第7話 やる気が出てきた双子姉妹!

 一時は修羅場になるかと思われたお菓子タイムも、なんとか無事にこなすことができた。


 こなす、といってもマイナスの意味合いはすくない。みんなで食べるお菓子はいつも以上においしかったし、幸せだった。


 女子高生三人の深い仲を垣間見れて、「苺も成長したもんだ」などと、俺は保護者気分に浸るのだった。


 両親は共働きなので、こうした苺の成長――むろん俺も含まれる――を見届けるのが難しい。そのため、俺が両親の代わりに妹の様子を見て、父さんか母さんのいずれかに近況報告をしている。


 休日のときに語り合うのもそうだが、部活や友達付き合いのために土日にいることがすくなくなってからは、メッセージで伝えることが多い。


 きょうのことも、いずれ父さんや母さんに教えよう。プラスの面だけを切り抜いて。


「さて、勉強再開といこうか」

「兄貴、東雲ちゃんたちは、もう帰る時間が近いんじゃない?」

「あのな、苺。東雲姉妹には、一分一秒の大切さを説いたばかりなんだ。このスキマ時間とて、勉強に充てられるはずだ」

「……お兄さん先生、一分じゃなにもできないって結論だった」

「スキマ時間も大切って教訓も、いちおう込めたぞ?」


 ダブルスタンダードめ、と李里花にいわれてしまった。


 あの話からすると、一分でも手をつけてみると、意外に勉強が続けられるという話だったな。スキマ時間が大切だと、伝えたことには伝えたと思うが、メインの話ではないと理解されたのだろう。


「じゃあ、きょうの復習、してみる」


 納得しない姉を尻目に、愛弓はスキマ時間を活用してみようと覚悟を決めたらしい。


「お、愛弓。飲み込みが早くて助かるよ」

「わ、私だって復習くらいできるもん! だってお姉ちゃんだもの!」


 姉として、妹に劣るまいとの矜持プライドが発揮されたらしい。意外と使えるやり方かもしれない。これから李里花に行動してもらいたいときに、この手法を悪用させてもらおう。


「次回は確認テストやるから、単語とか見とくのがいいかもな」

「単語単語〜」

「短期集中!」


 円卓やお菓子の片付け諸々を済ませておく。換気もしておく。お菓子と女子特有の匂いがこもってしまうと、いろいろ困る。


 後片付けを済ませたら、割といい時間になった。遅いから帰れ、というと「まだキリがよくないから、ちょっと待って」との返答がきた。


 いい調子だな。楽しいゲームのように、中断するの惜しいと思えるようになるのが一番だ。


 素直にいうことを聞けることは、一種の才能だからな。


 アドバイスを受けても、実際にやってくれるのはほとんどいないといっていい。でなければ、学力の格差など、生じるはずがないのだ。


「もう帰りった方がいいんじゃないか?」

「私、帰る。お先」

「ちょ、待ちなさいよ愛弓! 逃げるように支度しないでってばっ!」

「断固拒否。お先」

「あぁ〜行っちゃった……」


 シュバババ、と教材を片付け、華麗にリュックを背負って階段ダッシュ。帰宅部なら将来有望なエースになれそうだ。


 まぁ、東雲姉妹はふたりとも部活に入っているので、エースの座は他人に譲られるだろうが。


 姉の李里花はバスケットボール部。女子の中では背が高い方なので、体格を生かしたプレーが強いとのことだ。 By苺。


 妹の愛弓は家庭部。インドア系だ。料理と裁縫を楽しんでいるという。愛弓は手先が器用であるそうだ。関係あるかわからないが、ピアノがうまいらしい。


「支度と帰宅の早さはピカイチなのよね、あの子」

「ちょっと意外だったな」

「でしょ? 私の方がスポーツやってるはずなのにね。せっかくだからスポーツやりなよ、っていったんだけど、愛弓は頑固で譲らないから」

「そうなると、運動神経はいいのか?」

「小中高と、体育祭では選抜リレーのメンバー入りを果たしているるわ。私同様ね」


 運動神経は遺伝子なさそうだが、姉妹揃って運動ができるらしい。


「でも、愛弓はインドアだよな。選抜リレー、どんな感じだったか?」

「愛弓は走ってないよ」

「えっ、選手なのに?」

「絶対に補欠になるから」

「補欠としての責務を全うすることは?」

「ないの。愛弓のクラスで、選抜選手に欠席者が出たこと、一度もないの。不思議でしょう?」

「確かにな。いずれ、実力を間近で見たいな」

「いってみる。あの子が了承してくれるとは思わないけどね」


 いけない、といって李里花は片付けのスピードを早めた。いままではペースダウンをしていた。ふたつのことを同時にやるのは、男女問わず難しいらしい。


 帰る準備を完璧に済ませ、李里花は部屋を出ようと歩き出した。


 が、なにかを思い出したのか、いったん立ち止まった。


「純矢先生、きょうはすごーくタメになったよ」

「いえいえ。家庭教師として、当然のことをしたまでだよ」

「ほんと、久しぶりに勉強の楽しさを思い出した気がする」


 はぁ、と嬉しそうに李里花はため息をついた。目の中で、好奇心という文字が躍っていた。


 本来、勉強は楽しいもののはずなのだ。義務として課されているために、毛嫌いしてしまう者がすくならからず出るが。


 いずれにせよ、彼女は新たな世界へと一歩踏み出せたということだ。


「また教えてね、純矢センセー?」

「いつでも待ってる。課題とか、学校のテストとか頑張れよ!」

「うん! また今度!」


 いって、軽快な足取りで一階まで行くと、ドアを開けて帰ってしまった。


 じゃあね、と上に向かって叫んでくれた。うれしいものだ。


「……よし、俺も勉強頑張りますか」


 俺も俺とて勉強しなければいけない。大学の課題をこなさなくちゃな。


 なんだか、きょうはやけに課題の効率がよかった気がしてならない。気のせいではないと思う。


「次の標的は定期テストか……」


 小テストでだんだんと成果が出ているらしい。そうなると、また次のステージが目に入るというわけだ。


 定期テスト。


 いかにして東雲姉妹に攻略させるべきか、俺は脳内で策を巡らすのだった。

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