デートのお膳立てをやってみる
仕事の合間にちまちま縫った白いドレススーツ。
物語の登場人物そのまんまの衣装は、下手に着ると服に着られてしまう感覚になるけれど、シリルさんほどの美貌だったら、たちまち華麗に着こなしてしまうだろう。あの人の顔を思い浮かべながら、何度も何度も調整したのだから。
次の日やってきたシリルさんに見せると、相変わらず綺麗な眉間にくっきりと皺を寄せてしまった。
「……これを着て外を歩くのか? 完全に舞台衣装だと思うが」
「シリルさんにはお似合いだと思いますよ。採寸の上で仮縫いしましたが、体格が変わっていたら困りますし、そちらで着替えてください」
「むう……わかった」
私が衣装を差し出し、「着方わかりますか?」と尋ねると「わかっている」と答える。
服のたるみなどを計算に入れ、できる限り人形と勘違いされるようにはしたけれど。問題はシリルさん本人の張った筋肉で違和感が出ないかという話だけれど。
私がやきもきしている間に「着替え終わった。これでいいか?」と声が帰ってきた。
途端に私は「ほわぁ……」と声を上げた。
元々端正な金髪碧眼の王子様と言って差し支えない顔立ちに、舞台衣装はよく映えた。
なによりも服の余り部分やたるみを計算に入れて縫い上げたおかげで、彼の筋肉が目立たない。やっぱりラモーナ様に売った人形の服そのまんまを着せなくってよかったぁ。私えらーい。
私が見とれている中、シリルさんはじっとこちらを見た。
「これで、満足か?」
「は、はい! これで本縫いします!」
「どれくらいで完成する?」
「これくらいなら三日くらいですかねえ? 他の仕事もありますが、デート用の衣装ですからきっちり仕上げてみせますよっ」
「……だとしたらデートは四日後前後か……おい、エスター」
「はい?」
私はパチパチ目を瞬かせると、シリルさんはこちらに尋ねてきた。
「……次の買い出しや山登りの日はいつになる?」
「えー……私の贔屓客のデートに付き合ってもらうのに、さらに私の買い出しに付き合いたいんですかあ? そうですねえ……」
シリルさんの言葉の意図がわからず、私は首を捻った。
そういやこの人、私の休みに付き合うとかなんとか言ってたけど……私もそうだけれどこの人もそこそこ忙しいのに大丈夫なのかなあと思ってしまう。
実際に王都は王のお膝元。そこそこ華やかではあるけれど、派手であればあるほど、その影は濃くなり、事件だって多くなる。騎士団だって、王のお膝元で事件なんて起こすわけにはいかないから、毎度毎度忙しくしているだろうに。
そう考えながら、次の休業日の予定を思い浮かべた。
「今度の休業日、岩絵の具を取りに行くんです。結構山を登りますけど大丈夫ですか?」
「わかった。ならそれに合わせる」
「……というより、本当にわざわざ付き合ってくれなくてもいいんですよ? シリルさんだって、お仕事忙しいじゃないですかあ」
もうそろそろ王都でも、国王生誕祭のパレードが開催されるから、その日は王都所属の騎士団は警備強化に当たるため、忙しいだろう。パレードの頃には、パレード見物とボディーガード代わりに人形の注文が殺到しているから店を開けるけれど、その翌日じゃないと岩絵の具を取りに行けないから、あんまり日付を空けられない。
私のあわあわした言葉に、シリルさんはきっぱりと言ってのけた。
「なんとかする」
「するんですかぁ……」
結局は止めることができず、私は了承するしかなかった。
****
私が人形のパーツを磨いていると、店の扉が開いた。
人形の腕に捕まったラモーナ様だった。今日も散歩用らしい空色のアフタヌーンドレスが華やかだ。
「ごきげんよう」
「いらっしゃいませー。ああ、ラモーナ様。店を閉めたら報告に伺おうとしていたところですよ」
「そんな。あなたにはいろいろ無理をしていただいているから、忙しい中、わざわざこちらに来ていただくのは忍びませんわ。あのう……王子様とのデートの日付、決まりまして?」
「ああ。それなら、四日後になりそうなんですが、いかがですか?」
「ああ! 楽しみですわ! 楽しみ過ぎて、ミモザ色のドレスを注文したばかりですの! 王子様とデートだなんて……もう一生できないでしょうから。ねえ?」
そう言いながら、シリルさんそっくりな恋人人形のほうを振り返る。
シリルさんが絶対に浮かべないような、優しい微笑みを浮かべて、ラモーナ様を見下ろしている。
人形はどれだけ精巧につくっていても、それこそ人形師が丹精込めてつくっていても、心だけは存在しない。言語能力だって与えてはいても、持ち主に都合のいい言葉を返すように設定しているから、どれだけ持ち主が夢中になったとしても、人形から恋を返すことはできない。
でもまあ。ほとんどの人はそれで満足しちゃうんだよなあ。だって、嫌過ぎる婚約が原因で人形に走っている訳だから、現実を見たくなんてない。
現実で優しく幸せな恋や結婚のできる人なんて、ごく限られているから。
ラモーナ様の場合は、もう決められているはげちゃ瓶への輿入れを諦めきっている。だからこそ、シリルさんとのデートに賭けている訳なんだから。
私がそんなことを考えている中、ラモーナ様は私が請求した衣装代を、簡単に支払ってくれた。
「それでは、楽しみにしていますわね!」
「はあい。ありがとうございましたー」
ラモーナ様が人形と腕組みして元気に立ち去っていくのを、私はしばし眺めてから、再び人形のパーツ磨きに戻った。
今度のパレードまでに仕上げないといけない人形が多過ぎるのだ。オーダーメイドなんだから、「これ以上は無理!」と泣く泣く断ったものの、「パレードまでにぜひ! お金ならあるから!」とごり押しする人の多いこと多いこと。いや、お金で時間を物理的に買えたらいいのだけどね。それはさすがに魔法使いでも難しいから。多分そういう人たちは王城で働いていると思うから、こんなところにはいないと思うし。
発注書通りにパーツを組み上げ、自律稼働の魔法の内容を精査する。魔法を行使するのは夜でも、ある程度かける魔法を順番通りにかけないと、人形の取り違えがあったら困るし。歯車が終わったら……シリルさんの衣装を仕上げないと。
「頑張るぞー」
握りこぶしをえいえいおーとした。
****
本日晴天。いいデート日和でございます。
朝一番にシリルさんがやってきたと思ったら「おい」と呼んできた。私は首を捻った。
「デートするラモーナ様、まだ学生とはいえど貴族なんですから、あんまり無礼な口調でしゃべっちゃ駄目ですよぉ?」
「……そんなことはわかっている。これ」
「はい?」
私は紙袋を渡され、首を捻った。そして中に入っているものを見た。
どうも手作りらしい不格好なビスケットがたくさん入っているのが見えた。でも小麦の匂いが香ばしく、かなりおいしいものとお見受けする。
「わあ、おいしそうなビスケットですねえ」
「……パレードのために作業が忙しいんだろう? その中で俺の衣装まで縫って……ちゃんと眠れてるんだろうな?」
この人、人の心配ができたのか。少なからず驚いた。
「さすがに体は資本ですもん。受けられる仕事しか請け負っていません~、でも最近はちょーっと過労気味だったので嬉しいです。さすがにパーツに触れてたり彩色してたりするときはいただけませんけど、店番中くらいならいただけると思いますので、大事にいただきますね」
「そうか」
なぜかフンッと鼻息を立てられた。私はそれを少し嬉しく思いながらも、「衣装着てくださいね」と本縫いしたそれを渡した。
相変わらず王子様のような姿のシリルさんをにこにこと眺めていたら、扉が開いた。
「ま、まあ……!」
ラモーナ様だった。ラモーナ様はこの間宣言した通り、ミモザ色のフリルもレースもたっぷりとあしらった袖ぐりが膨らんだ優しいドレスだった。こちらも仰々しくなりがちだけれど、不思議とシリルさんと並んだ途端に様になった。
ラモーナ様は早速シリルさんそっくりな人形を私に預けると、シリルさんに尋ねる。
「舞台のチケットを取りましたの。一緒に行ってくださいます?」
「よろこんで」
シリルさんの言葉に、私は少しだけ驚いた。
普段の慇懃無礼な態度はすっかりとなりを潜め、ロマンス小説に出てきそうな騎士そのまんまな口調に早変わりしたのだ。
あなた私にはものすっごく失礼な人じゃないですか。私には失礼にしてもいいと思ったんですかそうなんですか。
思うことはいろいろあったものの、あからさまに恋する乙女の顔になったラモーナ様が、こちらにくるりと振り返ったのだ。
「それでは、夕方までには戻りますわね?」
「お気を付けてー。くれぐれも人形だとばれませんようにー」
「わかっておりますわ。それでは参りましょう」
こうして、ふたりは出かけていった。
どう見たって美男美女。お似合い。あれだけ舞台調の衣装を着ていても、あれだけ綺麗な顔つきだったらなんでも似合ってしまう。私はそういう美貌とは縁がない。
「人形師だもんなあ……仕方がないよね」
しかしその人形すらも、人間を前にしたら人間の代替品に変わってしまい、私はシリルさんそっくりにつくった人形を見る。人形は自律稼働ながら、設定してなかったら設定してない言葉を発しない。
持ち主に置いていかれても、人形そっくりな人間と出かけてしまっても、それを疑問に思うこともなく。
人形と人形師はいつだって人間社会の裏方であり、人形はどれだけ美しくつくられてもその代わりには完全にはなりえない。人形師に至ってはそもそも美醜が基準になく、私は石を投げられるほど醜悪じゃないだけで、美人からは程遠い。
そばかすだらけだし、髪の毛剛毛だし、赤毛だし、なんかもう、ダメダメ。
私は溜息をつくと、人形に声をかけた。
「店先では邪魔になりますから、向こうで座ってください」
「はい」
シリルさんそっくりにつくった人形をカウンター内に移動させると、一緒にお留守番することとなった次第だ。
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