倒れて看病されてみる

 国王陛下のパレード前になると、王都の街道は華やかになる。

 国旗を店先に飾るのが義務となり、国花である赤いバラがあちこちに飾られる。本当だったらバラは高くて買えないのだけれど、パレードの時期には国から配られるおかげで、ほんの少しだけうちも華やかになる。

 店のほうも繁盛そのものだ。


「素敵な人形! 瞳が凜々しいわ」

「お褒めにいただき光栄です」

「この人形とパレードに行きますわね」

「パレード、お楽しみくださいませ」


 恋人人形を取りに来た人たちで、店先はごった返していた。

 納期前、私は三日間寝ることすらできず、必死にカツラをつくり、化粧を施し、服を縫い続けていた。人形のパーツパーツを組み立て、綺麗につくった人形に、自律稼働の魔法を施す。

 ただでさえ不眠不休の体で魔力をガンガン使ったものだから、私は疲労困憊だった。

 元々お世辞にも綺麗とは言いがたい顔は、肌色がだんだん土色になり、目の下も隈で落ちくぼんでしまっていた。それを隠すために、普段は外出用に使っている黒いローブを羽織ってフードで必死に顔色を誤魔化しながら接客をしなければいけなかった。

 貴族のお嬢さんたちは皆、晴れやかな笑顔で素敵なドレスを着ているから、余計に隠さないと悪いと思った。

 疲れて発注書すら目がかすんで読みにくくなっていたというのに、カツラ間違いも瞳間違いもなく、順当に連れ帰ってくれ、最後のひとりが帰った際、久し振りに店の中はガランとした。


「つーかーれーたー……」


 私はペシャン、とカウンターにもたれた。

 でも、パレードが終わったら、岩絵の具を取りに行かないと。少し寝て、体力回復しないと、山登りはできないもんね。

 今日は早めに閉店しようと、店の扉のプレートを引っ繰り返そうとしたとき。


「エスター?」

「あら、シリルさん。こんにちは。もうパレードのせいで、ずいぶん賑わってますね」

「そうだな。俺も警備に当たることになったから、当日は大変だが。まあ、この辺りは朝一番に通り過ぎるから、今が一番賑わっているかもしれないが」

「あはははは」


 ここは王都の端っこだから、国王陛下も顔見せくらいで、あとは人だかりしか見えないことだろう。


「シリルさんはやっぱり、もっと王都の中央くらいなんですか。警備は」

「この辺りだが」

「あれ」

「なんだ、不満か。だから警備の仕事自体はすぐに終わる」

「いえ……普段からもっとこう、中央のほうでお仕事されてるみたいだったんで、意外でした」


 思えばシリルさんも、たまたま立ち寄った辺鄙な町で、シリル型人形を見かけなかったら、私に声をかけてこなかった訳だしなあ。

 うんうん、と思っていたら、シリルさんがこちらを眉間に皺を寄せて見つめてきていた。今日はまだ彼になにもした覚えはない。


「なんですか……?」

「出かけるのか?」

「えっ?」

「今日はずっとローブを着てフードまで被ってるが」


 ギクリ。と私はした。

 ……ただでそばかすだらけな顔なのだ。それが土色で目の下に隈ができてたら、どう見たいって綺麗じゃない。

 シリルさんにそんな顔見せたくない。私は腰が引けながら、「アハハハハ」と空笑いを飛ばす。


「そ、そうですね……もうちょっとしたら、晩ご飯のおかずでも買いに……」

「いつもはもっと閉店時間が遅いと思うが」


 なんで今日に限ってシリルさん、こんなにグイグイ来るの。暇なの。

 とにかく顔色を見られたくない私は、必死に顔を逸らす。


「と、とにかく、今日はもう、営業終了で……パレードの人形も、全部納品完了しましたから……」


 だんだん、視界がぐにゃぐにゃになってくる。


「おいっ!?」


 シリルさんの声が聞こえたような気がした。

 頭が痛い。


****


 小麦の匂いがする。あと温かいスープの匂い。


「……うっ」


 目が覚めると、そこは私の私室だった。テーブルの上には、パンとスープが置いてあった。そして椅子に座って私のほうをじっと凝視しているシリルさんの姿に、私はぎょっとして布団で顔を隠した。


「おい。寝たふりをするな」

「み、見ないでくださいよっ、みっともない顔をしてるんですから!」

「というか、いったいなんなんだ、この顔は!? 死人みたいな顔色で隈までつくって!」

「死人とか言わないでくださいよぉ、仕方ないじゃないですかっ、飛び込み依頼が殺到したんで、三日三晩寝ずに作業してたんですからぁ!」

「そんなの普通に体に悪いだろ!? 自分の許容量を考えて仕事をしろ!」

「普段だったらそんなことしませんってばあ!」


 見られた。見られた。こんなみっともない顔を見られた。

 とうとう私は布団に顔を突っ込んだまま、しくしくと泣き出してしまった。こちらが震えいているせいか、それとも嗚咽が漏れ聞こえるせいか、たちまちシリルさんは狼狽えたような声を上げる。


「お、おいっ、そんなに私室に入られるのが嫌だったか!? それとも台所に勝手に入ったのがまずかったか!?」


 なんでそんな狼狽えるのだろう。私は泣きながら言う。


「……私は生まれた頃から醜いです」

「うん?」

「赤い髪が嫌でした。代々魔力のある家系だから、髪はにんじんみたいに真っ赤で……一度は髪を染めてみましたけど、魔力のせいかすぐに元の赤い髪に戻ってしまって駄目でした」


 シリルさんは押し黙ってしまった。

 赤い髪は王都では珍しい。でも郊外だともっと石を投げられたりするから、王都の端っこというのが、一番魔女にとって住みやすい場所だった。実力があれば王宮魔術師にだってなれるし、魔女の培った技術を使えば、それなりに感謝されるからだった。この手の因習の染みついている郊外のほうが、私たちには住みにくい。

 私はしくしくと泣く。


「日に焼けるとすぐそばかすだらけになって……だから人形師になったんです。人形は造り手の好きな姿をつくれるから……そばかすのない、金髪や茶髪とか、可愛らしい女の子の……女の子の人形だけつくっていたかったんです……」


 言わなくてもいいことまで、ペラペラしゃべっている自覚がある。三日三晩寝てなくて、やっと寝て起きたら、自分のコンプレックスを見られて、思っている以上にショックを受けている。

 しばらく黙っていたシリルさんは、ボソリと言った。


「……ダリア」

「はい?」

「俺は初めてエスターを見たとき、ダリアの花みたいな髪色で美しいと思ったが、それでもお前の中では醜いものになってしまうのか?」


 思ってもいなかった言葉に、私は布団の隙間からシリルさんを見た。

 いつもよりも静かな佇まいだが、社交辞令の笑みは全く浮かべておらず、私に向けている慇懃無礼な態度で、布団に篭もっている私をじぃーっと、その綺麗な碧い目で見つめていた。


「……ダリア、ですか。花は綺麗ですね。でも……私、そばかすだらけで」

「そばかすが浮いているということは、健康な証拠だ。俺は日に焼けると顔が真っ赤になって焼け爛れるから、薬で炎症を抑えないといけない」

「……シリルさんの顔も、爛れてしまうんですか?」

「遠征に行けば普通にそうなる。任務だから仕方がない」


 これは慰めてくれているのか本当のことなのか、彼は本当にいつもの無愛想な表情だったために、私には判別付かなかった。

 ただ、多分この人は偉そうな口調の割には、存外に優しい人なんだろうと思った。私はおずおずと布団の中から出てくると、シリルさんは私の癖のついた赤い髪に指を這わせた。


「やっぱり綺麗な髪だ」

「……で、でも……雨の日は爆発しますし、箒みたいに剛毛だし、癖毛だし……」

「だが手触りがいい。ちゃんと手入れされているいい髪だ」


 そう髪を手櫛で梳かされたら、もうなにも反論ができなくなってしまった。

 自分の気が緩んだのか、お腹がクルクルとなった。前にシリルさんの腹の音も聞いたから、おあいこだ。


「早く食べろ。冷める」

「あ、ありがとうございます……でも、シリルさん料理できたんですね?」

「一応寮で自炊はしている。だがここの台所どうなってるんだ。魔法石もなにもないから、仕事で持ち歩いているものを使う羽目になったぞ」


 そうぼやくのに、私は笑いながらベッドから出て、食事をいただいた。

 魔法の使えない人たちは、基本的に魔法石に宿った魔力を使って様々な用事を簡略化している。自律稼働の魔法に使っている歯車も、動力には魔法石が使われている。

 私は「私、人形師ですから、魔法石なくても普通に火は使えますし」と言いながら、スープをいただいた。今の時代、魔女は少数派になってしまったけれど、魔法石なしでも普通に魔法は使える。

 多分私が残していた干し野菜でつくってくれたんだろうけれど、すごくおいしい。パンをちぎって浸して、ゆっくりといただいた。


「……おいしい」

「そうか……パレードが終わったら、出かける約束だが。出かけられるか?」

「パレードの日は暇でしょうから、店開けててもそんな人は来ませんよ。シリルさんも言ってたじゃないですか、朝一番で通り過ぎると」

「……違いない」

「その次の日、出かけましょう」

「ああ」

「山登りしないと駄目なんですけど、大丈夫ですか?」

「……山登り? そこまできつい道を行くのか?」

「私は慣れてるんですけど、慣れてない人にはつらいかもしれません」

「一応山にも遠征には行くから、そういうのには慣れているが……エスターは慣れているのか?」

「慣れないと岩絵の具をいただけませんし」


 思えば不思議な話だった。

 この人、ラモーナ様とのデートを承諾した条件が、どうして私と出かけることだったんだろう。一瞬自分に都合のいい想像が頭によぎったものの、すぐに打ち消した。

 シリルさんが私に優しくしてくれているのは、騎士が市中の人間を保護対象にしてくれているからに過ぎない。そりゃ三日三晩も不眠不休で仕事して倒れたんだったら、普通に心配するだろうし、可哀想な貴族令嬢の肩を持ちたい私の気持ちだって、少しは理解を示してくれる。

 ……どうせ、今は一対一だ。他の人がどうこう言わないから、今だけは甘えさせてもらおう。私はそっと思考に蓋をした。

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