第10話 偽物(にせもの)
さて、この朝はこうして、炭焼きの親子やランジュたちの一行が、本日執り行われる儀式をめぐってざわついていたが、これはいずれもひそかな場にてのことである。
「見つからぬのか」
儀式に欠かせぬ聖女の首検分役である魔獣人たちが姿を消したことに対する手はずを、法王庁は極秘に進めていた。
「やはり、革命政府側の魔獣人だったのでは?」
アッシュとドロテアについて、そんな猜疑ははじめからついて回っていたので、枢機卿らはそのようなことはない、と、たしなめ続けてきたのである。
「首検分役が魔獣人であるからこそ、ランジュ・シトラスを召喚すべしというのが神のお心なのだ」
ランジュ・シトラスの首検分役は、彼女にけしからぬ魔獣人について教えた、魔獣人の友である。
「かような魔獣人と人間の融和を、神はお望みなのだ」
だからこそ、次期法王は人間、魔獣人を問わずとの夢告げなのであろう。そこまで話すと、アッシュとドロテアを疑っていた僧侶も引き下がった。
しかしこの失踪事件はどうか。
「何者かを伴って彼らは消えた。一体それは」
魔獣人か。人間か。
魔獣人であれば、かの二人ははじめから革命政府と通じていたのであろう、と譲らない者がいた。
「だが、なぜ失踪する必要が?」
「僧侶の服を奪ってまで」
そこもわからないのだった。
それまではおとなしく勤めの流れをさらっていたというのに。姿をくらます少し前には熱心にも、祭壇を見学していたのだというのに。
「それにこのことで、革命政府の利となることがあるとは思えない」
とはいえ、人間が手引きをした、と考えたところで、結論は同じなのである。人間世界の利となることがあるとは思えない。
「いずれにせよ、お達しによれば、彼らを安全に確保せよとのことだ。魔獣人二人と、同行しているという一人についても」
傷つけたり、命を奪ってはいけないというのである。
「何としても、召喚の儀式を成功させなければならないのだからな」
「面倒なお役目が来たもんだなあ」
法王庁の僧侶の中に、いくぶんまわりと様子を異にする者があった。まず僧衣を着けておらぬ。
「さて」
旅人のなりをして。
「まさかここにはいないだろうよ。法王庁も革命政府も、どちらの目もあるんだからなあ。しかしお役目だ」
日が昇る頃、その僧侶はその地に着いた。
煙の匂いがする。見れば炭焼き小屋だ。
「おはよう」
子供が出てきたので声をかけた。
「ランジュ様の聖女廟は、こちらの村かい?」
「なんだって? こんな時にお詣りかい?」
顔に煤をつけたまま、子供はあきれて見せた。
「今日が何の日なのか、知らないわけじゃあるまいに。あっちもこっちも、法王庁の偉い人も革命政府の偉い人もピリピリしてやがるよ」
「いやあ、そうかあ。召喚儀式の大事な日にお詣りしたら、ご利益が増えるんじゃないかと思ったんだがね、ははは。俺は花曜日生まれだしなあ」
「へんなおじさんだなあ。
歩き疲れてないかい? お茶でも飲むかい?」
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