へっぽこ人形師は完全無欠な彼氏が欲しい

石田空

今日も今日とて人形をつくる

 人形師の朝は早い。

 水差しの水をいっぱい飲み、暖炉に薪を入れて家を温めてから、早速作業に取りかかる。

 作業場にはたくさんのつくりかけの人形があり、そのひとつひとつに付箋がしてある。

 私はその付箋に書いてある注文書を読みながら、どの人形から手を付けるかを考える。今日は化粧をしたい気分だから、顔を仕上げる分から順番に取りかかろう。私はそう思いながら、岩絵の具を水で砕いて、真っ白な面に彩りを加えていった。

 どこかで新聞屋が配達をしている音が聞こえた。それを聞きながら、私は筆を動かす。


「店を開ける時間になるまでに、早めに済ませちゃわないと」


 やがて人形は鼻筋の通った美しい面に変わっていった。


****


 未婚者恋愛禁止条例。

 貴族階級にその条例が通ってからというもの、王都は混沌としている。

 事の発端は貴族階級の度重なる婚約破棄が原因で、経済状況が悪化したかららしい。なにそれ、私知らない。王都の端っこでせっせとメイド人形を売っていた私からしてみれば、寝耳に水だけれど、まあ関係ないだろうなと思っていたけれど、社交界の人々はそう思っていなかったらしい。

 曰く、婚約破棄した側もされた側も醜聞が出回ってしまい、社交界から閉め出されてしまい、爵位剥奪だのお取り潰しだのが頻発したらしい。

 曰く、婚約破棄のせいで、結婚式の取りやめやら披露宴中止やらで、それらを請け負う業界のダメージが著しかった。ドタキャンが続いたら、その仕事を受けていいかの調査を事前にしなかったら経済的ダメージがひどいからと、各地から行政にクレームが入ったとのこと。

 それのせいで、とうとう国王が痺れを切らして発行した条例がこれだった。


「結婚して離婚したんだったら恋愛してもかまわんから、いいから婚約者と関係見直せ」


 要はこれ以上経済ダメージ与えるのやめい、だったらしい。

 それだけだったら、まあ私も「なんか知らないけど貴族って大変なんだなあ」くらいのものだったけれど。

「恋愛最高! なんでそんな条例出すの!?」と貴族側の、それも女性のほうが文句を言い出したのだ。

 なんでだろうと思っていたら。

 曰く、婚約で幸せ結婚生活っていうのは、いわゆる上澄みの部分だけ、長男長女くらいで、それより下はもっと悲惨なものらしい。

 基本的に貴族は一子相伝であり、財産は全て長男長女が管理をし、残りの兄弟姉妹は家を出て行かなければならない。そのために学校卒業までに婚約を済ませて、そこに嫁入り婿入りするのがセオリーらしいけれど。誰もが最高の婚約ができる訳ではない。

 金持ちの後家に入らないといけないとか。

 女領主のつばめにならないといけないとか。

 そもそも借金の肩にはげちゃびんのおっさんのところに嫁入りしないといけないとか。

 有望株はさっさと売り切れるため、学生時代までに婚約が決まらなかった場合の残り物は、まあまあ悲惨なものだった。

 いい人探すための恋愛が禁止となったら、待っているのは親が見つけてくるろくでもない婚約だけ。

 それに異議を申し立てた人たちが、何故かこぞって人形師のところに発注してくるようになったのだ。


「結婚するまでの間だけでも、夢を見せてくれるような完全無欠のイケメン人形をお願いします!」

「……はい?」


 当時、王都に新興貴族が越してきて、まだメイドも雇えないような収入のところに、メイド人形を売っていた私は、その条例の流れ弾に当たったという次第だった。

 おっさんと結婚するにしても。

 バツがいっぱいついているところに再婚に行くにしても。

 せめて初恋くらいは選びたいと思った貴族令嬢の皆々様が、自分好みの男をこぞって人形にして、自分の手元に置くようになったのだ。

 ちなみに私が魔法を施して、自律稼働ができる人形だ。だからちょっとしたデートくらいまでだったらネジを巻けばできる。

 こうして、人形師界隈では、空前絶後の彼氏人形ブームとなってしまったのである。家賃と毎日の食事がかろうじて賄えるくらいの収入だった私、いきなりお金持ちになってしまったのだ。

 そうは言っても、ただの人形だったらともかく、等身大人形で、しかも自律稼働の魔法まで施さないといけないとなったら、そう簡単に量産できるものでもない。しかもオーダーメイドだ。

 だから私も一日数体分作業はできても、納期をいただかないことにはつくれないし、予約も半年先まで埋まっている状態になっている。

 世の中いったいどれだけ恋愛に飢えている人たちがいるんだ。

 目にガラス玉を入れ、つけまつげを施す。髪は人毛でつくったカツラを被せれば、顔パーツは完成した。


「ふう……」


 最終工程の自律稼働の魔法注入まで、あとちょっとだな。私はそう思いながら、朝ご飯を食べに行った。

 私も代々魔女の家系だし、少し前までは魔法薬の調合で生計を立てていたものの、国から「魔法医以外の魔法薬調合全面禁止」を言い渡されてしまったので、食いっぱぐれないよう人形をつくっていたのだ。

 でも。


「……可愛くない」


 私はぼそりと呟いた。

 そう。今の悩みはもっぱらこれである。

 メイド人形だったら、よーし、最先端メイドファッション行っちゃうぞぉと、レーシーなヘッドドレス、ファンシーなワンピース、それらを取り巻くレーシーなエプロンと、思いっきり趣味に走ってもメイド仕事させるのがメインだったから問題なかったんだけれど。

 今はデート用人形なのだ。恋人代用品なのだ。


「髪の色はこう! この色でなければ絶対に駄目!」

「目の色は青! 海じゃなくって空! 勿忘草!」

「服はここのメーカーのものを! 布地は絹でなくっては駄目!」


 ……発注者のお嬢様たちの注文の細かいこと、細かいこと。

 遊び心を発揮できることもなければ、いわゆるイケメンにつくることにばかり集中せねばならず、とにかく面白みがない。

 レース、ワンピース、可愛い髪型。

 そういうのを一切求められていないから、恋人人形制作は私の心を少しずつ摩耗させていっているのだった。


****


 朝ご飯を済ませたあと、私は店の看板を出した。

 基本的に昼間の間は店で予約注文や完成品引き渡しに時間を費やしている。人形制作の作業は、もっぱら朝と夜。特に魔法注入には繊細なテクニックが必要だから、魔力を最大限発揮できる夜に行わないといけない。

 私は今日出す予定の人形を店先に並べ、受け取りを待っていた。

 店番しながら、ぼんやりと店の外を眺める。


「……最近本当に増えたね。人形」


 人形師の癖にも寄るけれど、基本的に人間と人形はサイズこそ同じだけれど、人形は人間と違って魔力を放出させながら動いているから、人形師であったら一発でわかる。魔法を使えない人はどうだか知らない。

 人間と恋愛が禁止なだけで、人形と恋愛しても基本的に器物扱いだ。だから嫁入り先に持っていっても文句は言われないし、なんだったら執事として魔法の調整を頼まれることだってある。

 恋のできない貴族令嬢にとって、人形との恋は束の間の幸せの時間なんだろう。

 私はそう思いながら頬杖をついているとき。

 ズカズカという足音がこちらに向かって響いていることに気付いた。

 着ているのは騎士団服……王都の守護騎士団のものだ。その制服の人が、うちの店にバンッと入ってきた。


「おい! なんてものを売っているんだ!?」

「……はい?」


 私は目をぱちくりとさせた。

 王都で働いているのだから、王都での人形ブームなんて知っているはずだろう。世の中には春を売る人形をつくってる闇人形師もいるらしいけれど、うちの人形にはそういう魔法が注入していない。

 しかし……私は騎士さんを見て首を傾げてしまった。

 さらりとした金髪は、ちょうどヒマワリの花を思わせるもの。目力の強い瞳は碧くて、赤い布地に金糸で縁取りを描いた騎士団服を着ていると、皆が頭に浮かぶような凜々しい騎士が嫌でも想像できた。

 しかし。この人はどうにも見覚えがある。私は人の顔を覚えるのが不得手で、客商売でも客の顔をちっとも覚えられないのに、これはいったい……?

 ひとりで困っていたら、騎士さんが指を差した。


「なんで人の顔の人形を売っているんだ!?」

「はい? ……ああ」


 私はようやく気が付いた。

 やたらと注文の多いお客様から頼まれた人形を、今店先に並べていたのだ。

 金髪碧眼の凜々しい王子様。人形ブームで一番頼まれる定番だけれど、とにかくこの人、顔の注文がやけに細かかった。


「十人いたら五人くらい振り返る顔にして! 十人全員が振り返ったら、それはかえって人形っぽいわ! 鼻筋は最近王族で第二王子がやけに写真に写ってらっしゃるでしょう? あの方の鼻筋を参考にして欲しいの。唇は薄め。分厚くては駄目よ、でも薄過ぎても駄目だわ!」


 私が困り果てて、スケッチでラフを描き、それを何十回も確認を取って完成した完成品ラフを元につくった人形だった。

 そういえば、この騎士さんと人形、背丈から顔までそっくりなのだ。唯一違うのは、お客様に服の指定があったことくらいか。


「とにかく王子様で! ドレススーツはこう! 白地に金糸の縁取りを入れて……」


 こうして並べてみると、双子みたいだなあと感心する。


「双子さんですか?」

「違うわ! というより貴様だろう、俺の顔の人形を無断でつくったのは!」

「無断って……私、何度も何度もお客様にラフを見せてOKもらったものでつくっただけですよぉ。実際にいる人に似せてつくれなんて、今初めて知りましたよ」

「なんだと……まさか俺そっくりの人形を売るつもりか?」


 騎士さんの顔やら手の甲やらに、ピキピキピキッと血管が浮き出ている。どうもこの騎士さん沸点が低いらしい。


「そうは言われましても……注文品ですし」

「なにを、貴様……!」

「怒らないでくださいよぉ! 私だって知らなかったんですからぁ!」


 なんで私は騎士さんと揉めているんだ。

 そう疑問に思う間もなく、扉が開いた。


「ご機嫌よう、注文の人形を取りに伺いました。あらあらあら? まあ!」


 私が声をかけるより先に、あの人形をご注文したご令嬢、ラモーナ様が騎士さんのほうに寄っていってしまった。


「素敵! まるで人間だわ!」

「お、おい……違」

「こちら追加料金支払わねばなりませんわね。完璧ですもの。おいくら?」

「ええっと」

「おい!」


 騎士さんが困っている。ラモーナ様は追加料金を支払いたがっている。

 私は赤いボサボサの髪を揺らした。ひとつの三つ編みになんとかまとめているものの、髪質がほうきみたいに固過ぎて、まとめなかったら爆発する。


「それじゃあ、金貨一枚で」

「はあい」

「おい! 馬鹿!」

「まあ、シリル様いけませんわ。王子様らしい言葉でお話ししてくださいませ。それはいくらなんでも乱雑ですわ」


 そう言いながら、ラモーナ様は騎士さんを連れて帰ってしまった。

 店にはシリル型人形と共に、大量の人形と私だけが取り残される。金貨はしっかりいただいた。


「……うん?」


 売られていった騎士さんの抗議の声が店の外から響いていた。

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