顧客と再会する
蒸気機関車に乗って一刻。そのあと辻馬車に揺られてしばし。
広い庭の邸宅が見えてきた。
「うわあ……」
思わず私は声を上げた。
いつも押し合いへし合いで落ち着かない王都と比べれば、庭が広くて見晴らしもよい邸宅なんて、住みたいと思う。
これで婚約したのがはげちゃびんでなかったら、もっと早くにラモーナ様だって決断しただろうに。
私は辻馬車にお礼とお金を出してから降りると、そそくさに駆け寄っていった。
私の姿を、庭師の人が声をかける。
「どなたで?」
「ああ、失礼します。王都から来ました。ここの奥様の……」
「ああ、少々お待ちください」
庭師さんはすぐに奥に引っ込んでいったかと思ったら、代わりに見覚えのある姿の執事が出てきた。
すらりとした姿、見知った顔によく似せてつくったけれど、彼のほうが着痩せしていてもどことなく体格がいいし、雄々しい印象だなと思う。シリル型人形が、ペコリと頭を下げてきたのだ。
「お待ちしておりました。奥様が会いたがっています」
「ありがとう。そういえば、あなたメンテナンス箇所は?」
「必要かどうかはわかりませんが、主人は心配性ですので」
そう言いながら案内してくれた。
郊外は風が爽やかで、庭師が面倒を見ていく草木も丁寧に世話されていて、色合いも鮮やかだ。
屋敷内に通されると、ラモーナ様の実家も綺麗だったけれど、それにも勝る広々とした家に、季節の花を生けられた花瓶が並んでいるのが見える。
私はそれを興味深げに眺めていたところで、シリル型人形が「お待たせしました。お連れしました」と声をかけた。
「エスター! 王都から遠路はるばるようこそ!」
「ラモーナ様……お久しぶりです。まさかお呼ばれするとは思ってもみず」
「あなたに会いたかったんですもの。主人も許してくれたから。あなたは店をどれだけなら休めるの?」
「さすがに長居はできませんよ。七日ほどなら、問題はないんですけど」
「ならそれだけいてちょうだいな」
彼女はそう言いながら、シリル型人形に頼んで、紅茶とお菓子の用意をしはじめた。
きゅうりのサンドイッチに、レモンカードとベリージャムを添えたスコーン、ショートブレッド、プディング各種。それに私はあわあわとする。
「こんなもの、私まだ仕事してませんのに……!」
「あら。だってわたくしのお客様としてお呼びしましたのに、なんのもてなしもできないのでは、女主人としての名折れですわ。どうぞ召し上がれ?」
「はあ……いただきます」
私はどうにか誤魔化すようにして、紅茶をひと口飲んだ……正直、澄んだ香りに甘い喉越しでものすごくおいしい。
ショートブレッドもバターがたっぷり使われてサクサクしているし、スコーンとジャムの相性もばっちりだ。そしてきゅうりのサンドイッチ。どうしてきゅうりをお酢に浸しただけでこうもおいしくなるのかわからないくらいに、おいしい。
私が一生懸命食べている中、ラモーナ様は紅茶を傾けながら口を開いた。
「わたくし、まさか結婚生活がここまで幸せになるとは思ってもみませんでしたの。王子様と観劇以上に素晴らしいことは、もう世の中にはないでしょうと思っていたのですけど」
「それは……旦那様は息災ですか?」
「ええ。お仕事忙しいのはたまに傷ですが、よくしてくださっています。ここに来るときっと不幸になるって思っていたのが嘘のようですわ」
そうラモーナ様はしみじみとした口調で言った。
思えば。彼女は私に依頼してきた時点ではずいぶんと悲観的になっていたし、シリルさんにひと目惚れしたけれどどうすることもできずに、結果として人形つくって恋愛ごっこするしかなかった人だもんなあ。
幸せになれてよかったよかった。
私はそう思いながらショートブレッドを頬張っていると。
「ところで、エスター。あなたは王子様とはどうなりましたの?」
「ゲフッ」
喉に思いっきりショートブレッドを詰めて、むせて背中を丸めた。それにシリル型人形が水差しで水を汲んで差し出してくれたのに、ゲホゲホしたあと、ありがたくその水をいただいた。
「なんでですか……」
「あら。王子様が取り繕わない顔をなさるの、あなたの前だけでしょうが」
「あの人……口が悪過ぎて、ひと目惚れされたお見合いでも断られている人ですよ。態度も大柄ですし……まあ、口が悪い以外は性格はいいとは思いますけど」
「それで充分じゃないかしら。わたくしの旦那様もはげちゃびんでも色ボケでもない上に、性格いいですし」
ラモーナ様、顔合わせしたって言っていたから、よっぽど見合い相手だったはげちゃびん嫌いだったんだなあ。その息子が性格よかったというのは、奇跡の産物だろう。
ラモーナ様ときたら、ここでの生活は楽しいものの、たまにはこうして恋バナがしたかったらしく、うきうきしながら、根掘り葉掘り私とシリルさんの話を聞き出し、自分自身も惚気話を延々とした。
紅茶を三回おかわりし、お菓子が全部からになったときには、私はヘロヘロになってしまっていた。
「それでは、長いお話でしたものね。夕飯までは、中庭でも散歩してらして。彼もお付けしますから」
「は、はい……」
私は護衛にシリル型人形を付けてもらい、中庭を散策させてもらうことにしたのだった。
途中でシリル型人形のメンテナンスのために、借りた部屋に連れて行ってもらい、それぞれの部品を確認する。
郊外で風が比較的吹き抜けるせいか、関節部に砂がいっぱい溜まっていたので、それを全部落としてから潤滑油を差して組み立て直す。
自律稼働の歯車を巻き終え、服を着せてあげたあと、私はシリル型人形に尋ねてみた。
「ここでの生活はどう?」
「質問の意図をわかりかねます」
「ええっとね。ご主人とここで生活していて、快適に仕事ができている?」
感情がなくても、便利、不便、仕事しやすい、仕事しにくいは返事ができる。
私はどうだろうと思って見ていたら、シリル型人形が口を開いた。
「ここでの生活は、彼女も心労が溜まらず快適です」
「そう、それはよかった」
シリルさんはこんなこと、絶対言わないもんなあと思いながら、散歩に出かけることにした。
****
ラベンダーが揺れている。
王都だったらラベンダーなんて既にドライフラワーや乾燥ハーブになっているもの以外はほぼお目にかけないから、こうして生のラベンダーを見て回れるのは面白い。
王都よりも風の通りがよくて涼しい。そのぶん夜になったら冷え込むのだろうけれど。
「このあたりは魔女はいらっしゃいますか?」
私がシリル型人形に尋ねると、シリル型人形は検索する素振りを見せた。記憶回路に情報があるのかどうか、検索しているのだろう。
「この辺りはいません。ですから、魔女に対する暴力も見受けられません」
「ですか……いい場所ですのにね」
大昔、どうして魔女が虐待されていたのかはよくわからない。
王都でこそ、宮廷魔術師が持てはやされているものの、郊外に来たら一転して石を投げられる存在になる。
だから郊外に出た魔女は、隠遁生活で本当に人里から離れた場所で獣に脅えて暮らすしかなかったらしい。
王都で私が人形師として生計を立てているのも、結局は郊外での生活は貴族と違って窮屈だったからだ。人をたくさん雇えるような貴族と、ひとりでなんでもこなさないといけない魔女だったら、利便性は全然違う。
そう思うと、ラモーナ様の嫁ぎ先は本当に当たりだったんだなと思う。
王都の客人を呼ぶことができ、泊めることもでき、魔女に対する差別や偏見もない。
私はつくづくそれをありがたく思いながら、元来た道を帰っていった。
赤い髪を美しいと呼んでくれる人にお土産を持って帰りたいけれど、あとでラモーナ様に交渉しようと思った。
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