第2話 聖画(イコン)
●革命政府は法王庁を保護する。法王は人間、魔獣人、聖者列聖の力が認められればどちらも選出資格を持つ
●暦、六曜の聖者は革命暦の聖者制定会議で定めた通りとする。列聖、召喚の次期と儀式は法王庁の指揮とする。
●「
* *
「花曜日の聖女ランジュ、星曜日の聖アントン、風曜日の聖ニコラ、雨曜日の聖女イリス、海曜日の聖女ナジェ、陸曜日の聖トマ。もちろんそれぞれを聖画に描くときの約束は頭に入っているさ」
「船乗りだった聖アントンには銛を、風車小屋で育った聖ニコラには粉袋を、花屋の聖女イリスは水差し、天気読みの聖女ナジェは気圧計、聖トマは馬車乗りだったから鞭」
「あ、わすれてた。聖女ランジュ? もちろん絵筆だよ。絵筆を持っているのは聖女ランジュさ。花曜日と芸事の聖女だけど、魔獣人を倒したから、武勲を祈る時にも聖画はご利益があると言われているよ。ひとつ買わないか? どれも僕が描いたんだ」
* *
〈聖女〉として目覚めた私に、ドロテアとアッシュはスープ粥とお茶を出してくれた。
「魔獣人の革命軍。どういうこと?」
二百年の間に起こったことを簡単に。
魔獣人の革命派が勢力を強め、法王が頂点に君臨する人間世界を制圧した。今この地を統治しているのは革命政府。
「革命軍は、人間世界と折り合いのつかない魔獣人たちが長年準備してきたものだった。ひどいものだった。私たち、村を守るので精一杯だったの。
革命政府樹立後、革命暦と新しい六曜の聖者が制定された。反発をいくらか抑えるため、祝福された殉教者、殉職者の中でも聖者候補として人気があった方々から選び出したわ。
それが十年前のはなし。以来革命暦で世の中は回ってる。
でも六曜の聖者については法王ご自身の反発もあって、人物の選出がされたきり話が止まっていた」
それは反発もあるわよねえ。
私だって変なかんじがするのに。
「それから十年経ってみて法王庁は、聖者列聖の件があればその点だけは革命政府に対し優位に立てるとわかったのね。結局〈聖人〉〈聖女〉を列聖し、聖霊として召喚する力は人間でなくては宿らないからね。
で、人間の最後の聖なる砦としての抵抗を表向きはやめて革命暦の聖者列聖を正式に行った。それが先日」
私の知っている六曜の聖者。花曜日の聖女フラ、星曜日の聖レトワ、風曜日の聖ヴァン、雨曜日の聖女ベル、海曜日の聖女サラ、陸曜日の聖カルル。
「革命暦の聖者はこのとおり。花曜日の聖女ランジュ、星曜日の聖アントン、風曜日の聖ニコラ、雨曜日の聖女イリス、海曜日の聖女ナジェ、陸曜日の聖トマ。あなたは花曜日の聖女でもあるのよ、ランジュ」
「変なかんじだわ」
でも今は続きを聞こう。
「まずい」
そこにアッシュが慌てて駆けてきた。姿が見えないと思ったら見回りに出ていたらしい。
「計画変更だ」
「なんですって?」
ドロテアとアッシュ、私を両脇から抱え上げた。
「なに?」
「ちょっと急ぐわよ」
なんだか懐かしいことを思い出した。
昔々。二人はこうして私を運び、狼の速度で野山を遊び回ったのだった。
「あら?」
にわかに教会の中が騒がしくなってきた。
「どうしたのかしら?」
「法王庁からの追手だよ、ランジュ」
こちらもまたにわかに、アッシュの軽口が戻った。
「この司祭服を貸してくれた方が、お目覚めになったんでしょうね。それからここを突き止めるまで、さすが早いわ」
ドロテアが謎めいたことを言い出した。
「私たちね、あなたを法王庁から誘拐してきたのよ」
「誘拐?」
召喚されて、すぐ誘拐? 私、ほんとにどうなってるの?
「とにかく、出なきゃ」
私たちは長い回廊を走り抜ける。
「……ここでも戦闘があったの?」
六曜の聖者が描かれていたはずの天井画は、月あかりで見ても損壊されているのがわかる。
「ここはね。ほんとは廃墟なの」
「なんということ」
その時。
私の身体の奥から溢れる光があった。
光は私を包み、広がり、回廊の隅々まで渡っていった。
「聖女の奇跡が?」
ドロテアが声をあげた。
「まさか」
光が消えたとき、回廊は昔日の輝きを取り戻していた。
天井画に描かれた六曜の聖人の姿は神の栄光と天使の祝福に包まれていた。
「すごいけど、急ごう」
追手の声を背中に受けながら、私たちは裏庭に出た。
「跳ぶけど、安全な姿勢は覚えている?」
「もちろん」
頭をなるべく低くして。二人の首ったまに、それぞれ腕を回す。
礫が脇をかすめたけれど、狼の魔獣人の跳躍力が勝り、私たちは教会の高い塀をやすやすと飛び越えて行った。
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