第6話 みんなでやろうぜお菓子パーティー!

「はいっ! 東雲李里花、終わりでーすっ!」

「私も」


 ほぼ同時だった。報酬としてお菓子をぶら下げた結果、英語の課題をハイスピードでこなしてくれた。


 わからずに苦戦する様子も見受けられたが、なんとか自力で正解を導こうとしてくれた。お菓子のパワーはえげつないらしい。


「どれどれ……」


 ふたりが出してきた課題に目を通す。おおむねクリア、というところだ。パーフェクト、とまではいかず、欠落やミスがあった。


 それでも、許容範囲内というものだ。勉強が嫌いということだったが、丁寧に課題をこなしてくれている。


「すごいな! 東雲姉妹は最高だよ!」

「やったぁ!」

「当然」


 愛弓がドヤ顔で俺の方をじっと見る。課題で出した問題の答えで、愛弓は一人称のアイを小文字にしていた。このことには目をつぶろう。


「制約通り、お菓子タイムとしよう。ちょっと待ってくれ」


 いって、俺は自分の部屋を出た。


 我が家は一軒家の二階建て。二階には部屋が四つある。俺と妹の苺の自室、そして両親それぞれの自室という割り振りになっている。


 先ほどまで、俺は自室で指導をしていた。予備の椅子を出して、姉妹揃って机に向かわせた。


 その間、俺はベッドの上に座っていたというわけだ。


 ドアを開け、部屋を出る。


「楽しそうね」


 階段を降りようとする前に、苺が自室の扉を開けて、顔をのぞかせた椅子に座ったまま、床の上をスライドしたらしい。


「聞こえていたのか?」

「薄い壁一枚で、なにもかも防げるものじゃないでしょう?」

「そりゃそうだ」

「だよね」


 ややあって、苺は口を開こうとした。が、すぐにはいい出さなかった。言葉を選んでいるようだった。


「東雲姉妹って、かわいいと思う?」


 苺は、左の手のひらを顎に押し当て、人差し指で自身の頬を撫でた。なんとも小悪魔的に微笑んでいらっしゃる。


 きっとこれは、選択肢を間違えると雷が落ちるタイプの質問だろう。


 思うに、苺は東雲姉妹に対して妬いている。自分で東雲姉妹を誘ったはずで、原因は苺自身にある。


 突き放せば自業自得なのだろうが、いまはそういう理屈が通じるとも思えない。


「い、苺もかわいいと思うぞ」

「それは私の評価じゃん」

「……一般的に、東雲姉妹は美人の部類に入るんじゃないかな? もちろん、人によって美人の違いはあるだろうけど」

「要するに?」

「……かわいいです」

「やっぱそうだよね〜」


 俺の答えは読まれていたな。まったく、油断ならない妹だ。


「あんまり東雲姉妹に入れ込まないでね? 生徒なんだから」

「安心しろ。相手は未成年だぞ」

「私はそこまでいってないんだけどなぁ」

「兄貴をからかうのもその辺にしておけ」

「はいはい」


このくらいで収めてくれた。若干腹立たしかったが。妹の方が上に立つような感じがしたからな。


いっても、ただのからかいだ。寝れば忘れるさ。


「お菓子、取ってくる」

「りょーかい!」


 なんだか疲れた。ちょっと気分転換が必要だ。甘いお菓子で流し込もう。


 下に降りる。一階には誰もいない。両親は共働きで、家に帰ってくるのが遅いからだ。


 お菓子は、勝手に父が買ってくるものが半分、俺と苺が自主的に買うものが半分。


 今回は、そういうのをさして気にせず、適当なものを取っていく。苺のお菓子は例外だ。勝手に食べた日には、苺は目線で殺しにかかる。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


「お待たせ」

「待ってました!」

「命の補給……これぞ至高……」


 命の補給とは、なんともパワーワードである。


 俺はクローゼットを開け、円卓を引っ張り出した。お菓子を広げるために必要だからだ。


「ここで食べるの?」

「ああ。床に座ってもらって」

「あぁ、そうだよね」

「うにゅみゅ……座る、座る……」


 なにか変なことをいったのだろうか?


 とりあえずスルー。俺はあぐらをかく。制服姿の東雲姉妹は、慎重に座った。


「あはは」

「……」


 姉妹揃って、なんだかモゾモゾしている。


「あ」


 ふたりは華の女子高生。スカートの短さに美しさを見出すようなお年頃だ。東雲姉妹のそれは、なんともショートである。


 正座だろうと女の子座りだろうと、チラリと中身が顔を見せないか、心配になってもおかしくない。


「いやぁ、申し訳ない。その格好だと、やっぱりそうだよね」

「大丈夫。お菓子を食べるっていった時点で、こうなるのもやむなしだと思ってたから」

「私は大丈夫……なはず。恥より食欲を取ったから」


 変なことをしなければ、特に気にすることはないのだけれど。


 意識してしまうと、ちょっと面倒なことになる。


 パン、と手を叩いて、俺は無理やり空気を変えようとする。


「と、ともかく! 楽しいお菓子タイムだ。いまはお菓子に集中しよう。俺は教え子のスカートに気を取られるような人間のクズではないのだから」

「でも、お兄さん先生は、下心がまったくないわけじゃない。そういってた」

「確かにいったな」


 ふたりとの会話で、下心がまったくないといったら怒られ、そのような回答を渋々した記憶がある。


「だから、お兄さん先生は女子高生のスカートに興味を持っても仕方な――」

「――私もお菓子……」


 なんとも最悪なタイミングで、俺の部屋に苺が来た。


 誤解を生みかねない、いや誤解しても仕方のない状況だ。


「なに? やっぱり兄貴って救いようのない変態だったの?」

「いや、ただの誤解だ!」

「ふたりの反応を見ても?」


 東雲姉妹は、下を向いて、両手をスカートの裾にやってモゾモゾしている。なんだかんだ意識をしてしまったらしい。


 さらには、姉の李里花なんて顔を赤らめている。


「……サイテー」


 開始から五分は空気が終わっていたが、以降は問題なく、楽しいお菓子パーティーになったので、まだよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る