第20話 横柄な男

「何事です?」

 ニーラスの意をくんでバービスが部屋の外に出るとギバーズが睨みつける。

「どうしたもこうしたもあるか。歓迎会の席上で最初にワシに癒やすように言いつけておいただろう」

「そのようなことを仰っておいででしたな」

「だったらなぜにワシに声をかけん。竜騎士どもがドラゴンを呼び寄せているのを見たぞ。あれは癒やしの効果を受けたのではないのか?」

 ギバーズは憎々しげに顔を歪めた。


「失礼ですが、ギバーズ殿はエスターテ嬢の力に懐疑的だったと思いますが」

「それがどうした? それとこれとは話が別だ。もし、その力が本物ならその恩恵はワシが最初に受けるべきだろう」

 何事にも自分が優先されないと気が済まない性格である。

 まるで子供だった。


 チャンピオン族の長の地位をニーラスの父と争い敗れドラゴンに騎士として選ばれなかった男は性格が捻くれている。

 失意が性格をねじ曲げたのか、そんな性格だから望みが叶わなかったのか。

 今となっては分からないが、ギバーズは面倒な男だった。

 しかし、ニーラスに世継ぎが居ない状況においては粗略に扱うわけにもいかない。

 バービスもそのことは良く理解していたが、仕える主よりも遠慮がない性格で筋論を大切にしていた。


「この切迫した状況下において何よりも優先すべきはドラゴンです。風雲急を告げていますからな。それに金竜ナージリアスからも仲間に治療を施すように強い要請があったようです。それを覆すほどの理由をお持ちですかな?」

 バービスは感情を乗せずに淡々と言う。

「うむ。ドラゴンのことを先に浄化したことは別にいい」

 本当はそのことも気に入らないのだが、ギバーズは続く言葉を吐き捨てた。

「ワシが言っているのはその後のことだ。なぜワシよりも竜騎士どもを優先した?」

 バービスは困った顔をする。

 それを見てギバーズは嵩にかかって責め立てた。


「貴様はワシを蔑ろにするつもりか? ニーラスの恩寵を盾にしおって。流れ者が大きな顔をするな!」

 ギバーズはキャンピオンの族長にどうしてもなりたい。

 皆に尊敬されて信頼を寄せられるニーラスに取って代わりたかった。

 追い落とすためにことあるごとに何か材料を見つけて非難を繰り返している。

 しかし、いくら言葉を重ねても賛同の声は得られず、部族内にギバーズを支持する者は少ない。

 まあ、自制心のない我が儘な中年をリーダーとして仰ぎたいという者がいないのは当然である。


 ただ、数多の悪口の中でも反応が良かったことが1つあった。

 バービスがニーラスに重用されることへの非難である。

 地縁、血縁が強い社会では外部からやってきた人間への反発ややっかみが強くなるのはままあることだった。

 新参者のくせに生意気だというわけである。

 バービスが腕っぷしはさっぱりという男だということが力を信奉するキャンピオン族においては反発を強くしていた。

 常に冷静に理論的で隙のない言葉を吐くということも影響している。

 ギバーズは周囲の視線を意識しながら胸を反らせた。


「お前はどのような権限でキャンピオンの族長の叔父であるワシの意見を覆すのだ? んん?」

 嫌みったらしい声を出しながら太い指を突きつける。

 バービスは困惑した顔を保ったまま口を開いた。

「元気を取り戻したドラゴンは竜騎士との接触を求めます。今までは体の不調がその欲求を上回っていたようですが。竜騎士が動けず交流できないと精神的に不安定になるでしょう。我慢できずドラゴンがまとまってこの城に押しかけてきたらどうされますか? ギバーズ殿のお立場であればこれぐらいのことは当然ご存じだと思いますが」


 思いっきり慇懃な態度で問いかける。

 確かに、ドラゴンと竜騎士の精神的なつながりについてはキャンピオン族なら3歳の子供でも知っていることだった。

 ぐぬぬのぬ。

 ギバーズは顔を真っ赤にして歯噛みをするが言葉は出てこない。

「それに癒やしの力を使うのはエスターテ嬢です。どのような順番でされるかは私ごときでどうこうできる話ではございません。先ほどの私への発言には何か誤解があると存じますが」

「ワシはニーラスと約束したのだ。部下であるお前がそれに尽力するのは当然だろう」


 バービスはうっすらと笑みを浮かべた。

「私の記憶が確かなら、あのときはギバーズ殿が一方的に希望を仰っただけでニーラス様はお約束されていません。そもそも、エスターテ嬢は大切なお客様です。ニーラス様といえども何かをお願いすることはあっても命じることなどできるはずもありません」

「ええい、うるさい。使用人ごときが出しゃばるな。ワシがニーラスと直接話す。そこをどけ!」

 怜悧で切れ者のバービスに議論で敵うはずがない。

 ようやくそのことを理解したのか、さんざん嫌味を言っていたことをギバースは棚に上げる。

「お忙しいニーラス様を煩わせるのは気が進みませんが、是非にとおっしゃるならば仕方ありませんな」

 バービスは鋭く扉をノックする。


 予想通り中から返事はない。

 もう1度繰り返してからバービスは扉を開けた。

 その体を押しのけるようにしてギバーズは部屋の中に中に入る。

 周囲を見回して不機嫌さを増した。

「なんだ。いないではないか」

 ずかずかと背の高い窓際まで進み露台に隠れていないか確かめる。

 露台の手摺の先は垂直になって落ち込んでおり、遙か下の方に地面が見えた。


 上を見上げれば東の空にナージリアスの金色の鱗が光っている。

「どうも急ぎの用件ができたようですな。恐れ入りますがまたのお越しを」

 打合せ通り時間稼ぎができたことに満足しながらバービスは退室を促した。

「ニーラスが居らぬなら仕方ない。あの女の部屋はどこだ?」

「さすがにご案内はできかねます。申し訳ありませんがお引き取りください」

 重ねて催促しても動かぬのを見てバービスは部屋の外に叫ぶ。

「ギバーズ殿がお帰りだ。ご案内しろ」

 表を固める兵士が入ってくると不承不承ながらギバーズは部屋を出ていった。

 それでも捨て台詞は忘れない。

「戻ったらニーラスに伝えておけ。約束を果たすようにとな」


 バービスは自らもニーラスの執務室から出ると兵士をねぎらいつつ誰も中に入れないように命じた。

 廊下を歩いて少し離れた場所にある自分の仕事部屋に戻りながら苦笑をする。

 よほど、サヴィーネ嬢があの横柄な男に触れるのが嫌なようだ。

 まあ、これでニーラス様も長くディーバクリフを空けて首都ケールデンを強襲すると我を張るのは諦めるかもしれないな。

 そんなことを考えながら鍵を開けて仕事部屋に入った。


 ニーラスの部屋に比べればずっとこじんまりしている部屋の真ん中には大きなテーブルが置いてある。

 そのテーブルの上にはディーバクリフを中心にしたキャンピオン族が支配する場所とその周辺が描かれた地図が広げてあった。

 ドラゴンに乗り上空から観察することができるので、他所のものよりもずっと精緻なものである。

 地図の上には数種類の木の駒が置いてあった。

 脇に置いてあったドラゴンを模した駒を地図の上に追加する。


 合計6個のドラゴンを半円形に配置した。

 南西側には人が集まったものと装甲獣の駒が密集している。

 首都ケールデンの中央軍と各地に配置している地方軍を糾合すると兵力3万に装甲獣50体は堅いと考えていた。

 正面からぶつかるとドラゴン6体でも手に余る数である。

 それでもナージリアスしか動けない状況よりは遥かに事態は好転していた。

 少なくともローリンエン帝国側に兵を割かなくて済む。

 それもこれもサヴィーネがいるお陰だった。

 

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