第4話 ようやく決まった授業方針!

「むむむ」


 俺は、唸らずにはいられなかった。


 どうすればこんな酷い点数が取れるだろうか、鉛筆を転がしてマークシートを埋めたテストくらいかな――などと辛辣なことを考えてしまった。むろん、頭の中で留めている。


「この単元、やった記憶がない」

「愛弓ちゃん、触れたはずだよ。でも、まだ詳しくはやってないかも」

「そうだったのか」

「うん、兄貴。でも、習い終わってない単元は、この一問だけ。あとは、絶対に習った内容。覚えてるかどうかは別としてね」


 となれば、今回の場合は習っていない箇所を考慮に入れる必要はあまりない。入れたとしても、目を塞ぎたくなるような点数であることに変わりはないのだから……。


「どう、純矢さん? 地味にすごくない?」

「古典と同じくらいには頑張れた。勘が当たった」


 東雲姉妹は目をキラキラと輝かせていらっしゃる。俺が心の中でモヤモヤしているのにはまったく気づいていないらしい。


「苺、東雲姉妹のふだんの点数からして、この結果をどう思う?」


 客観的には、「やばいな……」という感想しか出ない結果だ。ゆえに、東雲姉妹の実情をもっとも知っている苺にパスを渡すのが最適と判断した。


「そうね……悪くないと思う。むしろ、いつもより頑張れているかも」

「だよね! わかってるぅ〜苺ちゃん!」


 目を瞑り、無言でコクコクとうなずく愛弓がいた。テスト結果に、満更でもない様子であった。


 ――これが当たり前では困るな。受験を考える上で、最低限達成すべきラインの設定がズレている。志望校にもよるから一概にはいえないが、このままだと東雲姉妹はまずい。全落ちからの浪人ルートだってありえるぞ……。


 せっかく自分が勉強を教えるのだから、伸ばせるところまで伸ばしたい。それが家庭教師を任された人間としての意地や矜持プライドと呼べるものかもしれない。


「……ふたりとも、よく頑張ったな!」


 結局、俺はほとんど思ってもないことを口にした。罪悪感はある。でも、嘘も方便というもの。自身にいい聞かせた。


「だが、これから俺が指導していけば、ふたりはグングン成長する。俺が保証するよ」

「マジ? めっちゃいうじゃーん!」

「……赤点回避、可能?」

「もちろんだ。赤点なんて、いずれちょちょいのちょいで超えられるようになる」


 東雲姉妹の目が、キラキラと輝き出した。光る四つの目にあてられて、俺はやや萎縮した。


 なるほど、グングン伸びるということ以上に、赤点回避というのが魅力的に映ったらしい。


 それはそうだろう。勉強が苦手、とにかく目先の補習を回避したい――そういう心理がはたらいてもおかしくない。


 自分の目線で考えすぎていたな。反省、反省。


「では、当面の目標は決まったな。英語のテストで赤点を取らない。これでいいか?」

「さんせー!」

「それでいい。それがいい」


 東雲姉妹のオーケーをもらえた。まずは目先の目標からだ。いずれは苺も含めて学年上位に食い込むことが理想。できるかどうかは別として。


「苺も英語は平気か?」

「赤点回避は問題ないかな」

「なら高得点を目指していこう」

「うん、わかった!」


 それならこれからの方針は決まりだ。


 女子高生三人、まとめて徹底的にわからせてやるぜ!


 ……字面だけ見ると、警察のお世話になる人予備軍のセリフみたいだ。日本語ってのは不思議だ。


「これからはもうちょっと先の話をしよう。俺が教える期間についてだ」

「いつまで教えるってやつだよね、兄貴」

「ああ。これに関していうと、二年生の三月までを考えている」

「はやっ! 一年じゃん!」


 李里花が反応した。ナイスリアクションである。


「短いか?」

「あと一年、私たち双子は放置プレイ?」

「いや、あくまでも予定だ。理系の李里花の面倒を見切れなくなるからな。あまり愛弓一辺倒というのは、不公平だろう」

「私は英語だけでも教えてもらいたいよ! だめ?」


 想像以上に期待されている。これは計画に変更がいるかもしれない。


「わかった。みんなが三年生になっても受け持つかは、今後の様子次第としよう」


 俺の意向を、三人は受け入れてくれた。


「いろいろ決まったことだし、教えてよ純矢先生」

「先生、と来たか。苺に兄貴呼ばわりされないってのは慣れないな」

「じゃあ兄貴先生!」

「やめてくれ……それなら兄貴の方がいい」


 兄貴先生とは、なかなか新しいかもしれないな。しかし俺は若い芽を摘んでおいた。凶悪な雑草を生やすつもりはない。


「私は純矢先生って呼ぶね!」

「お兄さん先生一択。異論は認めない」


 愛弓の提案は、苺のそれとさして変わらない。断ろうとしたが、まったく引かなかったので、渋々「お兄さん先生」案を通すことに。


 なんだかむず痒い。幼稚園か保育園の先生(保育士?)のようである。その論理だと、愛弓が園児となってしまう。いろいろと危ないな……。


「呼び方の件は了解だ。これで大方片付いたかな」

「そうね」

「じゃ、勉強始めようか」


 東雲姉妹のテンションが、目に見えて急降下した。勉強という言葉ですらアウトらしい。苦手かもしれないが、これではいささか困るというもの。


「うぅぅぅ……やるしかないのかぁ」

「できるできるできるできる……!」


 姉妹揃って、無理やりモチベーションを上げる手段に出たらしい。


「よし、やるぞ!」


 きょうはさしたる準備ができていない。よって、即興で授業プランを組むしかない。


 もう日も暮れている。長時間、東雲姉妹を我が赤坂家に置いておくわけにはいかない。短時間で、きょうのメニューを組むわけだ。


 多くを求めることはできない。きょうやったところで見えたミスを、地道になくしていくしかないだろう。


 かくして、短時間で効果が出そうなメニューを作成した。


 実行に移してみよう。


「……で、これが正しいというわけだ」

「なるほどね! すごい! 久々によくわかった気がするっ!」


 李里花は実に直接的に感謝の意を示してくれる。教え甲斐があるものだ。


 愛弓は無言ではあったが、勉強がわかることに興奮を覚えているらしかった。


 なんだかんだ、成功体験というものが必要なのである。今回扱ったのは、姉妹が苦手としている単元のうち、比較的簡単なものだった。あくまで予想の範疇というものである。


「きょうはこのくらいにしておこう。もう時間も遅い。連絡はしているだろうが、さすがに親御さんも心配するだろう」

「ありがとう、お兄さん先生」

「純矢先生、これからもよろしくね!」


 バイバーイ、と陽気に彼女たちは帰っていった。


「時間が時間だ。俺が家まで送るよ」

「兄貴、この辺は治安がいいって、知っているでしょう? 私が通話しながら帰ればいいから」


 あまり納得できなかったが、三人とも「大丈夫」といって引かなかったので、ふたりを帰すことにした。


「面白い姉妹だね」

「もちろん。私のマブダチだもの」

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