第16話 地下出版(ちかしゅっぱん)
「まあ、それは置いておこう」
アッシュもドロテアも、嫌な話はすぐ忘れる。
「なんだろうなあ、革命軍の主張につながることが書かれていたんだよな」
「何あたり前のこと言ってるのよ」
アッシュが心もとないので、ドロテアがしびれを切らしかけている。
「地下出版よね。それで少しずつ革命軍の思想を広めていったんだけど」
簡単にはまとめにくい話なのだろうか。
「ううん、むしろ単純な話なの。その方が、不満につけこみやすいのかしら」
【人間と魔獣人、違いは?】
ドロテアによれば、この冊子の題がすべてらしい。
「人間と魔獣人、寿命と能力の違いはあれど、これまではその違いを補い合う場面もあった」
ここまで聞けば、融和の話に導かれる道もあったのでは。そんな甘い気持ちも起こる。
「でしょう? 私たちの村みたいじゃない?
ところがね、違っちゃったのよ」
続きを聞こう。
革命軍は、魔獣人の優位を説く一派からあらわれたということは昨日も聞いた。寿命が長いほうが世を統治するべきだと。
人間と魔獣人は違う。だから互いを補い合って。それは私たちの村の暮らしだったが、冊子の主張はこのあとどのように展開して、寿命の長いほうの優位を、となっていったのだろうか。
「寿命が長いほうが、補う場面が多くまた重要だ。
結論としては、そうきたのよね」
人間にとっても、その方がよいのだ。志半ばでこの世からいなくなる。すべての成果は途絶えてゆく。損失である。
それゆえ、今の人間優位の世の中はあらためられるべきだ。
寿命の長いほうが、人間の残した成果も永く伝え、生かすことができる。統治する側にふさわしいのは、これで自明であろう。そのような結びで冊子は終わる。
「よく覚えてるなあ、ドロテア」
アッシュが感心する。
「その……」
カルルが、少し言いづらそうな顔をした。
「どうしたの?」
「そんな冊子が出回って。最初どう思いましたね?」
「言いづらかったらいいけど、私、聞いておきたい」
思わず私もそんな言葉が口から飛び出して、アッシュもドロテアも、仕方ないという顔になった。
「そうねえ」
ドロテアは、少し考えこんで、
「一見正しそうに聞こえるんだけど。
魔獣人に革命軍の考えを吹き込もうとしているんだから、そりゃ正しそうに見えるのよ。
でもね。私だってその時はもう百年以上生きてた。そのあいだ、魔獣人が人間をどうにかしたほうがいいような……そう思われるようなことはなかったんだから、こんな主張はどこかに無理があるんじゃないかしら。村にいたせいもあるだろうけど、とにかくそう思ったわ」
「私も似たようなこと思ったな」
レネが馬車を操りながら言った。
「だって、この馬車だって人間の発明だものね。魔獣人が人間を支配するとか言っても、人間が創ったものにただ乗りするようなもんじゃない? 私は都会で人間に紛れて暮らしていたこともあって、嫌なことがなかったわけじゃないけれど、それでもそのあたりがひっかかったな」
「うん。それぞれ考えがあっての、この旅だからな。俺はとにかく争いにつながる考えが嫌だからなあ」
私と二人きりで話す時とは言葉遣いがずいぶん違うランスロットがうなずいたところで、
「痛てて。俺、何も考えてないからなあ」
アッシュが頭をかくので、みんな笑った。
「でも、こうしていっしょに来てくれているじゃない」
私は思った。
きっと、それが言葉にはしてこなかったけれども、アッシュの答えなのだ。
「俺たちの出した答えはそうだとしても、残念ながら世の中はそうじゃなかった」
「……」
ひそかに集まった革命軍に人間の住処は次々に制圧され、それは激しい戦いとなった。
「どうしてあのヴァンってやつは、革命なんて考えにとりつかれたんだろうなあ」
死人を利用してまで。
「なんでまた、そんな考えになったんだろうなあ」
聖女ランジュの長い旅 倉沢トモエ @kisaragi_01
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