プロムの様子を観に行く
プロム用に準備した人形たちは、次々と引き取られていった。どれもこれも顔がいい人形たちであり、それに抱き着いているお嬢様たちを見ると、喜んでくれてよかったという気持ちと同時に「この子たちの幸せはこれでいいんだろうか……」と心配になる。
私自身、そもそもかつて住んでいた村の学校を卒業したあと、すぐに人形師の元で修業していたため、プロムなんて経験したことがない。
これでいいのかなあ……? そう思っていたら、こちらにものすっごくコソコソとあちこち見回っている男の子がいるのが見えた。
アッシュグレイの癖毛で顔を全部スカーフで隠している。
……まさか、強盗だろうか。そうは思っても。服はどう見ても王立学園であり、令嬢がやってくるたびに路地裏に隠れてしまうため、一向にうちの店にやってこないのだ。
最初は怪訝に思っていたものの、だんだん気の毒になってきて、私は思わずカウンターから出て、「どうかなさいましたか?」と声をかけた。途端に「ひいっ!」と肩を跳ねさせた。
「あのう……?」
「に、にん」
「にん?」
「人形師さんの店……ですよね!?」
「はい、そうですよ」
「出来合いのメイド人形っていませんか!?」
「出来合いのですか? ええっと……」
一応店先にサンプルとして展示してある人形はある。前に人形の衣装を欲しがっている人がいたり、人形だけ欲しがる人がいるから、その都度サンプルの人形は変わっている。
今は暇な時間帯に、私の考えたとても可愛いメイド人形ということで、栗色の三つ編みおさげに編み上げワンピースのメイドを展示していた。
ただ、展示用なために、自律稼働の歯車をセットしていない。
「自律稼働の歯車を取り付けるお時間さえいただけましたら」
「そ、それ……! プロムに、間に合いますか!?」
「あら。まあ」
そりゃ当たり前の話だった。
婚前恋愛禁止条例のせいで、プロム用恋人人形が飛ぶように売れているのだから、令嬢だけでなく、令息だって相手がいなくて困っているだろう。
一応調整ができなくもないが、さすがにメイド服でプロムに出すのも駄目だろう。
「……わかりました。ひと晩で仕上げますから、明日取りに来てください。一応書いてくださいね」
発注書を書いてもらい、【とにかく可愛い】【お嬢様】【エスコートしやすく】とキャラ設定をいただき、思わず笑う。本当に婚前恋愛禁止条例のせいで、順調に恋愛音痴の子たちが増えてるな。
私は「かしこまりました」と言って見送ると、既に用意している型紙で合わせて、ドレスを縫いはじめた。ペパーミントグリーンの愛らしい編み上げのドレスをつくっていたところで、馬車が近くで停まったのに気付いた。
もうそろそろ納品予定の人形はなくなるはずなんだけどなあ。そう思いながら手を止めずにいたら「失礼します」とやって来た。
メガネにキリッとしたスーツドレスを着ている女性だった。
「こちらも王立学園の生徒たちに向けて、プロム用人形を販売していると伺いましたが」
「あ、はい……そうですが」
「わたくし、こういうものです」
そう言いながら、女性は活版印刷の名刺を差し出してくれた。
これはご丁寧にと受け取ると、その人は王立学園の先生だった。まさか校則で人形が禁止になったとかないよなあ。
さすがにそれは、大金はたいて人形を買い求めに来た子たちが気の毒だ。そう思って緊張していたら、意外な提案が来た。
「おかしな条例のせいで、人形を準備してくださってありがとうございます。しかし我が校には残念ながら魔法のスキルを持っている方も、学園卒業の人形師のコネもありません。王都在住の人形師たちに回っているのですが、よろしかったらプロムに参加してくださらないでしょうか?」
「……はあ?」
そんなプロムに参加って、人形師がなにしに行けと。
私が困った顔をしていたら、先生はおっとりとした顔をして続ける。どうもキリッとしているのは顔つきだけで、卒業生思いのいい先生らしい。
「婚約者と踊れればそれが一番なのですが、それができない生徒が大勢いらっしゃいます。ですから、せめて人形たちと楽しくプロムを過ごしてほしいのですが、人形の不具合があったら困りますから、待機する人形師を探しているんです」
「ああ……なるほど」
魔法医がたまに王立学園の健康検診に出かけていることがある。これが比較的実入りがいいらしい。
人形師には縁がないと思っていた話だけれど、たしかに卒業最後の想い出なんだから、ちゃんとしてあげたい。
「わかりました。なら人形師とわかりやすい格好のほうがいいですね?」
「はい……お願いできますか?」
「わかりました」
こうして私は金貨を一枚いただき、それでプロムに出かけることとなったのである。
****
たしか一時期騒然としていた婚約破棄騒動も、大概は卒業式のプロムの直前に行われ、それのせいで恥をかかされた令嬢が家から出られなくなってしまったり、王都にいられなくなって郊外に出てしまったりしたという。
王立学園の先生方がわざわざプロムに外部の人間を集めたのも、婚約破棄のせいでひどい目にあった令嬢令息の罪滅ぼしで、せめて現在の卒業生たちにきちんとした想い出をつくってあげたいという気配りだろう。
……婚約破棄が流行ったときも、こうやって奔走していた学校の教師陣がいたのかと思うと、気の毒過ぎる。
さて、私は顔見知りの人形師たちと合流しつつ、世間話をする。
全員、真っ黒のワンピースに真っ黒のローブと、どこからどう見ても魔女だとわかる格好をしている。
これが宮廷魔術師であったら金糸の刺繍がローブに入っているし、魔法医だったら白い羽根の刺繍が入っている。ちなみに人形師はそういうわかりやすい刺繍は入っていない。
先生方から「こちらの席にいてくだされば、食事や飲み物は取りに行って自由ですから」と言われて、席に移動する。
プロムということで、皆が皆、中庭に集合して、ドレスやドレスコートで踊っている。
王都に在住の婚約者同士は幸せに踊っているのはもちろんのこと、意外と人形と踊っている子たちも楽しそうなのにほっとした
「この人形素敵ね。どこで買い求めましたの?」
「こちら? こちらは元々うちの執事人形でしたの。人形師に頼んで、プロムのときだけ恋人人形として動けるようにしてもらいましたの」
「まあ……!」
皆楽しそうなのは、幼少期に意外と人形遊びをしたことがないからかもしれない。
一般庶民であったら、幼少期親がいないときは、人形が遊び相手だったが、令嬢令息は小さい頃から礼儀作法や詩の暗唱を求められるから、王立学園に入学するまで、意外と遊び慣れている子たちがいない。
恋人人形を見せびらかす姿は、幼少期に人形を持ち寄って皆でままごとをしている姿に少しだけ似ている。
「ご令嬢が楽しんでくれてよかったです」
「それが、令息にも意外とよかったみたいですよ」
「ええ?」
「あら、エスターは元々メイド人形を大量につくってなかったかしら?」
「最近はほとんど令嬢用に恋人人形ばかりつくってますよ?」
「意外とねえ、令息も女性の形をしている人形が近くにいたら、動きが優しくなるんですよ。ほら」
そう言われて見ていると、私のところにわざわざ変装して人形を買いに来た令息が目に留まった。
ドレスをつくってあげ、あまりにも抽象的な注文をなんとか再現した自律稼働の歯車の彼女をエスコートしている。
「ここ、段差があるから」
「かしこまりました」
……私が見たときは不審者丸出しの動きをしていたのが、どう見ても女性をエスコートする動きに替わっている。
可愛い女の子の視線があるっていうのは、これだけ重要なもんなんだろうか。
でも実際に、綺麗なもの可愛いものが近くにあると、皆が皆、その動きが優しくなる。
「私たち人形師は、人形は人形って思っていますけど、持ち主は意外とそうでもありませんね。その人形にふさわしい動きに替わっていきますから」
「そういえばそうですね」
「……その優しさを、婚約した人たちにも向けてくだされば、最高ですね」
「私たちが恋人人形をつくってるのだって、そういうことですもんねえ」
婚約者との関係見直せ。
婚前恋愛禁止条例が出回ったとき、最初は正気かと思ったし、今も納得できていないが。
優しさの練習をするために、人形を大切にするところから覚えるのだったら、悪くはないのかもしれない。
……人形に向けた優しさを、頼むから婚約者にも向けてとは、人形師一同は皆心から思ってはいるけれど。
やがて、皆がざわついているカップルが見えた。
「ベアトリス様の相手……あの人形素敵ですわね」
「本当に……」
「たしかベアトリス様は卒業されたら隣国に?」
「予定が合わなくってプロムにはいらっしゃらないと」
「それはまあ……」
私がつくった人形と踊っているベアトリス様は、それはそれは美しいものだった。
深紅のドレスは、少しでもデザイン、アクセサリーがずれてしまえば途端に下品になってしまうのに、首の真珠のネックレス、耳元の真珠にイヤリング、アップにまとめた髪で見事なまでに上品に仕上げていた。
私が用意した王子様人形も、真っ白で清潔感溢れる雰囲気につくったものだから、白バラと赤バラがダンスを踊っているようで、誰もが魅了される。
……皆に、素敵な想い出を与えられたら、それはとても嬉しい話だなと思う。
私たち人形師は、サングリアを飲みながら、それをのんびりと眺めていた。
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