第4話 策謀(さくぼう)

 法王庁に革命政府より早馬があった。総統ヴァンに、神よりの〈夢告げ〉があったとのこと。

 その内容。


「〈この夢告げを得た者、花曜日の聖女ランジュを正しく召喚すべし。神はその者にのみ、聖女ランジュの生きた姿を遣わす。そのたしかな姿をもって神の栄光を衆生に知らしめた者こそ次期法王にふさわしいものとする。人間、魔獣人を問わず〉」


 この報告に対しての、もう一人の次期法王候補、ハーネル枢機卿の回答は次の通りである。


全く同じ〈夢告げ〉を承っております」


 二人が同時に受けた〈夢告げ〉。まこと神よりの言葉に他ならぬと認められた。

 そして、このことにより、革命政府ヴァンは魔獣人の身ながら法王候補となったのである。


   * *


「ハーネル枢機卿」


 執務室にて侍従は耳打ちされた内容に震えた。


「こう出られては、こちらも迎え撃つほかはないよ、シュペール」


 相手は死人遣い。

 革命政府は巧妙にその事実を隠蔽しここまできたが、法王庁とて間抜けではない。



 策はある。生前のランジュ・シトラスを知る魔獣人アッシュとドロテアが存命だ。彼らに召喚した聖女ランジュとの対面をさせる。革命政府側にこれを承諾させることだ。


「死人遣いの小手先の幻術に、本物の次期法王たる私の召喚の力を見せつけねば」


 そう考えて『こちらも同時に〈夢告げ〉を受けた』と賭けに出たのだ。

 渡すわけにはいかない。この土地に続いて、聖性まで魔獣人に奪われてはならない。


 そうして備えてきたというのに。


   * *


「シュペール」


 枢機卿は侍従の言葉を疑った。

 聖女の検分役、アッシュとドロテアが何者かを伴い姿をくらましたというのだ


「追って、早々に確保せよ」


 誰を伴って?

 革命政府にまつわるものか。それとも。


「その者はと?」


 気絶させられ、服を剥ぎ取られていた二人の司祭の証言はこうだった。


「まさか」


 聖女であるはずがない。

 聖女は明日、自分が召喚するのだ。では何者か。

 それを確かめるためにもなんとしても逃亡中のその三人を確保しなければならない。 


「第三教会の天井画が?」


 しかしその後も信じがたい報告が次々に。

 何が起こっている?


「引き続き、彼らを追うように。革命政府に先を越されてはならぬ」


 祭壇に出現したように見えた者。


「まさか」


 これは、魔獣人の挑発に乗ったことへの戒めか?


『ハーネル枢機卿』


 いずこからか呼びかける声があった。


「……あなた様は」


 振り返るなり、枢機卿はひざまづいて祈りの姿勢となる。

 光があった。

 その光から、呼びかけられていた。


『まだこうべを垂れる心根はあったか』


 光の中から次第にある姿が浮かび上がってくる。


   * *


「魔獣人アッシュ、ドロテアとその一味」


 出し抜けに踏み込んできた者たちに、私たちはそう呼び捨てられた。全員黒豹の魔獣人だ。

 一味って、カルルひとりのこと? それとも私も入ってる?


「革命政府より、一同ご同行の協力をお願いする。明日の儀式に不在は困る。ついでにここには禁制の旧暦聖画の新作が並んでいるようだな。連絡役の鳥の魔獣人や猫の魔獣人の出入りが報告されているぞ。

 首検分役回りをそそのかし、出奔させたのはお前か? お前もご同行願う」


 お前、って私のこと? なんだか嫌なことを言うのね。

 というか、私が聖女って、まだ知られてないとか? ますますややこしくなってきたわ。


「おや、お越しが早いな」


 アッシュはなんだか負けてなかった。


「古い友人がいたのよ。ちょっと遊びたくなるじゃない? さすが都だわ。勝手に抜け出して悪かったと思っています」


 ドロテアもなんだか負けてなかった。

 そんなことを考えていたら、こっち、と、カルルが袖を引く。


「あっ!」


 追手の者たちが驚きの声をあげたけれど、私も驚いた。

 私たちの卓と椅子は、私たちが座っているそのままの形で床下に落ちていった。


「ごめんね、お尻が痛くなる仕掛けで」


 私たちは地下通路に出ていた。


「革命軍の進攻に備えた防空壕跡だよ」

「ランジュ!」

「大丈夫。自分で走れるわ」


 追手の嫌な気配を感じていると、また私の中から光が溢れてきた。

 よくわからないけど、こう言わなければならないような気がした。止まらないかんじがする。


「離れて!」


 その言葉を聞かずに迫った追手たちが私の光に触れ、途端、ひとり残らず声も出さず塵となった。


「……浄化されたんだ。やっぱり死人遣いのすることだな」

「さっきの追手と違う」


 私たち、法王庁からも革命政府からも追われているんだ。それがわかった。


   * *


「おや。首検分たちは見つかりましたか」


 革命政府総統、猫の魔獣人ヴァンは、執務室に滑り込んできた黒猫を抱き上げた。


「ほう」


 喉の奥から、押し殺した笑いがこぼれる。


「第三教会の聖画が? そして追手の三匹が一瞬で。ルールタビーユ、」


 魔獣人は猫に呼びかける。


「死人を遣わしたのはどうやら礼を欠いた。もっと正式な迎えの者を」


(祭壇に出現したように見えたと。まさか)


〈夢告げ〉はこちらが仕掛けた筋書きに過ぎない。それを利用してここまでこぎつけた。

 枢機卿が話に乗り出してくるところまでは思案の内だったが、儀式前にかようなことが起ころうとは。


「〈夢告げ〉の中には。正しく召喚した者には神がふさわしいものとして生きた聖女を遣わすと」


 まさか、儀式前に本物の聖女が出現したと? 神が茶番を察したか?


 猫の魔獣人は、明日のために並べられた祭具を見つめる。


「なんとしても、法王庁より先に逃亡者どもをこちら側に押さえねば」


〈夢告げ〉への疑惑は、除かねばならない。

 そして、聖女は召喚しなければならない。

 そのための秘策はまだ残っている。かつて何のためにわざわざ祠のある地域を狙って侵攻したか。


「私がこの天地を統べる」


 金色の目が光った。

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