夏至祭を歩く

 だんだんと日が出ている時間が長くなり、いよいよ夏本番な気がしてくる。

 手持ちの人形の納品も済み、私はミントティーを飲んで涼んでいると、いつもの足音が響いてきた。


「エルシー、いるか?」

「はあい、こんにちはシリルさん」


 私がにこにこと挨拶をすると、心なしかほっとした顔をしたシリルさんと目が合った。

 今日は私服のシャツにスラックス姿だ。最近よく私服で会うなと今更思う。


「どうなさいましたか?」

「いや……夏至祭の際には仕事が引くというのは本当だったなと思って」

「そうですね……今年は少しだけ気が楽です。魔女人形を教会のほうで皆でつくってもらう方向にシフトしたおかげで、わざわざ発注してくる人もいなくなりましたし。おまけに材料も売れますからね」


 本当だったら人形用の木型も巻き付ける服も、安く済ませようと思えばいくらでも安く済ませられるものの、王都に観光にやってきた他国の人々用にはそこまで手作り感あふれる感じにはしたくないらしく、人形師の店であらかじめ切っておいたものが売れてくれた。

 さすがに王都に越してきたばかりの人形師も、初っ端の仕事が魔女人形大量受注だったら心が折れてしまうし、これでよかったんだと思う。

 私はぺこりとシリルさんに頭を下げた。


「人形師仲間も、喜んでいましたよ。これで新人人形師も逃げそうもなくって」

「いや……俺は大したことは言っていないが。ただ、お前たちのことが不思議に思っただけだ」

「不思議……ですか?」

「ああ……」


 ちょうど私たちが眺めた道では、恋人人形と寄り添い合っている令嬢が見えた。

 婚前恋愛禁止条例のせいで、令嬢と恋人人形が寄り添い合っていることがよく見られるようになったし、メイド人形と紳士が一緒に歩いている姿もよく見られるようになった。

 人形と人がこうしてのんびりと一緒に歩いていられる平和な光景が、王都のいいところだろう。


「ああいうものをつくれるのがな」

「人形師も魔女ですからねえ」

「そういえば。魔女は女しかいないのか?」

「宮廷魔術師に男の人もいるじゃないですか。魔法使いって呼ばれている人たちは、もっとこう魔動石なしで奇跡の力を起こす人たちですけど、私たちはそこまでではありません。大昔はもっといたみたいですけど、今はほとんど見当たりませんね」

「なるほど……?」

「すみません、私も感覚でしか説明できないんですよ」


 そうふたりで話していると、爽やかな風が吹き抜け、それと一緒に軽快な音楽が流れてきた。

 夏至祭は楽しそうでも、いつもぐったりと寝込んでいて、あまりこの時期に外を出歩いていない。


「外に行くか?」

「へあ」

「なんだ、その奇声は」

「いえですねえ。普段夏至祭に行ったことがなくて……」

「魔女人形が燃えるのを見るのが嫌だからか?」

「まあ……そうなりますね」

「屋台のほうは、魔女人形のお焚き上げはしてない。品物に灰がかかるからな。そっちのほうに行くか?」


 そう言われ、私は小さく頷いた。

 でも私、普段から真っ黒な服で、観光に来ている人たちが見たら一発で魔女だとわかる格好だ。私が「あのう……」と小さく言うと、シリルさんが溜息をついた。


「黒い服しか持ってないのか?」

「すみません……メイド人形用の服はありますけど、今から縫うのは……」

「ちなみに人形師は黒い服以外着ちゃ駄目なものなのか?」

「……似合いませんし。シリルさんが選んでくれたドレスは……まあ、私の髪が目立たなかったですけど……」


 私がもにょもにょ言いながら俯くと、シリルさんは溜息をついて、指を差した。

 店のサンプルのメイド人形に空色のエプロンドレスを着せていた。


「それを着て、頭にヘッドドレスを巻けば、多少は誤魔化せるだろ」

「わ、わわわ、私には似合いませんよ……メイド人形だから可愛いのであって、私には……」

「充分似合うから安心していい」

「そばかすとかありますし」

「俺は気にしない。日焼けしても赤くならない丈夫な肌だから、誇ればいい」

「……うう」


 私は渋々メイド人形に代わりに黒いローブを着せてあげ、もぞもぞとカーテンを閉めて着替えはじめた。

 サイズは私よりも大きく、メイド人形にはぴったり合うようにつくったものの、私ではガバガバだ。

 仕方がなく、パットを入れてサイズを誤魔化して、おずおずと出てきた。


「あのう……着ましたけど……多分、似合わないと思います……」


 私がおずおずと出てきてそれをシリルさんに見せると、シリルさんは黙って明後日の方向を向いた。

 やっぱり似合わないんじゃない。着せたのはそっちなのに。そっちなのに。

 こちらが泣きそうな顔をしていたら、ようやっとシリルさんが口を開いた。


「……すまない。直視できないほど」

「似合いませんか」

「そんなこと言ってない。似合う。ものすごく似合う。美しい。それは自信を持っていい」

「なんでそんな畳みかけるように言うんですかぁ……」

「なんだ、もっと貴族風に言えばよかったのか。朝露を浴びたマスカットの……」


 シリルさんがどんどん訳のわからないことを言い出すので、とうとう私は噴き出した。


「ぷはっ……わかりましたよぉ。信じます。信じますからぁ……」

「そうか、ならいい」


 なぜかシリルさんは偉そうな顔をしたので、思わずまた噴き出しながらも、屋台通りに向かうことにしたのだった。


****


 人形師の店ではメレンゲクッキーが売られ、屋台でも小さ目なお菓子が売られている。ミニケーキ、ビスケット。それらを頬張りながら、花がたくさん飾られているのを眺めていた。

 夏至祭は元々は田園で行われている豊穣祭であり、秋に実りますようにという祈りである。

 それらはあまり王都では関係ないため、郊外の風習をいろいろ織り交ぜた妙なものになってしまっている。観光に使われているのも、その妙な祭りのせいだ。


「屋台のお菓子、おいしいですね……」

「楽しんでくれてなによりだ。本当に寝込んでいたんだな」

「この時期になったら、仕事が突然空いてしまって気が抜けて、ぼーっとしてしまうんですよ」

「なるほどなあ」


 シリルさんはそう頷く。頷いている間に、見回りの騎士さんたちとすれ違った。

 そこで騎士の制服を着た人が声をかけてきた。


「おお、なんだシリル。今日は夏至祭だから、パブで飲みに行こうと言っていたのに、断ったのはデートのためか」


 私は思わず仰け反った。

 デート。そうか。シリルさん、黙っていたら格好いいから。誰かとデートする予定だったのか。


「す、すみません。私、気が付かず……」

「おい、なんで自分がデートしていると思わないんだ。エスター、お前はいくらなんでもネガティブが過ぎる」

「……遊びに来てましたけど、これはデートだったんですかね?」


 私のひと言で、あからさまにシリルさんは肩を落としてしまった。

 シリルさんのしょんぼり具合に、騎士さんは気の毒なものを見る目を彼に向ける。


「あー……すまない。まさか一対一で遊びに来ているのをデートだと認識できない子がいるとは思ってもみなくってな」

「……彼女は郊外から来た人だ。王都の常識に染まってないから、あまりからかってくれるな」

「シリルがずっと会いに行っていた子だろう?」


 私はふたりの言葉を聞きながら、なにか変だなと思って気付いた。

 シリルさんがそんな人なんだと認識していたけれど、この人もちっとも私の髪の色に触れない。

 お客さんはそんなもんだと認識していた。シリルさんは口が悪い人だから、そういう人なんだと思っていた。全く知らない人がそういう反応するのは全然知らなかった。

 私が勝手にカルチャーショックを受けている中も、シリルさんはむっすりとした口調で言う。


「あまりからかってくれるな」


 そう言いながら私の腰を抱いて歩いて行った。私は会釈をしてから、シリルさんに顔を上げる。


「お知り合いだったのに、よろしいんですか?」

「こっちのことをからかっているだけだ。気にするな」

「……なんだか、あの人誤解してるようですけど。私とシリルさん、特になんにもないですし」

「……頼むから、お前もあまり卑下しないでくれ」


 シリルさんがそうボソリと言った意味を、私はわからずに「はい?」とだけ言った。

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