中性婚約者の証言

 麦湯の湯気が立ち上る中、出した椅子に腰を下ろしたその人は淡々と話しはじめた。


「……自分の婚約者は、少々難がありまして、男性恐怖症を患っております。そのせいで王立学園でも肩身が狭く過ごしております」

「まあ……」


 それ、ヘンリエッタ様だよなあと、私をヘロヘロにするまで人形について話をしていた、小動物じみた言動の令嬢を頭に浮かべる。

 彼は続ける。


「そんな彼女の婚約もなかなか進まず、自分のところに来たのは奇跡でした。自分は自分で、全然声変わりしない声、ヒゲもなかなか生えない体質で、身長も肩幅も足りないので……彼女も怖がらないだろうと」

「そうですか」


 コメントしづらい。でもたしかに彼は、ヘンリエッタ様よりも身長が低く見えるし、日頃真っ当な騎士の背丈体躯のシリルさんを見慣れているせいで、どうにも王立学園新入生の雰囲気から抜けきっていないとは、なんとなく思う。

 彼は訴えた。


「彼女を慰めようと思い、男装劇団に連れて行きましたら……今まで自分と全然会話の続かなかった彼女と、初めて会話が弾んだんです。嬉しかったです。嬉しかったんですが……今度は男装劇団の話以外にしなくなってしまいました」

「それは、まあ……」


 だから、コメントしづらいな。

 ただこの人は、ヘンリエッタ様の誘拐が原因での男性恐怖症と一緒に彼女と向き合おうとしている姿勢はなかなか大したもんじゃないかとは思う。

 コンプレックスを克服させようとして、無理無茶が祟って溝ができてしまう例って、ものすっごくあるからなあ。


「ですから……せめて、彼女が怖がらないように、男装劇団のような格好をしたいと思ったのですが……当然ながら服の仕立てとかでも首を傾げられてしまいまして……」


 だろうなあ、と思う。

 若い女性には人気で、押し切られる形で残った男装劇団だけれど、まだまだ偏見の目は強い。特に親世代からしてみれば、婚約破棄の憂き目と同じくらい、危険な視線を向けている人たちだっている。

 私も聞きかじりだけれど、親世代に本当にいたらしい。男性恐怖症が過ぎて男装劇団にはまった挙げ句に、男装役者と一緒に駆け落ちしてしまった令嬢というのが。恋愛禁止条例なんておかしな条例を制定させたくらいだから、親世代にはどうしても偏見の目が残ってしまっているのだ。

 だから通常の仕立屋では、男装劇団の衣装なんて縫ってもらえないだろう。劇団は専用のお針子を雇って衣装を用意しているのだから、余計にだ。


「……事情はわかりました。一旦サイズを測ってもよろしいですか?」

「ほ、本当によろしいので?」

「はい。手持ちの作業にもそこまで負担はかかりませんから。それではこちらの紙にご記入ください。それから採寸した上で、衣装を用意しますから」

「……ありがとうございます! ありがとうございます!」


 何度も何度も頭を下げるこの人は、かなり腰の低い人だ。婚約で不幸にむせび泣く令嬢たちを相手にしていると、これだけいい人と婚約が決まっているヘンリエッタ様は大変な強運なんだろうなと思う。だからこそ、彼女も男性恐怖症を克服しようと人形を用意した訳で。

 私は発注書を読み解く。


 コーニーリアス・ダッシュウッドさん……ダッシュウッドはたしか紅茶問屋の最大手だな。大商家同士の縁談な訳ね。

 そして服のデザインや要望については【お任せ】と。相当困っているんだろうな。

 どうしよう。私はヘンリエッタ様から依頼を受けた人形のデザインについて考える。あれの衣装をそのまんま着せたらいいような気はしているけれど。でもヘンリエッタ様がどう思うかはわからないしなあ。

 仕方なく、私はヘンリエッタ様の人形のデザインと少し外したデザイン画のラフを描きはじめた。


「こちらはいかがでしょうか? 今男装劇団で人気の演目風のデザインですよ?」


 男装劇団の人気演目の、惚れ薬をつくった魔法使いとそれを被ってしまった王子の巻き起こすドタバタラブコメディーだ。王子の衣装は比較的人気で、そのデザインは人形の発注書にもよく元ネタとして挙げられることが多い。

 私のデザインを見て、コーニーリアス様は頬を染めた。


「……素敵なデザインだと思います。お願いします!」

「かしこまりました」


 こうして、私は前払いで半額いただいてから、人形づくりと並行して、コーニーリアス様の衣装づくりに勤しむこととなったのである。


****


 足踏みミシンの足踏みをカタンカタンと踏む。分厚い布地はミシンで縫うのは大変だけれど、なんとかそれを乗り越えていく。

 コーニーリアスさんの体型は肩幅が狭くて少年体型だけれど、王子らしさを意識して肩パットを付け、それでいてあまり厳つい雰囲気にならないよう華やかな雰囲気でレースを足していく。

 あらかたミシンで縫ったあとは、手縫いでレースを施していく。私はそれを縫っている中、いつもの足音が響いた。


「エスター」

「ああ、はい。いらっしゃいませシリルさん」

「……なんだ、今日は人形の衣装か?」

「いえ。ご相談の服ですね?」

「ご相談? 子供服に見えるが」

「子供じゃありませんよー。舞台衣装です」

「舞台衣装……」


 どうにもシリルさんはあれだけ人気を博していても、男装劇団には興味がなさそうだった。女性にとっては夢を見る場所でも、男性にはそれがよくわからないと見える。

 私は「今日はなんの用ですか?」とひとまず席を勧め、麦湯を出すと、シリルさんは少しだけむっとした顔をした。


「用事がないと来ては駄目なのか?」

「駄目ではないんですけど……お客様の中には、騎士さんみたいな人を怖がる方もおられますから」


 ヘンリエッタ様の人形の納品はまだ先だから、そう簡単には来ないとは思うけど。そう言うと、途端にシリルさんは眉間に皺を寄せた。


「……そうなのか、すまない。エスターの客層に響くとは、考えもしなかった」

「一応、来てくださるのはいいんですよ? ただ、お客様のことは考えて……」

「すまない。ただ、もらい物があったから来たんだ」

「もらい物ですか?」

「俺にはよくわからないんだが……」


 そう言いながら、騎士団服のジャケットからなにかを取り出した。チケットのようである。……って、これ。


「男装劇団の新作チケット!? なんでこんなものを!!」

「すごいのか? 今日見回りに行った際に、劇団関係者が配り歩いているのを見て受け取ったんだが」

「なんでそんなすごいもの配り歩いてるんですかぁ! 興味ない人がただで行けるとか、ずるいですよぉ!」


 思わずポカポカポカとする。男装劇団の舞台のチケットなんて、一番いい席はすぐに完売してしまう。人形師として日々人形をつくっている身だと、そうなかなか都合のつく日がないし、そんなもんだよなあと諦めていたのに。

 シリルさん、どんな運なんだよ。ポカポカポカとしていたら、シリルさんは尋ねた。


「俺はもらい物だし、価値がわからないからお前が興味あるんだったら見に行こうとしたんだが……予定は空いているか?」

「ま、待ってくださいよぉ……」


 今の発注リストと舞台の予定を確認して、行けそうだと算段を立てる。


「行けます」

「よし、なら行こうか。観劇はなにを着ればいいんだ? 俺はあまり舞台慣れしてないんだが……」


 そりゃそうか。前にラモーナ様と舞台を見に行ったときは、私が服を用意したしなあ。

 私は「んー……」と腕を組んだ。


「ラフ過ぎなければいいですよ。私もよそ行きワンピースで行きますし」

「そうか」

「ただ、髪型はどうにかしないと……」

「駄目なのか?」


 観劇中に帽子は被れない以上、赤毛が剥き出しになる。それはさすがに嫌だなあと思ったのだ。でも剛毛の私の髪は、ちょっとやそっとじゃ上手くまとまらない。せめて夜会巻きにして、髪留めで赤い髪を隠してしまえば、目立たなくなるのだけれど。

 ひとりで考え込んでいたら、シリルさんはじぃーっと碧い目でこちらを見てきた。


「……なんですか?」

「ダリヤの花みたいなお前の髪色、できれば隠さないで欲しい」

「……そんなこと言ってくれるの、シリルさんだけですよぉ」

「俺が言えばいいんじゃないのか?」


 この人、なんでこうもすぐ勘違いするようなこと言ってくるんだろう。私は心臓がバクバクなるのを無視して、明後日の方向を向く。


「……と、とにかく、服は用意しますから。当日は、よろしくお願いしますね」

「ああ」


 そういえば。私はふと男装劇団のスポンサーを思い出した。

 オルムステッド商店で、ヘンリエッタ様の実家なんだよなあと。

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