎますからな。それで、王の花嫁を拉致してきたのですね。すばらしい。交渉材料として十分でしょう」

「いや、それはちょっと違う。説明すると長くなる。その前に何か温かい飲みものが欲しいな」

「失礼しました。すぐに用意します」

 バービスはチラリと視線をサヴィーネに向ける。

 ニーラスは腕をサヴィーネに差しだした。

「上空は寒かっただろう? 今温かいものを用意させる」

 サヴィーネは周囲の状況を伺う。

 空を飛んでいる間はどうしようもないので地上に降りたらと考えていた。

 しかし、これだけの人数に囲まれていては逃げられるわけがない。

 大人しくニーラスの腕を取る。

 歩き出すとニーラスの反対の腕にラピスがしがみついた。

 その様子を見てバービスは足を速めて一行を案内する。

 応接室に落ち着くと下働きの者がお茶と軽食を運んできた。

 勧められるままにお茶を飲み焼き菓子を食べてサヴィーネはようやく人心地がつく。

 これからどうなるのかという不安は解消されていない。

 しかし、薄着のまま上空を飛んできたことで体の凍えた部分が少し溶ける気がした。

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