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女はやはり、甘いモノに目がない。
ずっとプリプリと不機嫌だったワガママ女が、
「敬太郎さん、先ほどは私が言い過ぎました、ごめんちゃい♪」
とすこぶる上機嫌になっていたので、気持ち悪かった。
さらには、
「また、騒いで警察沙汰になっても面倒なので……渚さんは私のお家に泊まってもらいます」
「木野宮さん、ありがとね~」
と、すっかり2人は仲良しになっていた。
別に疎外感などというものは一切感じないが。
僕は僕の部屋にいながら、所在なく佇む。
「では、敬太郎さん。明日こそ、体調を万全に整えて、勝さんに会いに行きましょう。迎えに来ますからね」
「いや、駅前に集合で良いだろ」
「いえ、ダメ男の敬太郎さんは、どうせ飲んだくれてゲロゲロくんになっているでしょうから」
「ケータロ、飲み過ぎは禁止だからね!」
そう言い残して、きゃっきゃとする女子2人は、僕の部屋から去っていた。
また、静寂が訪れる。
元より、僕は孤独を愛する男。
孤独こそが隣人、いや同居人である。
誰にも邪魔されない静謐(せいひつ)な時間こそ、尊く守るべきものと思っていた。
今のその考えに変わりはない。
しかし、どうしてだろう?
僕の部屋だけでなく、心にも、ぽっかりとスペースが空いてしまったように感じるのは。
きっと、一時の気の迷い、気のせいである。
だって、蒼井さんはともかく、あの鬱陶しいことこの上ない、獏女のことまで恋しく思うだなんて……いや、恋しいとか、あり得ない。
むしろ、清々としている。
そう、これでようやく、僕の心に平穏が戻った。
あの小娘2人とじゃれ合った束の間の時間のことなど、もう忘れた。
それこそ、獏に差し上げます。
まあ、あの獏女はバカ女だから、自分好みの甘いイメージしか食べないだろうkどな。
全く、ワガママで卑しい女だ。
母親は以前に会ったことがあるが、優しくまともな人物(獏だけど)とお見受けした。
それに引き換え、あの娘は……いや、だから僕は何で、あのバカ女のことを考えている。
忘れよう、あの女は、もういない。
まあ、明日またすぐに、会うことになるのだけど。
いや、別に嬉しくも何ともない。
蒼井さんにも会えるから嬉しいだなんて、これっぽっちも思っていない。
あの2人とも、僕にとって面倒ごとをもたらす存在だから。
「……ねえ、今日は何か、静かじゃない? おとなりさん」
「二股をした挙句、フラれたとか、ざまぁ」
「えっ、二股とか、そんなイケメンなの?」
「ううん、どう見ても非リア男だよ」
……致し方がない。
お互い様だ。
昨日、それから今朝にかけて、こちらが散々と迷惑をかけたのだから。
しかし、壁越しではあるが、ハッキリと『非リア』と言われたら……
酒だ、酒が欲しい。
いや、ダメだ。
また、同じ過ちを繰り返してしまう。
何よりも、明日こそは体調を万全にして、例の獏男に会いに行かなければならない。
僕と蒼井さんの関係性について、知らなければならない。
面倒ごとをもたらすと言ったが、彼女が悪い人間だとは思えない。
むしろ、僕はもしかしたら、とても彼女に助けられたような気がする。
あまり、というか、ほぼほぼ記憶にないのだけど。
僕の青春模様は……あの獏男に、食べさせた。
ほろ苦……あのバカ男は、激苦とかクレームをつけてきたけれども。
どちらにせよ、もうすぐに知ることが出来る。
失ったはずの、僕の青春を。
それまたきっと、愛おしくも、しち面倒なのだろう。
だから、それまで束の間、今は孤独を抱いて寝よう。
けれども、なかなか寝付ける気がしない。
ならば、やはり、酒だ。
少量ならば、問題ないはず。
アセトアルデヒドよ、今回は僕のことを、そんなにいじめるなよ?
◇
願いというのは、往々にして叶わない。
無視され、ひどければ唾をかけられる。
「オエエエェ……」
いじめないでね、とお願いしたにも関わらず、アセトアルデヒドはいたいけな僕をいじめた。
まあ、ほんのおちょこ一杯のつもりが、コップ、グラスへと変わって行き。
日本酒を3合いったあたりで、おやと思い?
5合まで行った時、さすがにヤバいと思いつつも、酔いが心地良かったので、そのまま眠りについた。
結果として、またしても、トイレの住人と化してしまう。
おかしい、僕は頭脳明晰な男。
同じ失敗は2度繰り返さないはずなのに……
ピンポーン♪
タイミングが良いのか悪いのか、玄関のチャイムが鳴る。
「おおぉ……」
ミイラになりかけの僕は、ヨタヨタと玄関へと向かう。
開けると、快活な笑みを浮かべる女が2人。
「よっ、ケータロ……って、また顔色が悪いし!」
「ふふ、敬太郎さんってば。やはり、ダメな人ですね」
至極ムカつくが、今この時ばかりは言い返せない。
「その様子だと、この炎天下を歩くのはまた無理そうだね」
「仕方ありません、私たちだけで勝さんの所に行きましょうか」
「……いや、待て」
「はい?」
「……十五分だけ、時間をくれ。そうすれば、何とか」
僕は弱々しい声で言う。
2人は目を見合わせて、肩をすくめた。
「分かりました」
「分かったよ」
「かたじけない」
僕はまず、水を飲む。
それから、洗面台で顔を洗う。
しっかりと、タオルでふきふきをして。
さらには、乙女の目を背けさせ、紳士の装いをまとう。
まあ、ただのポロシャツにチノパンだけど。
本来なら、僕のような美青年は、スーツでビシッと決めるか、文豪のように着流しに身を委ねるか。
それくらいして、女子にサービスをせねばならないのだけど、申し訳ない。
最後に、メガネをきれいなそれと交換して、おわり。
「休日のお父さんみたいです」
「まあ、でも、腹は出ていないからね」
「敬太郎さんはもう少し、肉をつけてもらわないと。安心して、暴りょ……戯れることが出来ません」
すまない、吐き気を催して来た。
寸前まで行くが、男の意地で、僕は飲み込む。
「ハァ、ハァ……よし、行くぞ、小娘ども」
「まあ、強がっちゃって。まあ、そういうところも、可愛いですけど」
「同感だね。ケータロ、ビニール袋はあたしが携帯しているから、いつでも言ってね」
「ああ、感謝する」
「そして、そのゲロは私が記念に取っておきます」
「ふざけるな、バカ女……うっぷ!」
「もう、木野宮さん。ケータロを刺激しちゃダメだって」
「ごめんなさい♪」
このクソ女め……
「ケータロ、大丈夫?」
「……正直、大丈夫ではないが、行かねばなるまい。僕と君の関係を知るためにも」
「……そんな、カッコつけちゃって」
蒼井さんは微笑を浮かべる。
「でも、良いんですか~? 敬太郎さん」
「何がだ?」
「自分の黒歴史を知って、盛大にゲロぶちまけちゃうかもしれませんよ?」
「お前は本当に嫌な女だな。ちゃんと、甘いモノは摂取したのか?」
「今朝はバナナだけです。ちょっと、足りないですね」
「じゃあ、途中のコンビニで糖分補給しようか」
「そうしましょう♪」
「うっぷ……」
「ケータロ、耐えろ」
「ファイトですよ~♪」
とりあえず、後で蒼井さんには感謝し、獏女は殴る。
僕はそう決めた。
獏バク図書館 三葉 空 @mitsuba_sora
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