駆け落ちの行方
翌日、私は残り物のパンで朝食をさっさと終わらせると、店に臨時休業の貼り紙を付けて、騎士団の寮へと向かった。
王都の騎士団は全部で五つ駐屯所があり、その近くに隣接して騎士団寮が存在している。私の住む王都の端っこにも一番小さな駐屯所が存在し、シリルさんが住んでいる寮もその近くに存在している。
私が荷物を持って騎士団寮の回りをうろうろしていたら、当然ながら見張りをしていた騎士に職務質問された。
「どちらの方で?」
「こ、こんにちは……この町で人形師をしています、エスター・アップルヤードです。ハンフリーズさんとお話ししたくて」
「……ハンフリーズは女性との面会は全面的に禁止していますが。未婚者恋愛禁止条例を堂々違反させる訳には参りませんので」
「ええっと。違います違います。保護してもらっている方のことで、お話しを」
「少々お待ちください」
私があわあわとしている中、見張りの騎士は一旦交替すると奥に引っ込んでいった。職務質問された挙げ句に不審がられてもしょうがない。
シリルさん、普通に顔がいいから。ラモーナ様みたいに「王子様」と彼の顔だけ褒めまくった挙げ句に性格が全然違う人形をつくらせるくらいだったらまだいいものの、貴族令嬢から夢見られて言い寄られても仕方がない……あの人私以外にはそこまで失礼な態度取らないしなあ。私には取るけどなあ。なんでだろうね。
ひとりでまたカビの生えたようなこと考えて、うじうじうじうじしていたら、ようやっと見慣れた金髪が見えてきた。
「大変申し訳ございません。まさかご家族の贈り物の打ち合わせだったとは」
「こちらこそすまない。エスター行くぞ」
「は、はい……」
許可証をもらって、寮の中に入れてもらう。途中で男女問わずこちらに視線を向けてくるのに、私は気まずくなってローブのフードをぎゅーっと握りしめていた。先導してくれるシリルさんは尋ねる。
「すまない。変なこと言われなかったか?」
「はあ……女性とは全面的に面会謝絶って。あのう、シリルさん。エリノア様を連れて帰ってきて、なにか問題になりませんでしたか?」
普通に貴族令嬢を連れ帰ってきたら、騎士団的にも大問題だろう。私が頼んだとはいえ、まさかここまで疑われるとは思ってもみなかったため、申し訳なさ過ぎて縮こまる。
それにシリルさんは「ふん」と鼻息を立てる。
「爵位ある連中の嫌みだ。俺にはそんなもんない上に、人の惚れた腫れたのスケープゴートに使われるのはこりごりだ」
「あの、本当にすみま、せ……」
「というより、それはエスター。お前が怒ってもいい場面だと思ったが。お前は自分のつくったものを壊されたのを修理していたんだから。挙げ句の果てにエリノア嬢を庇い続けて……あそこまでする必要は正直ない」
「……私も、貴族の皆々様の苦しみを、全部理解してる訳ではないです。ただ、お話を聞いて、きっと押しつけられ続けるのは苦しいだろうなあと思ったら、なんとかしないと思っただけなんですよ。私にはそういう話、とんと縁がありませんから、憧れたと言いますか」
「あまり自分を卑下するな。それでも価値観が変わらないなら、今度花束を持っていくから、花瓶でも用意していろ」
「な、なんでですかぁ……」
「ダリアとひまわりの花束でも見れば、お前の気は休まるのか?」
そう唐突に言い出すシリルさんに、どっと頬に熱を持った。この人、なんでこうも人の髪の色を褒めてくれたり、そばかすだらけの肌を慰めてくれたり、なんかいろいろ褒めてくれるのか、よくわからないけど……。
ただダリアとひまわりの花束は素敵だなあと思った。ひまわりはシリルさんを思わせる素敵な花だから。私は少しだけヘラリと笑った。
「ありがとうございます……それで、エリノア様のご様子は?」
「お前の用意したハーブティーを飲んで休まれてからは、かなり様子も落ち着いている」
「よかったぁ……」
「それで、これどうするつもりなんだ?」
「それですけど。お話ししなきゃいけませんし、エリノア様にも選択を迫らなければなりませんね。あのう……今日はお暇ですか?」
「一応は」
「……なら、近くで聞いててください。エリノア様が無茶したら、止めに入ってくれたら嬉しいなと」
「……そんなエリノア嬢が無茶するようなことがあるのか?」
「まだわかりませんけど」
そうこう言いながら、シリルさんが部屋に連れてきてくれた。
「エリノア嬢、エスターが来ました」
ドアをノックしてから部屋に入ると、昨日の狼狽し過ぎた態度から一転して、少しだけ落ち着きを取り戻したエリノア様が顔を見せてくれた。
「エスター、昨日は大変ご迷惑をおかけして、申し訳ございません……」
「いえいえ。それでエリノア様。結局ご実家には……」
「帰りません。というより、帰りたくはありません」
「ですよねえ……」
帰ったらダミアンが壊されてしまう家だ。嫁ぎ先もあまりエリノア様を大切になさってくれないとなったら、そりゃ逃げ出したくもなるだろう。
私は口にした。
「ですが、人形には維持費がかかりますし、エリノア様ひとりで生活するにも、お金がかかります。その辺りはどうなさるおつもりで?」
「それは……」
やっぱりというべきか、エリノア様は言葉を詰まらせてしまった。考えが足りない。だから家に戻りなさい。そう言ってしまうのは簡単だけれど、それだと次はエリノア様自身の心身どちらかが確実に壊れるのは目に見えている。私もさすがに、それを勧めるほど良心がない訳でもない。
だからこそ、私は歯車をひとつ取り出して、エリノア様に差し出した。
「もしそれでもダミアンと一緒にいたいというならば、ひとつだけ方法があります。ダミアンを仕事用人形にカスタマイズすることです」
「それは……恋人型人形とどう違いますの?」
「基本的に恋人型人形の場合は、持ち主に合わせて言動をしますが、仕事用人形の場合は、あくまで稼ぐこと特化の人形になりますので、今までほどの言動はできないかと思います。ただ、ひとつだけ」
ダミアンに心がある。そう言い切ってしまうことは、人形師としてはできないけれど。
人としては、人を学習した末に自律稼働するのだから、あるとしてもいいんじゃないかとは思う。ただそんな軽々しく言っていいことではないため、黙秘する。
「ダミアンは本気でエリノア様を心底憂い、助けたがっています。自分を賭けて。彼と一緒に逃げることはできても、お話しするには難しくなります。しかし、ふたりで添い遂げることはできるかと思います。いかがなさいますか?」
「……もう、ダミアンとお話しすることは……できなくなるんですか?」
「端的に言って、仕事用人形の場合、仕事に自律稼働の学習機能が特化してしまうため、今まで培ってきた学習機能がどう作用するのか、人形師からも判断ができかねます。この歯車ひとつで変わるのです。いかがなさいますか?」
正直、私はお勧めできない。ただ、これは一種の賭けだった。
エリノア様が、本気で好きなもののために力を出し切ることができるのか。
しばらく難しい顔をしていたエリノア様は、やがて口を開いた。
「……エスターは、お針子仕事のできる場所をご存じ?」
「今はどこの服飾業界でも、繊細な刺繍ができる人は引く手あまたですよ。足踏みミシンでいろいろ簡略化できるようになりましたが、まだ繊細な刺繍が完成できるミシンはございませんから」
「私、刺繍ならば自信がありますの。紹介してくださいませ……!」
この言葉を待っていた。私はにっこりと笑う。
「承知しました」
私は知人の店の紹介状を書くと、ふたりを送り出した。
王都から離れた場所だけれど、そこでならふたりで生活できるだろう。
私はそれを見ながら、首を傾げた。
「エスターは全体的に、ふたりの駆け落ちを反対だと思っていたんだが……後押しするとは思ってもみなかった」
「一応メイド人形をつくっていましたから、その要領で恋人人形を仕事特化に変える方法はあるんですよ。ただ、先程エリノア様にも申した通り、デメリットが多いだけで」
「執事人形じゃ駄目だったのか?」
「身の回りの世話だけしてくれる人形と、外でコミュニケーション取りながらお金を稼ぐ人形だと、全然変わってきますし、それ以上は人形師も国から怒られますから」
実際問題。身の回りの世話までは人形で賄うことはそこそこ推奨されているが、人間の仕事を奪ってしまう人形をつくることは全面的に禁じられている。だから私もいくらエリノア様の駆け落ち共助のためとはいえど、つくることはできなかったし。
そもそもエリノア様がダミアンにおんぶに抱っこ状態では、いずれ破綻するとは思っていた。どれだけダミアンのことが好きでも、彼は人形。人形師としては、やっぱり心があるとは認めてはいけないのだから。
それにシリルさんは「そうか」と頷いた。
「それでなんとかなるんだったら、それでいい」
「そうですね」
「しかし、お前がカニングハム家に睨まれないか?」
「うーんと、私駆け落ち共助は、今にはじまったことではありませんから。それに、証拠もないですし」
人形師、貴族令嬢の婚約問題や駆け落ちに巻き込まれがち。ダミアンほど心があるような言動を取る人形が少なかっただけで、駆け落ちして逃げ切ったカップルなんて、いくらでも見送ってきた。
それにシリルさんは呆れた声を上げた。
「それだけ優秀な人形師なのに、どうしてお前自身はそんなに自信がないんだ?」
「なあ……そんなの知りませんよぉ。私にどうしろっていうんですかぁ」
「まあ、いい。そろそろ昼食の時間だが、食べに行かないか?」
そう言われて、目をぱちくりさせた。
この人はいつだって唐突だ。
「そりゃ別にかまいませんけど。私シリルさんのファンに刺されません?」
「そんなんいない」
嘘つけよー。口さえ開かなきゃモテるだろー。口開くとこうだけどー、こうだけどー。
そうは思ったけど言わず、ふたりで出かけていった。
ふたりで食べた豆のスープは絶品だった。
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