第7話 儀式(ぎしき)
炭焼きには、息子がなぜ落ち着きをなくしているのか、わかっていた。
本日法王庁において列聖の儀式が執り行われることはずいぶん以前に知らされていたのだが、これまで長きのあいだ様々なご利益のある聖女として親しまれてきたランジュ・シトラスが、いよいよ列聖されるとなれば、話は大ごとなのである。
「本当に、今日なのかよう」
列聖されてからの聖女の扱いは、これまでとは変わる。
「なにせ、ランジュ様が法王庁のためにご光臨されるのだからなあ」
聖女ランジュは法王庁の定める花曜日を統べ、法王庁とともに神の意志を地上にもたらす存在となる。
様々なご利益を地上にもたらすと衆生より信仰される、これまでの在り方とはそこが異なる。
「聖画を飾って祈る。そこは変わらんと思うのだが、勝手なご利益をお願いすることはできなくなるんだそうだぞ?」
〈列聖〉は、法王庁が聖人たちの力を自らの側のものとする。そのような性質を持っている。
法王庁が神の名においてこの地上に「神の意志を代行する」と決議したそのとき、聖人と聖女はその力を法王庁を通して発揮するのである。
「おいらたちの聖女様じゃなくなるのかよう」
「しっ。めったなことを言うんじゃないぞ?」
そのため、法王庁は革命政府とのひやひやするやり取りの真っ最中なのだ。
聖女の力は、人間のものに還るのか。それとも魔獣人のものとなるのか。
「この村にいれば、そんな面倒なことを考えなくて済んだんだがなあ」
父親がため息をつくと、息子はややこしい考えを持て余し、ひょっこり飛び出した長い尻尾で遊びはじめた。
「おいおい、当面ヒトの姿でいろと言ったろう」
山猫の魔獣人であるこの父と子は複雑極まりない世相を、人間の姿で暮らすことでやり過ごそうと考えていた。この村では魔獣人の姿でいたところでなんの障りもないのであるが、近ごろ〈列聖〉の関係で村の中を法王庁の人間も革命政府の魔獣人もうろつくようになっている。
魔獣人の姿では間違いなく革命政府側の者だと判断されるだろう。それは本意ではなかった。
人間の姿でいれば、同じ魔獣人たちからの当たりはきつくなるが、法王庁側の人間たちから冷たい目を向けられることは減るだろう。
本当はどれも本意ではないのだが仕方がない。人間の中に紛れるほうがいくらかましだと思えたのだ。
「アッシュとドロテアは、どうしているのかなあ……」
法王庁に連れられて行った、村の仲間である。
「今日になっても、何の知らせもないのはどうしたわけだろうか」
聖ランジュ廟には、数日前から法王庁の立派な衣を着た聖職者たちと、それを監視する魔獣人が詰めていて、村人たちの入る隙はない。
「本当に、儀式なんてあるのかなあ」
「こら、」
余計なことを言ってはいけない。
「どこに耳がついているのか、今の村はわからないんだからな?」
じきに夜が明ける。
炭焼き小屋の細い煙が、白々としてきた空にたなびいているのが少しずつ見えてきた。
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