御心(みこころ)

第12話 祠(ほこら)

 聖女ランジュ廟を守る革命政府の監視人たちは、ものも言わず立っていた。

 昨日この地に入った虎の魔獣人は、聖女廟に一礼してから任務についた。今朝もそうしていた。革命政府の立場ではあるが、彼自身には土地の人間の作法を守る心情があるらしい。

 来て早々、法王庁で聖女召喚の首検分役とされていた魔獣人二人が、何者かを伴って出奔したと極秘の報せが入ったのにはいささか戸惑った。


「祭壇を見学している直後ということから、様々な憶測があるが、命令はひとつ。『出奔した二人の魔獣人と、そのもう一人を傷ひとつなく確保せよ』」


 隼の魔獣人はそれだけ伝えて飛び去った。


 革命政府ヴァンは、どうしても聖女ランジュを召喚し、法王庁も支配下としたいのである。それで魔獣人の世界は完成する。その後、地上は魔獣人の定めるように治められてゆくのだ。

 人間はどうなるか。これまで通りなのか。魔獣人が使役する対象となるのか、食材とみなされるのか、そのあたりは今のところ明らかにはされていない。


(夢告げがあり、それによれば此度のこの件、尋常の召喚とはならなそうなのだが)


 これまで聖霊として召喚されてきた聖人たちであるが、聖女ランジュは、肉体を持って遣わされるというのだ。


 そして、その召喚をなし得た者が、神の認めた法王となるのである。


 ところが召喚の決め手となる首検分が儀式を目の前に出奔した。

 状況はそのようなものである。


「まさかわざわざこの聖女ランジュ廟に出向くことはなかろう」


 監視人の熊が言った。


「そんな、捕まえてくださいと言わんばかりのことは、しないだろう」


 我々は、楽をさせてもらえるかもしれないぞ。

 熊は、時々冗談をまぜて話すようだ。


「我々は楽をするとして、」


 山犬が会話を楽しむように続けた。


「では貴君、本日どこの配置が一番苦労をすると思う?」

「まず、法王庁だろう」

「それはそうだ。儀式の舞台だからねえ」

「そして、出奔した連中の行き先が当たった連中が、間違いなくやっかいに巻き込まれるだろう。昼飯も取られないかもしれないぞ」

「どこだろうと思うね?」

「そうだねえ」


 出奔の訳は何だったのだろう。


「何かを見たか、知ったか、したのだろうねえ」


 熊も、その推理を楽しみはじめた。


「聖女に関わりのあることかどうか」


 しばらく黙り込むと。


「いかん! 我々には考える材料が足りんよ」


 そうしてそれぞれの配置についたのだった。

 虎は、何となく自分は愉快な組に配置されたと思った。


   ◆


「私の祀られている聖女廟に、行くのは難しいかしら」


 ランジュが朝食の後、そのようなことを申したので、一同は面食らった。


「どうしても捕まっちゃうよ?」

「それはそうなんだけれど」


 ランジュは、申し訳なさそうにしている。


「けれど、昨日からの出来事に神のご意志があるのなら、聖女廟に何かあるような気がしてならないのよ」

「だが、この通り君はここにいる。今さら聖女廟に神は印をあらわすだろうか」

「だいたい、ランジュをこうして甦らせて、未だお告げがないのはどうなのかしら?」

「お告げじゃないけどさ、」


 レネが畏れ多くも神への不満をのべたところにカルルは言った。


「僕の描いた聖画が、光ったよね」


 禁制の、旧暦の聖者たちだ。


「旧暦の聖人が、助けてくれないかなあ?」

「あ、それ。その方がいいんじゃない? そっちに何かあるかもよ?」


 ドロテアが、あっさり言う。


「どうかしら、ランスロットおじさん?」

「そうだなあ」


 ヒヨドリは考えて、


「カルル。君は旧暦の聖画を取引しているから、それぞれの秘密の祈祷所や聖人の祠に詳しかったね?」

「その通り」


 得意な話を振られたカルルは胸をはって快活になった。


「この付近で、革命政府も知らないような、そんな場所はあるかね?」

「そうだなあ」


 カルルは上着の隠しから小さな赤い帳面を取り出した。


「そうだねえ」


 ぱらぱらとめくり、思案をはじめる。

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