第11話 指輪
ナオの左手の薬指には指輪が光っている。彼女が隣りに座ったとき、すぐそれに気付いた。彼女はオレの視線の先に気付いたのか、自分の左手を一瞥した後、指を軽く開いて、手の甲をこちらに向けた。
「婚約指輪――、結婚は来年の予定なんよ?」
ナオの心の中でオレの存在なんかはとっくの昔に消えているのだ。わかってはいたが、それでも彼女の口から出た「結婚」の言葉はショックだった。
別れてから10年も経っているのに、なんと情けないことだろうか……。それも、別れを切り出したのは自分からだというのに。
◇◇◇
大学へ通うために東京へ向かった日、ケータイの連絡帳からナオの名前を削除した。連絡する手段を残していると、なにか気の迷いが起こるような気がしたからだ。
大学3回生のときに携帯電話をスマートフォンに変えた。真っ先にしたのは、みんなが使っているSNSのチャットアプリを入れることだ。それをインストールして設定をしている時に、オレは自分の目を疑った。「平原 奈央」の名前が画面に表示されたからだ。
後にそれが、自分の電話番号を登録していてこのアプリを使っている人が「知り合いかも?」として表示されるのだと知った。
オレはナオの連絡帳を削除した。その情報をスマホに引き継いだのだ。つまり、これが表示されるのはナオのスマホにオレの連絡先が残されている、ということだ。
それからのオレは何度か、ナオの情報をタッチして連絡をとろうと考えてしまった。「彼女はまだオレを想ってくれているのではないか?」なんて都合のいい想像をしたりもしていた。だが、その迷いをずっとずっと振り切って今日に至っている。
◇◇◇
「そうか、おめでとう。お相手はどんな人なんだ?」
無理につくった笑顔でオレはそう言った。相手がどんな奴かなんて知りたくもなかったが、聞かない方が不自然かとも思った。
ナオは左手を引っ込めて、薬指の指輪を愛おしそうに見つめながら目を細めている。
「同じ職場の先輩で――、入社ん時からよう面倒みてくれとる人なんよ。どんな人って聞かれるとむつかしいなぁ」
彼女は右手で頬杖をつきながら少し俯いている。その視線の先にはやはり左手の指輪があった。
「うまく説明できへんけど……、『いい人』なんちゃうかな」
ナオのこの一言が、婚約者への想いのすべてを物語っていると思った。婚約に至っているのだから、それなりに付き合った期間もあるはずだ。愚痴のひとつでも零れるかと思ったけれど、彼女はそれすら口に出さなかったのだ。
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