第11話 網(あみ)
炭焼きの子は、花曜日生まれだと言ったその巡礼をもてなすために、茶の碗を取ってきた。巡礼をもてなす村のしきたり通りだった。
「夜通し歩いてきたのかい?」
「途中までは夜がけの馬車だよ。しかし、夜中の停車場はここから少し遠いからねえ」
「ああ、そうだねえ」
巡礼地なのだが、そこまで大きな村ではないために、夜がけの馬車の停車場からは外れてしまった、と、子供は聞かされていた。真夜中にお詣りを思いついて矢も盾もたまらず、という人間の都合より、大きな商売が動く町と町をつなぎ、手形を大慌てで届けたい人間の都合を馬車の組合は選んだ。
「たまにそういう人もいるよ。でも、夜がけは割高だっていうじゃないか。そんな信心の深さを、ランジュ様も見ていてくださるといいねえ」
「ああ、おいしい茶で人心地ついた。君にもきっと、お恵みがあるよ。ありがとう」
「気をつけて行ってね」
巡礼は手をふる子供を何度も振り返り、あたりに誰もいなくなると、
「魔獣人の子供か」
この村は、古くから人間と魔獣人が親しんでいると聞いたが、それをさっそく目にすることになろうとは。
子供には、山猫のしっぽがついていた。
「あんなに油断して。緊張感がないのだなあ」
とはいえ、人間の姿であったのは、今の難しい状況を受けてのことだろう。子供はあまり巻き込まれないでほしいのだが、そうもいかない。
「……せめて、早くことが済めばいいのだが」
巡礼は、聖女廟に向かって行った。
◆
聖女ランジュ廟は、今朝も滞りなく年老いた管理人たちの箒と拭き布の働きで清められた。小さな香炉からは、細い煙が天に向かってゆれている。
「おはようございます」
革命政府から来た魔獣人の監視人が数人、廟の周りを囲んでいる。熊と山犬、昨日は虎が来た。革命政府の制服を着て武装もしており、ものものしい。
「ご苦労」
ねぎらいの言葉を返す者と、返さぬ者がいる。返さぬ者は、おそらく死人だろうと噂されているが、誰も表だって口にすることはない。
管理人たちはこの廟を戦火から守ったことがあるので知っている。革命軍にはひそかに死人の兵士が混ざっていた。何度も死んで、それでも何度も使い回され、最後は皮が焼け折れた骨があちこちからのぞき、血まみれのむごたらしい姿で向かってくるのに、死人遣いから死ぬことが許されるまでそのままだ。
そんなものたちから何とか守りぬくことができたこの聖女廟。仕事を退いた年寄りたちが主な管理をすることとなっており、こうして毎日黙って勤めを果たしているのだが、
(聖女ランジュ様は、ほんとうに召喚されるのだろうか?)
その胸のうちには、この憂いが渦を巻いていた。
「ご苦労様」
管理人の詰所には、数日前から法王庁からの僧侶がいる。
「今朝は穏やかなようだね」
「はあ、おかげさまで」
「今日、何事もなく済めば、また静かな村に戻ることだろう。苦労をかけるね」
革命政府からも、法王庁からも網が張られている。
それが今の村のありさまだった。
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