第7話 変

「べーちゃんはほんまに変わらへんなぁ、顔も髪形も……、身体が細いとこまで高校のときのまんまや」


 オレは学生の頃からあまり容姿に気を使っていなかった。髭は清潔に見えるよう毎日剃るようにしているが、それは営業の仕事に就いているがゆえだ。休みの日とかはそのままのことも多い。

 髪も自然に伸ばして、目にかかったり毛先が肌に触れたりと気になりだしたら短くする程度だった。


 顔の変化は自分では気付きにくい。ただ、今日顔を合わせたクラスメイトにも二言目には「変わらない」と言われたからきっと当時の印象のままなのだろう。体重はずっと前から増えにくい体質で、身長の伸びが止まったと同時に体重の変化もほとんどなくなった。


 身長175cmに対して体重は50kg後半でほぼ増減が無く、男性の平均からは10kg以上のマイナスだ。その話をするとほとんどの場合、「うらやましい」と返ってくるのだが、オレ自身は細過ぎることにコンプレックスを感じている。


「ナオも全然変わってないよ、顔を見て本当にびっくりした」


 今度は思わず名前を呼んでしまった。以前はずっと「べーちゃん」と「ナオ」で呼び合っていたのだ。今になると急に恥ずかしく感じるのだが、当のナオはまったく気にも留めていないようだ。



 目の前のテーブルには、揚げ物類や炒め物といった調理に時間がかかるものが並び始めている。オレの手元のジョッキは3cmほどビールが残っていた。ナオのグラスは最初に見たときからほとんど減っている気配がない。

 店員がちょうどいいタイミングで料理を運んできたので、追加の生ビールを注文した。ナオにも尋ねたが、彼女はまだ大丈夫といって遠慮した。


「べーちゃんはあれからずっと東京に住んでんの?」


 とは、きっとオレが東京の大学へ行くからと別れを切り出した時から……、という意味だろう。10年前とはいえ、今でも鮮明に覚えている。ナオの方はどうなのだろう。今の台詞は特に他意もなく言ったのだろうか……?


 オレは、大学へ進学してそのまま東京で就職し、今年になって京都の支社へと転勤になり地元に戻ってきた、と話した。

 働いている会社は誰でも一度は聞いたことある社名なので、彼女はとても歓心していた。


「べーちゃんは頭よかったもんねぇ、エリートコースに進んでるみたいでよかったわ。そいえば、話し方もすっかり東京の人なっとるもん。ちょっと寂しいなぁ」


 今のもなんの他意もなくいった言葉なのだろう。なのにオレには、私を捨てて東京へ行って正解だったね、と言っているように聞こえてしまう。


「その……、ナオは今どうしてるんだ? こっちで働いてるのか?」


 追加でやってきた生ビールで口を湿らせてから聞いてみた。2杯目になると苦さばかりでおいしく感じられない。舌はまだ子どものままなのかもしれない。


「うん、今は京都駅近くの旅行代理店で働いとるよ。毎日めっちゃ忙しいけど楽しいわ」


 旅行代理店か……。そういえば、高校の時に、世界遺産を周ってみたいと話していたのを思い出した。


「べーちゃん同窓会にちっとも顔出さへんから私を避けてるんかと思ってしもたわ。だから、今日は会えて私ほんまに嬉しいねんで?」


 当たり前だがナオを避けていた訳ではない。単に東京に住んでいたので都合が付かなかっただけだ。――にも関わらず、彼女にそう言われると心のどこかで避けていた部分もあったのかもしれない、と逆に考えてしまうのだった。


 オレに会えて嬉しい……か。


 10年前に別れた高校時代の彼氏を見て彼女はそう言った。それはもうまったく男性として意識していないから言える台詞なのだろうか。もしかしたら逆ではないのか、と期待している自分がいるのを情けなく感じてしまう。


 ――そう、自分から別れを切り出して、もう10年も経っているというのにオレはまだナオのことを完全に忘れられてはいなかったのだ。

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