第14話 別れ
「べーちゃんは……、私のこと嫌いなったん?」
10月、3年生の文化祭の終わり、クラスの催し物の片付けを抜け出してオレはナオを体育館の裏に呼び出していた。進路の話を誤魔化し続けるのはここらが限界だったからだ。
ただ、彼女に話したのは進路の話じゃない。別れ話だった。それも一方的に東京の大学へ進学しようと思っている旨と、そうなったら今みたいに付き合えないから別れよう、と話しただけだ。
ナオは東京へ行くこと自体は反対しなかった。けど、遠距離になっても付き合い続けたいと言ってくれた。自惚れじゃなく、きっと彼女ならそう言ってくれると思っていた。
ただ、当時のオレは自信がなかった。オレがナオに惹かれたように他の男から見ても彼女は魅力的な女性のはずだ。大学生になって世界が広がり、いろんな人との出会いや刺激があるだろう。
その中でいつも一緒にいられないのにナオにとっての「一番の男」でいられる自信がなかったのだ。
最初はよくても大学生活に慣れていけばきっと疎遠になる、と。そして、いつかフラれるのではないかとも思った。そうなる前に自分から彼女を手放す決意をしたのだ。
ナオにフラれると立ち直れない気がした。だから、そうなる前に自尊心を守るのを優先してしまったのだ。
それに何故か当時のオレはそうすることがナオの幸せになると思っていた。今になって思えば、自分の弱さを合理化していただけなのだが……。
ナオは何度も「考え直して」と言った。けど、散々ナオについて悩んだオレはもう彼女について考えることに疲れていたんだと思う。
「――オレの気持ちは変わらないよ」
そう言い残して彼女に背を向けた。怖くて振り返ることもできなかった。背中からかすかに嗚咽が聞こえた気がしたけど、気付かないフリをした。
決してナオを嫌いになったわけじゃない。喧嘩をしたわけでもない。いや……、むしろ喧嘩した方がよかったくらいだ。それすらさせないようにしてオレは彼女と別れたのだから。
それから今日に至るまでナオとは一度も話をしていなかった。
川沿いの道でオレを見つめる彼女の表情は笑顔だ。その口から言葉が発せられるのをじっと待った。
「うん、怒っとるよ。今でもむっちゃ怒っとる……。当たり前やろ?」
ナオの表情は笑顔のままだ。一切のブレがなく真っ直ぐにオレの目を見つめてきている。
「べーちゃんと話すの、文化祭の終わりにフラれて以来やもんね? あんなに一方的なフラれ方して怒らん子なんておらへんよ?」
オレは返事に詰まっていた。彼女の言うことがもっとも過ぎるからだ。
「同窓会でな、べーちゃんと会えるの待ってたんやで? あん時フった女はこんなにキレイなって幸せなったんやでって見せてやりたくってなぁ?」
そう言いながらナオは笑顔を崩さなかった。オレの心がかき乱されるのを彼女は望んでいるのだろうか。それならその想いは十分オレに届いている。
「……けど、やっぱあかんわ。べーちゃん、今謝ろうとしとるやろ? ううん、今日顔合わせてからずぅっと謝る機会窺とったもんね?」
ナオは体温を感じるくらいの距離まで近づいて来た。表情はやはり笑顔のままだ。
「べーちゃんはホンマに変わっとらんなぁ。高校ん時と同じで優しいまんまや。さすが私が惚れた男やなぁ……」
彼女の声はオレを慰めるようだった。それでオレは気付かされた。今、オレは泣いているんだと……。意識すると目からボロボロと止めどなく涙が溢れてきた。
「ナオ……、ごめん。本当にごめん。本当は別れたくなんてなかった……。けど、オレが弱いから、ナオの理想でい続ける自信がなくって――」
大の男が情けないほど嗚咽をもらして泣いている。傍から見たらとても恥ずかしい光景かもしれない。けど、ナオはそんなオレを優しく抱きしめてくれた。彼女の優しいぬくもりが頬を包み、花のような甘い香りがした。
そこでようやくこの香りについて思い出した。付き合っていた頃にナオが言っていた好きな香り――、
「もうええよ、許したる。べーちゃんもずっとずっと謝ろうと思ててくれたんやろ? 私が好きやったべーちゃんはそういう男やったからなぁ」
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