挨拶に行き、泊まる

 辻馬車が向かうのは、王都の中でもそこそこ広い区画だった。

 中心部は城下町として栄え、商人が多く、その分だけ騎士の出入りも多くなる。

 そして王城より北のほうは貴族の邸宅、豪商の邸宅と続き、その先の庶民の住む集合住宅の間に、騎士の邸宅がある。

 シリルさんは「爵位がない」とは言っていたものの、当然ながら店の二階で寝泊まりしている私から比べればかなり大きな邸宅だった。

 執事らしき人が案内してくれた先には、意外そうな顔をしている上品な服装の夫妻が待っていた。


「シリル……お前本当に付き合っている人がいたのか」

「あらあら、まあまあ。あなたこちらの縁談を全部潰してしまうくらいだったのに、付き合ってくれる人がいたの」


 両親ふたりの一斉のツッコミに、シリルさんはこちらから見て可哀想なほどに顔を真っ赤にして「彼女の前でそういうことを言うな!?」と声を荒げた。

 どうもシリルさんの口の悪さは、たびたびご家族にも苦言を呈されていたらしい。でも治らなかったらしい。

 ……治らなかったから、私とシリルさんは会えた訳だから、なにがどう作用するのかはわからない。

 ご両親は私にお茶請けのビスケットとお茶を出して、もてなしてくれた。

 不思議なことに、ふたりとも全く私の赤毛に触れることなく、私の仕事やどこで出会ったのかを聞いてくれる。

 さすがに仕事でつくった人形に似ていたせいで怒鳴り込みに来たのが縁なんて言える訳もなく、「シリルさんの詰めている箇所で店を出していた」「たまたま出会って茶飲み友達になった」「仕事で忙殺されていたところで倒れて看病された」と伝えたら、おふたりともものすごく意外な目を向けていた。


「シリル、こんなに人に気を遣えたのか」

「優しいお嬢さんじゃないの、あなたに対してそこまで思ってくれるなんて」

「だから頼むから、そういうことを彼女の前で言うな!?」


 さんざんふたりからおちょくられたあと、お母様がシリルさんに「お茶のお湯を足してきてちょうだい」とポットを渡された。それをシリルさんはなんとも言えない顔で、台所まで向かっていった。

 私は唖然としていたら、お母様に頭を下げられた。


「本当に……うちの子をありがとうございます」

「い、いえ。あの人は優しい人ですから」

「あの子、剣の才能はあれども、当主はあの子の兄に取られ、騎士団の中でも王城騎士団のほうには行けませんでしたから」


 あれ? 王都で一番エリートの行く騎士団?

 あそこは爵位持ちの家系出身か、代々騎士を輩出している家系でなかったら入れない上に、ふるい落としもいくらでもされる厳しいところだと聞いたことがある。

 シリルさん、そんなところに入れるくらいすごい人だったんだ……よくよく考えると、有事の備えとして王都の端っこには二番目に強い騎士団を置いてあるのだから、そこ所属のシリルさんがすごい人なのには代わりないんだ。

 お父様も淡々と言う。


「シリルは父親の私が言うのも難ですが、女性受けする顔立ちのせいで、ひどいやっかみを受け続け、ひどいときは殴り合いで顔が腫れ上がるくらい喧嘩をし続けていました。騎士の子ならいざ知らず、爵位持ちと喧嘩をしたらトラブルになりますから、手ではなく口を使えと注意をしたら……口がまあ、悪くなりまして……」

「まあ……」


 デリカシーのないことなんでそんなにポンポン言えるんだろうと思っていたら。シリルさんはシリルさんで相当参ってたんだなあと同情を禁じずにはいられない。

 でもそう考えたら、あの人が顔を褒められるのはあまり好きなじゃないのは、なんとなくわかった。

 ……私が自分の髪の色に触れられるのが嫌なのと、実は同じだったからこそ、あの人はあれだけ「そんなことない」と言い続けていたのかもしれない。

 お母様はにこやかに続けた。


「そのせいで、顔をやけに褒められるというのは、彼の中では苦痛で、すぐに嫌味や僻みが出て、先方を深く傷つけることがありますが……あなたとはそうならなかったみたいで。どうか、これからも仲良くしてくださいね」

「……わかりました。こちらこそ、許してくださりありがとうございます」


 私は頭を深く下げた。


****


 本当ならば、夕方までには帰る予定だったものの、突然の雷雨でシリルさんの実家から出られなくなってしまった。

 しかしお母様はメイドたちに頼んで、私の部屋の準備をしてくれる。


「どうせならば泊まってくださいな」

「いえ、悪いですよ……」

「いえ。息子たちが成人してしまい、話し相手に飢えているものですから。話し相手になってくださいませ」

「それならば……」


 出された料理はカレーであり、それをありがたくいただく。そして晩酌でお母様といろいろお話した。

 やがてメイドさんが「こちらを寝間着にどうぞ」と貸してくださったネグリジェをありがたく借り、貸してくださった部屋を見て……絶句した。

 ベッドは大き目なものの、どう見ても本来はひとり用だった。その上部屋には大き目のクローゼットがあり、剣が立て掛けている……。

 そして、違う扉が開いたと思ったら、見覚えのある人が絶句していた。


「……母さんの仕業か」

「わわわわわわわ……私、どこで寝たらいいですかね? 床ですか? テーブルですか?」

「落ち着け。エスターはゲストなんだから、床で寝かせられる訳ないだろう。それに一応報告はできたんだから、もう一応は婚約者だろ。普通に一緒に寝ればいい」

「こん……やくしゃ」


 私は爆発しそうになる。

 ほぼ詐欺同然で同伴させられたと思ったら、その場の勢いで告白され、親公認のお付き合いでそのまんまベッド。

 早い。いくらなんでも段階飛ばし過ぎて早い。

 もうちょっとこう、間があるものでは。

 私はあわあわあわあわしながら、必死に言い募る。


「ま、魔女、昨日の今日で婚約したばかりの人と同衾、駄目、ゼッタイ」

「……一応聞くが、そういう風習が本当にあるのか?」

「少なくとも、魔女も昨日の今日でいきなり結婚することはないです! 言霊できちんと愛を語り合ってからでないと、婚約しませんし」

「……まだ足りないと?」


 途端になにか冷えた温度に変わった。

 これなにが? なにか私は踏んではいけないものでも踏んだの? 私があわあわしている中、シリルさんは唸るように言葉を続けた。


「髪の色を気にしていると言ったが、俺には美しくしか見えないと伝えた。そばかすを悲しんでいたから、健康的でいいと伝えた。魔女だからいじめられると言われたから俺がいると伝えた。惚れてもいない女を連れて劇場にも行かないし、職場訪問を許さないし、そもそも職場の人間に紹介したりもしないが、それ以上になにを伝えればいいと?」

「や、優しいのは知ってます! 本当に知ってますしわかってますよぉ。でもそうじゃなくってですね。言葉でちゃんと伝えてください……それも、わがままになるんですか……というか、いきなり同衾することになった私の気持ちは、考えてくれないんですか……」


 好きでも嫌なものは嫌。好きなら我慢しろと言われても困る。

 そう言外に伝えたら、シリルさんはむっつりとしつつも理解したように、私の髪に触れた。


「……すまない。調子に乗った」

「調子に乗ってたんですか」

「いきなり押し倒すことはしない。それで逃げられたら困る」

「魔女は逃げますよ。逃げたら王都に帰りませんよ」

「仕事残っているだろう」

「馬車にお金払って頼みますし」


 ベッドに入っても、背中を向ける。背中に温度が当たるけれど、それだけだ。

 眠れるだろうか。そうは思っても、振動がするほどの雷の音がうるさく、ときおり窓ぶちがミチミチと音を立てる。

 その音を聞いていたら、なんだかほっとして眠くなってきてしまった。

 シリルさんは何度か寝返りを打っていたものの、結局は眠りに落ちてしまった。騎士がこんなに早く眠りに落ちていいんだろうかとも思ったけれど、私だから気が楽になったのなら、それは少しだけ嬉しい。

 私も目を閉じ、やっと眠りにつくことができた。

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