抗議を受けつつ聞き流す

「今度わたくし、郊外で挙式をしますのよ。素敵な方と巡り会えましたから」


 人形のメンテナンスにやってきたお客様の話を聞きながら、私は人形に油を差していた。一応人形は自律稼働の不具合以外だったら、買った人でもメンテナンスは可能だ。でも人形を買い求めるようなご令嬢は、自転車にだって油を差したことはなく、そもそも乗ったことすらない。だからこうして人形師の元に「関節がキィキィ言いますの」と言いながらメンテナンスを頼む。

 これを家のメイドや執事に頼むのは? と一度聞いたことがあるけれど、お客様たちは大概嫌な顔をする。


「恋人をいくら見知った顔の方とはいえど、簡単に触らせる人はいまして?」


 ちなみに私がメンテナンスしてもかまわないのは、ひとえに人形たちの「親」だかららしい。なるほど。

 メイド人形を買った人たちは、うちにメンテナンスにやってくることはまずないため、ほとんどお客様の恋人ごっこにしか使われてない人形の手入れなんて、私からしてみると簡単な仕事だ。ちょっとした臨時収入となっている。

 お客様には見えないようにカーテンをかけてから、人形たちの服を剥ぎ取る。そして肩、肘、膝と、関節という関節に油を差していく。ツン、と潤滑油のにおいが漂った。

 お客様は潤滑油のにおいを嗅ぎながら、話を続ける。


「いい方でね、わたくしのお人形も持っていってもよろしいとおっしゃってますの」

「それはそれは……おめでとうございます」


 実際に人形師の私からしてみれば、結婚が正式に決まった途端に「人形なんてくだらないから捨てろ」と言われて、泣く泣くうちに引き取りを頼むことなんてよくある。同じ人形を恋人として売る訳にもいかないから、作り手の手で壊さないといけないのは、いくら人形とはいえど悲しい。

 お客様の旦那さんは、その点に理解があるのは助かった。

 彼女は微笑んだ。


「ええ。ここまで恋人ごっこをしてくださったお人形ですもの。ぜひとも一緒に嫁ぎ先で楽しく暮らしたいわ」

「それはようございますね……はい、終わりましたよ」


 人形に元通り服を着せてやると、最後に外していた歯車を巻いてやる。それで止めていた自律稼働の魔法が緩やかに動き出した。

 寝かせていた部分から自力で起き上がると、お客様に声をかけた。


「待たせたね、シュガー」

「ええ。お待ちしておりましたわ。それでは、こちらの支払いは……」

「はい、銀貨一枚です」


 彼女はそれを支払うと、人形と腕を組んで楽しげに帰って行った。

 私はそれを「ありがとうございます」と言いながら見送っていた。

 彼女みたいに理解のある幸せな嫁ぎ先というのは稀だ。恋愛禁止条例のおかげで、令嬢と人形が駆け落ちするなんてしゃれにならない話も耳にしている。いい加減この条例もなんとかしないことには、婚約破棄がどうのこうのよりもひどいことになりそうなんだけれど。

 私がそう思いながら、メンテナンス台を雑巾で拭いて油を取っているときだった。

 こちらにドタドタと足音が響いてきた。

 まあ、デジャブ。


「おい、貴様……!」

「あらあら……いらっしゃいませ。メイド人形はいかがですか?」

「いらん!」


 昨日めでたくお買い上げされていった騎士さんだった。さすがに人間を売ってはまずいだろうと、私は自律稼働の歯車を付けてない人形を布でくるんでカートに載せ、「違いますよぉ」と言ってラモーナ様に騎士さんの返却を求めたものの、なかなか納得してくれずに離してくれなかったのだった。

 結局は騎士さんに「一日だけいてください」と言っていたものの、無事に脱出できたのか。さすがエリート。

 騎士さんは当然ながら怒っていた。


「人のことを売り払うとはいい度胸だな!」

「私だって人身売買は初めてでしたから、途方に暮れていましたよ。実際にちゃんと人形を持っていって交換しようと助けに行ったでしょうが」

「なんであの令嬢はあそこまで俺に固執するのかがわからんっ!」

「そうですねえ、あなた口ものすっごく悪いですもんねえ。中身を知ってたら誰だって引取拒否するやもしれません」

「貴様……大概に失礼な奴だな!?」


 そんなこと言われてもなあと思う。

 実際に私だって、男の化粧ばっかり……と思いながらも丹精込めてつくっている人形はどれもこれも美貌の人ばかりだし、その人形と遜色のない美丈夫というものには、この騎士さんが初めてなんだ。しかし騎士さん、とってもお口が悪い。

 騎士さんは「ふんっ」と鼻息を立てた。


「そもそもどうして俺の人形を売っていたんだ?」

「私、頼まれた通りのものを受注してつくっただけですけど」

「ほう?」


 ラモーナ様、とにかく今までやってきたお客様の中で、とかく注文が細かかった。

 そもそも私は可愛い可愛いメイド人形をつくりたかったというのに、彼女は私を蹴飛ばしそうな勢いで注文を付けてきたし、髪の色も顔の色も細かかった。

 それに私は「んー……」と首を捻った。


「騎士さんが好みだったんじゃないですかね?」

「……はあ?」


 これだけの美丈夫だというのに、この人なんでこうも初心な反応を見せるんだろう。やはりお口が悪過ぎて、逆にモテないんだろうか。私は言う。


「恋愛禁止条例のせいで、まともに未婚者は恋愛できないんですから、そりゃせめて自分好みの人形と恋愛ごっこしたいお客様だっていらっしゃいますよぉ。ところで、あんまりここで私に喧嘩を売られますと、普通に営業妨害ですので、帰っていただけませんかね?」

「なんでだ?」

「……ここにあなたがいらっしゃると、こちらを見てる目がギンギンになるんですよね。私、あなたの顔の人形なんてそう何体もつくりたくないですよ。ほら帰って」

「なんでだ?」


 そう言いながら、さっさと騎士さんにお帰り願った。

 そして入れ替わりでお客様が店に入ってくる。先程騎士さんが帰ってらした道をずっと振り返りながら。


「いらっしゃいませー」

「……先程の人形は、ここの店の?」


 あんまりにも顔がよ過ぎて、人形だと勘違いされているよ。あの騎士さん。

 知らなかったとはいえど、ラモーナ様の注文通りにつくったら迷惑かけちゃったんだもんなあ、あの人。これ以上あの人みたいな人形をつくったら、またしても勘違いで売り飛ばされてしまうかもしれない。

 そう判断して首を振った。


「違いますよぉ。騎士団服着てらしたでしょう? あの人王都の騎士さんです」

「まあ……素敵。あ、あのう……あの方のような人形を発注できないでしょうか……?」


 お客様はそうもじもじしながら言った。

 さすがになあ。そう何度も何度も騎士さんを売りに出すのもなあ。あれだけお口が悪くとも、顔がよかったら誰だってコロリといってしまうのだ。


「さすがに実在の方をモデルにした人形は、問題になるかと思いますのでお控え願えますか?」


 そう何度も何度も怒られたくはない。


****


 朝には人形の顔面をつくり、夕方は普通に人形のパーツをつくる。

 胴体、首、腰、脚。それらを一生懸命磨き、人が触っても問題ないくらいにつるつるに仕上げる。

 発注通りの背丈かを、作業部屋に貼った発注書を確認しつつ調整しながら、夜が来るのを待つ。私は発注書の性格を「ふむふむ」と確認しながら、今日はオートミール粥を食べてから作業しないとなあと考えた。

 夜が人形づくりで一番重要な、自律稼働の歯車に魔法を仕込む作業をするのだ。

 一応、人形師のつくる人形にも種類が存在する。

 私が元々つくっていたのは、家事万能なメイド人形だった。たしかにメイド服や顔面は私好みにつくっていたものの、それらは自律稼働の魔法でも、家事のノウハウだけを詰め込めばよかったから、複製魔法で複製すればいくらでも量産できた。

 しかし恋人人形となったら、家事のノウハウを入れたところでなんの役にも立たない。恋人人形をわざわざ買い求めるようなお客様、家事のノウハウよりも、喜ぶ口説き文句の語彙のほうが重要になってくる。


「毎日花言葉を送ってくださる方を」

「毎日甘い言葉で囁いてくださる方」

「不言実行で守ってくださる方」


 などなどなどと、たくさんのリクエストに答える必要がある。

 まあ、人間ほどの機微は人形にはないし、なによりも人形は持ち主には逆らわない。これだけは人形師としては絶対に守らないといけない部分だった。

 私は今日の魔法の調整の歯車を用意すると、それに合わせた魔方陣を描きはじめた。


「月の道、星の下、太陽は通り、黄道を往き──……」


 魔方陣に歯車を載せ、それぞれの自律稼働に魔法を加えていく。

 昨今は産業革命の時代と呼ばれ、街には鉄道が敷かれ、王都と郊外も昔よりは近くなったものの、人形師の仕事がなくならない理由は専らこれだった。

 いくら物作りの工業化が進んだとしても、歯車に人の心に似せた自律稼働をすることはできない。私は歯車ひとつひとつに魔法をかけてから、やっとひと息ついた。


「……はあ。疲れた」


 可愛い可愛いメイド人形。髪型やヘッドドレス。ワンピースにエプロン。それらを揃えてわくわくしながら着飾らせるのが楽しかったのに。

 今は、男。男。男。男。男の人形ばかりが飛ぶように売れていく。


「……心に潤いが足りない」


 可愛い人形は化粧を施していてもそばかすひとつ浮いていない。小さい頃からそばかすだらけだった私とは大違いだ。

 髪だってほうきのようにかったい毛じゃなくってもいいし、にんじんみたいに真っ赤っかな髪色じゃなくってもいいし、なによりも可愛い服が似合う。そういう人形をたくさんつくって売るのが私の夢だったはずなのに、どんどんそれからずれていっている。


「……可愛いが足りない」


 端的に言って、私は荒んでいた。

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