第13話 小使(こづかい)
聖女召喚の儀式当日。
その朝、法王庁はいつもの静寂を守っていた。
「首検分なしに、儀式はうまくできるものでしょうか」
法王庁の小使がもうひとりの小使に小声で尋ねる。建前上枢機卿とその側近のみが知る事実であるゆえ、表立っての話はできない。
「いないと困ります。召喚ののち、その証をすることができなければ。もっとも、奇跡を起こせるかどうかで判断する方法もあると聞きましたが。
奇跡など人間の都合で起こしていただくわけにはいきませんよ。なので目下革命政府、法王庁、双方で行方を追っているところですよ」
「しかし」
「余計な心配は無用。我々が命ぜられているのは待機、それだけです」
「首検分役……」
「なんです?」
年少の小使は、いえ、と前置きし、
「素朴な村の若者といった風体のお二人だったんですがねえ」
「見た目に惑わされてはいけませんよ」
「ええ。しかし、明日には我らはどのようになっているのでしょうか」
聖女は。いや、聖女を通して地上にそのみ心を示す神は、人間と魔獣人、どちらを選ぶのか。
「我らは勤めを果たし、祈るのみです」
「そうですねえ」
そこにハーネル枢機卿の侍従、シュペールが通りがかり、二人は口を慎んで深々と一礼した。
「おはようございます」
「おはようございます。
お二人とも、いつものようにお勤めご苦労」
「シュペール様」
そのまま立ち去ろうとした侍従に、小使たちからなぜか引き留めの言葉が出た。
「いかがいたしました?」
「ハーネル様のご様子は」
法王庁の奥の間にて。
禊ののち、儀式の時を待つのみのかのお方は。
「ご心配なくとのお言葉です。
あなたがたは、共に祈ってください。
そして、どのような結果でも、それは神のご意志なのだと、そのような心でいてください」
「はい」
実のところ。
魔獣人の餌にされたらどうしようと若い小使たちは心配している。召喚の儀式の結果、そうなるのではとの憂いだけではない。聖職者の肉は薬食いだ、という魔獣人たちの間に伝わる迷信があるとこれまで何度おどかされたか知れないのだ。
「食べられたらおわりです……」
シュペールの後ろ姿を見送りながら、ふたりの小使は次の勤めに向かう。
「終わりかなあ」
「しっ」
法王庁の中でも、私語は一切無用の場所に差し掛かった。
「今日もここでのお勤めをしなければいけないのかあ……」
小使たちはこれから、中庭の清掃をしなければならないのである。
「お客さまがご覧になれるよう、わざわざご接待のお部屋は中庭を向いているのだからねえ」
中庭からその部屋をのぞきこむことはご法度である。私語が禁じられているのと同様、客人が居る場でのたしなみである。
「でも、お客人がこちらを見ていらっしゃることはよくあるじゃないか。昨日だってそうだった」
その方は今、ハーネル枢機卿と同じく、禊を済ませて祭壇の前で儀式の時を待っているはずである。
(怖かったなあ)
小使たちは昨日、この清掃の勤めのときに、恐ろしい目がこちらを見ていることに気づいて震え上がったのだった。
(ただの魔獣人とは違うんだからなあ)
あの飾り窓の向こうに、人間の姿の革命政府総統ヴァンがいたのだった。灰色の巻き毛にふちどられた端正な顔。緑の目は時たま金色に光る。
その目だ。獣の姿でもないのに、その氷のような冷たさときたら。
身がすくんでいる二人を見、ヴァンはふっと笑ったようにも見えたのだが、それきり部屋の奥へ去って行ったのでわからない。
「ひっ」
ただでさえ儀式前の警戒をする魔獣人たちが入れ替わり立ち替わり、この法王庁内を行き来しているのである。
小使たちは清掃の手を早め、恐ろしい気配を振り払いたいと、ただそれだけなのであった。
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