パレード終わりお茶を飲む

 朝、急いで掃除をしてから、店を開けておく。

 人形自体は前日に全員引き取りに来てもらったから、今日はよっぽどの緊急メンテナンスでも入らない限り、人は来ないだろう。

 しばらくしたら、鼓笛隊の軽快な音楽が鳴り響いてきた。

 王都の端から、ぐるっと回って王都中央部に向かう、国王陛下のパレードがはじまった。騎士団はあちこちに配属され、見回りを行う。私たちの住む王都の端だと、この時間にパレードが通過したら、もう来ない。

 街道をちらりと見ると、店先からパレードを見学する人、屋根に乗って見守っている人、路地裏からこっそり覗き込んでいる人たちで溢れている。一部の人たちは私服で警備をしている騎士団なのだろうけれど、騎士団もまた、馬に乗って国王陛下の乗っている馬車を先導しはじめる。

 やがて、白馬の騎士団が現れた。

 王都騎士団はたいがい美形揃いなため、パレードの見学に出かける女性陣は後を絶たない。恋愛禁止条例が全く適用されていない平民だったり、人形と一緒に見学に行く貴族令嬢なりがいい場所を陣取って眺めているのだ。

 私がしばらく眺めていて、思わず息を飲んだ。

 シリルさんがいつもの騎士団服にマントをつけ、サーベルを差して馬に跨がっていたのだ。

「まあ……王子様みたいな方だわ」

「本当に……素敵な方」


 パレードを見物していた人たちが、皆一斉にシリルさんのほうに視線を向けてうっとりとしている。

 そりゃラモーナ様も、彼そっくりの人形をつくってほしいなんて依頼するよなあと思う。全員ではなくても、半分以上はうっとりと見てしまっているのだから。

 そして国王陛下の馬車の通り過ぎる。

 国王様と王妃様が笑顔で手を振っているのが過ぎ、さらに騎士団が進んでいったら、パレードが終了だ。あとは王都の中心部のほうへ中心部のほうへと進んでいく。もっと国王陛下のスピーチや鼓笛隊の音楽を聞きたいという人たちは中心部まで向かうのだけれど、私は店もあるからしばらく眺めていた。

 シリルさん、この辺りのほうの警備だけって言っていたのに、馬車に乗ってらしたということは、予定が変わったのかしら。私はそう思いながら、今日は久し振りに店の注文もなく、メンテナンスもない暇な状態を持て余していた。

 どうせだったら、パレードの期間は屋台が出ているから、その屋台でご飯を買おうかなと思いながら、しばらくはカウンターに肘をついて、お客様を待っていたのだった。


****


「いやはや、本当にすまないね、助かったよ!」

「いえいえ。経年劣化がございますから、もしよろしかったら一年に一度は店にいらしてください。メンテナンスしますから」

「わかったよ。次からは気を付ける!」


 暇を持て余していたら、本当に久し振りにメイド人形が急に動かなくなったと、新興貴族の方から連絡をいただき、修理に取りかかっていた。

 服を脱がして確認してみれば、どうも自律稼働の歯車が錆び付いてしまい、上手いこと魔法が機能しなくなっていたのが原因だったので、新しい歯車を用意して魔法をかけ直し、交換することで無事に動くことができるようになった。

 ついでにサービスで、私がレース編みしたヘッドドレスを着けてあげた。ボブカットの可憐なベージュ色の髪に、レースのバラが咲いた。

 メイド人形はこちらにペコリとお辞儀をした。


「ありがとうございました」

「いえいえ。私も楽しかったですから」


 銀貨をいただいて、私はうきうきしながら帰って行った。

 メイド人形はいい。可愛い髪型を考えり、それに似合うオプションを考えたり、メイド服のデザインを考えたり。なによりも肌がつるんつるんしていて、化粧をするほうも楽しいのだ。化粧をしても全然綺麗にならない私だと、余計にそう思える。

 ……シリルさんが褒めてくれたって、一朝一夕で長年培ってきたコンプレックスが消える訳でもないしなあ。そう思いながら店に戻ろうとしたら。

 店の入口に見覚えのある人がうろうろしているのが見えた。既に騎士団の正装を解いて軽装になっているシリルさんだった。


「シリルさん? どうしましたか?」

「……ああ。エルシー。パレードで俺の出番は終わったからな」

「終わりました、か? でも先程のパレードで、シリルさんいらっしゃいましたよね?」


 先程眺めていたシリルさんを思い返しながら口にしてみると、シリルさんは気まずそうにふいっとそっぽを向いた。


「見たのか」

「は、はい? 見ましたけれど」

「……本当はあんな目立つ引率の仕事はしたくなかったんだが……王城側から、警備じゃなくってパレードのほうに回れと言われた」

「あら、まあ……それはそれは、お疲れ様です」


 パレードは見目のいい人で固めるって聞いていたけれど、それでシリルさんもこの辺りの警備の仕事からパレードのほうに回ったのね。顔がいいというのも考え物だ。

 私の荷物を持っているのに、シリルさんは首を傾げた。


「今日は仕事はないと聞いていたが……」

「あー。前に納品した人形が壊れたっていうので、メンテナンスに行っていたんですよ。特にメイド人形なんて、お仕事忙しい方がお買い上げしますから、なかなかメンテナンスにも出さずに、唐突に呼び出す方も多くって」

「大変なんだな……」

「新興貴族の方々は、お仕事たくさんして名前上げないといけませんから。もっとお金稼げるようになりましたら、普通のメイドさんも雇えるようになるんですけどねえ。ああ、そういえばシリルさんは、お食事もういただきましたか?」

「いや? まだだが」

「今日は屋台がたくさん出てるじゃないですか。それでたくさん買ってきたんですけれど、よろしかったらいかがですか?」


 私は屋台で並んで買ってきたものを並べる。

 マフィンサンドにはマフィンの間に分厚いベーコンと卵が挟んであり、コテージパイにはパイ生地の中に羊の挽肉がたっぷり入って焼いてある。あとパヴァロワは卵白を焼いた生地の上にクリームとジャムをたっぷり塗った軽い食感のケーキだ。

 それを呆れた顔でシリルさんは眺めていた。


「いくらなんでも買い過ぎじゃないのか……こんなにひとりで食べられないだろ」

「甘い物は別腹ですし。それに多分もうちょっとしたらシリルさんもいらっしゃるんじゃないかと思いまして。先日はごちそうしてくださったのに、お礼もできてませんでしたし。私ひとりじゃあんまりご飯たくさんつくれませんから、買ってきました」


 そう言うと、シリルさんはなんとも言えない顔をしてから、視線を逸らしてしまった。気のせいか、耳から首筋まで真っ赤だ。


「あ、あのう……余計なことしましたか?」

「……なんでもない。お茶くらいは淹れる」

「あらまあ。でもうち、高価なお茶っ葉はあんまり買えませんから、麦湯くらいしかありませんけど」

「茶葉は俺が持っている」


 そう言いながら、軽くシリルさんはポケットから缶を取り出し、それを振った。私はそれを「おお……」と言いながら彼を家に招き入れた。

 台所に私は手をかざして魔力を注ぎ込むと、火がついた。それにシリルさんは「おお……」と声を上げる。


「あんまり驚くほどの魔法じゃないですよ。今だったらだいたい魔法石が代替してくれますから、魔力なくっても魔法使えますし」

「だが、これは普通にすごい」

「褒められても屋台で買ったご飯しか出ませんよぉ。ああ、お茶はこれで淹れてください」


 私がポットを差し出したら、沸いたお湯でシリルさんは丁寧にお茶を淹れてくれた。

 ポットから漂ってくるのは甘い匂い。紅茶……貴族以外だったら高級品過ぎて、ほとんど手に入らない。だから平民には安価の麦湯が流行っている。

 私はカップを持ってきながら申し訳なくなる。


「すみません……こんなに素敵なお茶ですのに、カップ安物しかなくて」

「そうか? いいものだと思う。淹れるぞ」

「あっ、はい。それじゃあ買ってきたものも分けますね」


 ふたりで席に座り、屋台のものを分けながらお茶を飲みはじめた。

 マフィンサンドのチーズとベーコンは香ばしく、コテージパイはこってりしていそうで後味はさっぱりだ。そしてデザートのパヴァロワは、本当に軽い食感でいくらでも食べられる

。そしてシリルさんの淹れてくれた紅茶。

 なにも甘いものを足してないのに、不思議と甘い。


「……不思議ですね。このお茶。なにも入れてないのに甘いです」

「これはそういう茶葉だな。ミルクティーにするんだったらともかく、なにも足さないんだったら、色がほんのり色付く程度でいい」

「へえ……不思議です。甘いのに、食べてるものの味を邪魔しません」

「無理に後引く甘味を足してないからな。口直し用だから」

「不思議ー」


 ふたりでたっぷりと屋台のご飯を平らげてから、次の定休日の話になった。


「たしか、岩絵の具を取りに行くと言っていたな?」

「あ、はい。人形に化粧するために必要なんです」

「……前から思っていたが、取りに行くというのは?」

「そのまんまの意味ですよ」

「……はあ?」


 そういえば。人形師以外だったら、魔女の中でももうほんの少しの人しか知らないもんなあ。そう思いながら、私は手にシャベルを持って言った。


「宝石鉱山に登って、土を掘り起こすんです。それで岩絵の具は取れますから」

「……はあ?」


 シリルさんは思ってもみなかったというように、顔が崩れた。

 綺麗な顔がもったいない。


「大昔は魔女だけでなく、染料師とか画家とかも一緒に宝石鉱山に登って一緒に土を掘ってたんですけど、産業革命からこっち、魔法以外で染料をつくる方法が増えたんで、今だったら人形師やこだわりのある染料師、あと魔法に使う魔女以外はほとんどわざわざ登山しませんから」

「そ、そうだったのか……でもそのためにわざわざ山に登るんだな」

「当然ですよぉ。たしかに塗るだけだったら、王都の外れにだって画材屋さんはありますし、そこで売ってる岩絵の具でもいいんですけど、これを生きてる風に見せる魔法をかけるとなったら、自分で取った岩絵の具でなかったら、なかなか難しいんです。そういえばシリルさん、荷物持ちしてくださるって聞きましたけど、登山で岩絵の具を細々と運ぶとなったら、結構重くて大変ですけど大丈夫ですか?」

「……問題ないが。さすがに掘るのには協力できないかもしれない」

「別にいいですよぉ。さすがに宝石鉱山に登るのは、結構大変ですから、一緒に手伝ってくれるだけで嬉しいです」


 私がそうきっぱりと言い切ると、途端にシリルさんは上機嫌になった。


「そうか……そうか」


 その態度に、私はこの人は借金とか貸しとかつくるの苦手なのかなと思ってしまった。

 でもあれ? 元々はラモーナ様にデートをしてあげて欲しいという私の頼みからだったと思うけど。この間の看病のこと考えたら、もう貸し借りはなかったと思う。

 今もこうして普通に一緒にご飯食べてたし。

 どういうことなんだろ。私はシリルさんが嬉しそうに頷いているのを見ながら、しきりに首を傾げていた。

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