第8話 匙(さじ)

「いやあ、うまいなあ」


 カルルは、自分の料理の腕前にほれぼれしていた。森の木々に馬車をひそませ、泉の水を汲み、焚き火を起こし、干し肉と摘んできた野草を刻んで麦の粥に加えたのだが、なかなか良い味が出たそうだ。たしかにいい匂いが漂ってくる。


「ほら! 焚き火はすぐ消しちまうから、さっさと食べておくれ」


 魔獣人が相手なので、焚き火などすれば煙の匂いひとつで見つかってしまうのだろうが、それより前にたなびく煙を見つけられるのはもっと間抜けだとカルルは独特の主張をしたのだった。

 ドロテアたちは、はいはい、と、つき合っていた。


「ありがとう、カルル」


 馬車から降りないようにと言われた私は、箱の片隅で木の椀と匙を受け取った。


「ものを食べる聖女様なんてなあ」

「こら」

「いや、失敬失敬。お供えを召し上がっていただければ、お参りするほうもやる気が出ますさ」

「こら!」


 ランスロットに叱られて、カルルは表へ出ていった。


「失礼をいたしました」


 カルルの代わりにランスロットは詫びた。


「そんなこと。私自身がなんだかおかしいな、と思っているくらいですもの。それよりいただきましょう」


 ひと匙を口に運ぶと、なるほど、カルルがうぬぼれるだけの滋味が広がる。


「おいしい」


 目覚めたばかりだった昨日にくらべて、身体がみずみずしくなっているように思えた。水を飲んでもたとえようもなくおいしく感じ、粥は五体にしみわたる。


「この麦が、うまいものですからねえ」


 ランスロットは首から下げた小さな赤いかばんに嘴を突っこんで、もぐもぐとついばんだ。おやつとして乾煎りした穀物を常に入れているそうだ。


「粥にしても、乾蒸餅にしても、この通り乾煎りしただけでもうまいのですよ」


 ほんとうに。

 うなずきながら、匙がすすむ。


「……ほんとうに私、蘇ったのね……」

「何をおっしゃいます」


 都を離れたものの、行き先はまだ決まっていない。

 聖女廟(私の!)がある懐かしい村には、今日は厳しい見張りがあるだろう。儀式の日だというのに、私はこの通り法王庁を出奔している。とすれば、網を張る場所はそこだけではないにしろ、外すことはないだろう。


「私の居どころが見つかってしまうと、厄介なのね」


 革命政府と、法王庁と。


 私の身柄を押さえたほうが、神の意思を地上にもたらす正当なこの地の統治者なのだと。


「急に聖女になったと告げられて、幼なじみに会えて喜んでいたら、こんな大ごとがひかえているなんて」


 まだ理解が追い付かないのだ。私の中で、花曜日の聖女はフラだ。それを差し置いて私だなんて。


「いやいや、早くも奇跡を起こされたとか」

「教会の回廊のこと?」


 私の知らない戦乱続きの二百年。

 痛ましいありさまの教会。私の起こした奇跡は天井画をはじめ、すべてに昔日の輝きを与えたらしかった。


「……私は、何のご利益があるんでしたっけ?」

「歌舞音曲、絵画書道、手芸工芸の上達、また、魔獣人を倒したので武運長久」

「なるほど。それなら起こした奇跡が、傷んだ教会の修復にもなるわね」

「おふざけになってはいけません。もったいなくも、奇跡ですぞ」


 ランスロットは、生真面目な面もあるようだった。

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