突然の訪問に戸惑う

 この数日は、王都にも熱波が訪れて、昼間は通りも閑散としている。

 これだけ暑いと誰も来ないため、受注している仕事も夜まで作業ができず、ミントティーを飲んでやり過ごしているものの、どうにもカウンターで座っていてもぐったりとしてしまう。

 そんな中、この炎天下でもドタドタとした足音が響いて思わず笑ってしまう。これだけ暑い日でも元気な人だ。


「エスター、いるか?」

「はい、こんにちはシリルさん。暑いですね、今日も。今日はミントティーしか出せませんけどいかがですか?」

「いただこう」


 さすがに炎天下で見回りの仕事をしていた人に熱いミントティーを出すのも可哀想で、少し魔法で水を出して冷やしてあげた。冷却魔法は難しいため、私のような半端な人形師ではそこまでサービスはできない。

 差し出すと、シリルさんは喉を鳴らしてごくごくと飲む。


「見回りの中でお茶が飲めるとはな。すまない」

「いいえ。それで、今日はなんですか? プロムは無事に終わりましたよねえ?」


 プロムの人形自慢で楽しかったのか、後日ベアトリス様は追加で褒賞をたくさんもらって目を白黒とさせていた。お姫様は気前が良すぎる。

 一方ベアトリス様の妹君たちも人形に興味深々のようだったけれど、さすがに幼少期から恋人人形を差し出すのは早過ぎるだろうと、子守り用の民間人が小さい頃着せ変えたりままごとしたりして一緒に遊ぶ人形と服をたくさん用意してプレゼントしたら、ずっとギューギューと抱き締めてどこにでも連れて行くようになったという。

 多分こういうのが広まれば、もうちょっとだけ貴族も優しさを覚えるようになる気がする。

 それはさておき、本当にシリルさんなにしに来たんだろう。

 私がわからないまま、自分もミントティーを飲んでいたら、ようやっとシリルさんが口を開いた。


「……うちの実家に来て欲しい」

「…………」

「おい、エスター」

「……はいぃ?」


 それしか言葉が出なかった。

 さすがにいろんなものに疎い私も、妙齢の男性の家に遊びに行く意味くらいわかる。

 私はあわあわとした。


「な、ぜ、です、か……そういうのは、あまり、よくないと……」

「このところは実家もすっかりと諦めたのかと思って放置していたが、最近になってまた見合いのための釣書が実家から送られてくるようになった。はっきり言って迷惑だ。だから、うちの両親にエスターを会わせたいんだが」


 そういえば。この人見合いの話はすぐ来るのに、この人の口の悪さのせいで全部破談になっていたと、自己申告していた。

 そりゃなあ。王子様みたいな見た目だもんなあ、口を開いたら本当の本当に、暴言ばっかり吐き出すのに。

 私は思わずジトォーと凝視していたら、シリルさんは気まずそうな顔で頬を引っ掻いた。


「見合いはしたくない」

「……私をそういうのに使わないでくださいよぉ。そもそも騎士の方のご実家って、魔女が出かけて行って大丈夫なんですかぁ」

「それは別に問題ないが。服は送る。頼む」


 そう言われて頭まで下げられてしまったら、これ以上突っぱねてもなあと思う。

 仕事を斡旋してもらっている、看病されたこともある、お出かけしたこともあるし……そういえばパブに行く話が、熱波のせいで飛んでしまっている。


「パブ……」

「パブ? 熱波が引いてからじゃないと出かけられないだろ」

「わかってますぅ、シリルさんのご実家に顔見せに行きますから、パブ連れてってくださいよ。頼まれて行く以上はおごりですからね。おごってくださいよ」

「あ、ああ……じゃあおごる。実家にも行く。それでいいな?」

「それでなら」


 こうして、私は夜にまとめて仕事を終えると、シリルさんの贈り物が届き次第、出かけることとなったのである。


****


 爆発している頭を、必死に抑え込んで夜会巻きにするのも、ほとんどシリルさんのせいだったなあと思い返す。

 赤毛は毛根逞しく太くて硬くてまとまらない。必死に夜会巻きでぐるぐるまとめているだけで、ぜいぜいと息を切らしていた。

 そして。シリルさんから届いた服に、私は「はあ……」と声を上げた。

 水色のワンピースだった。流行ラインからは外れているけれど、オーソドックスなものだ。これなら夏場でも照り返しで暑くなることもないだろう。

 水色のワンピースを着て、最後に日傘と鞄を持って出て行った。

 待ち合わせの辻馬車乗り場では、普通にシリルさんが待っていた。珍しくきっちりとしたジャケットを着ている。


「おはようございます。今日は……」

「エスター。おはよう……よく似合ってる」

「はあ、ありがとうございます」


 私はぺコンと頭を下げると、シリルさんはあからさまに顔を逸らした。

 もうなんなんだ。お見合いが嫌だから家族に会って欲しいと言って、自分の好みの服贈ってきて視線を逸らすのは。


「全部終わったら、パブでちゃんとおごってくださいよぉ」

「あ、ああ……わかっている。エスター」

「はい」

「……お前の家族は?」


 尋ねられて、どう答えたものかなあと考える。


「皆、結構ばらけて暮らしていますんで、今どこにいますかねえ」

「待て待て待て。魔女はそういうものなのか?」

「大昔はそれこそ、町にいる魔女はひとりだけって決まりもあったらしいんですけど。郊外で石を投げられる話が増えまして、王都から離れたがらない魔女が増えたんですよねえ。なによりも、王都が一番仕事ありますし。私のおばあちゃんも王都で薬草売ってましたけど、魔法医以外は薬草売っちゃ駄目になりましたから引退して森に篭もっちゃいましたし。お母さんはお父さんと旅してますから」

「……そんなに自由なのか?」

「というより、この数年王都で暮らしている魔女や人形師が珍しいのであって、基本的に根無し草ですかねえ」

「……わかった。あとのことは、俺の親に会わせてから考える」

「私の家族に会いたいんですか?」

「と、いうよりな」


 そう言いながらシリルさんはずいっと顔を近づけてくる。顔がいい。


「いい加減これ、実家に挨拶だと気付いてほしいんだが……」

「あー……あーあーあー……あー」


 そういえば。結婚と恋愛は密接につながっているからこそ、自由恋愛やめろみたいなのが現在の王都の風潮だった。

 だからこそ、男女で一対一で普通に何度も遊びに行ったり、飲みに行ったりしていたら、普通に付き合っているカウントになるんだった。

 そうかあ……そうかあ……私、シリルさんの中で普通にお付き合いの相手だったんだ……。

 ……片思いじゃ、なかったんだなあ。

 そう考えた途端に、目尻に涙が溜まり、気付けばしくしくと泣きはじめていた。それにシリルさんがうろたえる。


「お、おい。なにをそんなに……」

「……私、思っているよりシリルさんに好かれてましたね」

「当たり前だが!? ……まさかと思うが、魔女は」

「魔女は基本的に言霊優先ですから、普通に愛を言葉にしなかったら、付き合っているという形になりませんけど」


 私がそう言うと、途端にシリルさんは顔をどっと赤く火照らせる。


「……俺は、初めてダリアみたいな髪の色を見たときから、ずっと惚れていたが」

「そこまで早かったんですか?」

「悪かったなあ、お前はどうだったんだ」

「どう……と言われましても……わかりません」

「おい」

「お口の悪い人だなあと思いましたし、態度も悪い人だなあと思いましたけど、性格はいい人だなあと思ったので、好きになりました」

「そうか……そうか」

「はい」


 辻馬車は揺れる。

 ガタゴトと揺れる。

 その中私たちは肩を寄せ合って、少し肩に触れるたびに、なんだか気恥ずかしくなって縮こまっていた。

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